自動車塗装の自分史とSL蒸気機関車写真展〜田辺幸男のhp
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・「東北本線/奥中山 D51 三重連」 
321.  十三本木峠を登る、西岳信号上アタリ ・小繋→西岳(信)

〈0001:国鉄時代、奥中山、縮小20実035-02〉
『廃止直後の西岳信号場を俯瞰した雄大な写真。引き込み線も健在、後部補機の蒸気が見える。3台とも煙を吐いていないが、力闘する上り列車。』


〈0002:bO20413:未だ単線だった時代の西岳信号場付近〉


〈0003:?:下りDCと上り三重連貨物とのすれ違い風景〉
『下りのDCは「特急 あけぼの」であっただろうか。この西岳信号場と小繋間は比較的早めに複線化が行われた。』


〈0004:国鉄時代、奥中山、縮小030-031 〉
『西岳信号場を通過。上り特急貨物を牽引して沼宮内に向かう見事な前部三重連、まさにみちのくの蒸気機関車のハイライトであった。』
(撮影ポイントへは山道がなくてひと苦労した。)


〈0005:bU651:西田子跨線橋にて〉
『この中山峠の北側では複線化の準備として、国道4号線の3か所の跨線橋が新たに設けられていた。』


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〈紀行文〉
 今回は小繋駅を出て約3.7qほど南へ登った地点にある西岳信号上辺へ至るまでの情景をたどってみよう。
この先で間もなく国道4号線は西田子跨線橋で西側の山肌に取り付いて登ってゆくが、東北本線は狭くなった谷間を蛇行する小繋川を何度かわたりながら急こう配を登って行く。
この周囲は鬱蒼と樹木の茂る山々に囲まれているが、やがて僅かに谷が開けて西岳信号場へ入った。ここは太平洋戦争が勃発して、北海道からの石炭などの戦略物資の輸送力増強が必要となり、沼宮内−一戸間に列車の行き換えの出来る交換設備を持った信号場が3か所に設けられたのが昭和18年(1943年)であり、その二番目に当たっていた。
ここは小繋駅から奥中山駅への急勾配の途中にあって、シザースクロシングを挟んで点対称に引き上げ線をそれぞれの方向に1本ずつ設けた通過可能な本格的なスイッチバック配線が設けられた。
この信号所の周り10q範囲には一般の集落はなく、信号所に勤務する職員と保線区の職員が居住する10棟の国鉄官舎のみであった。当時は車を持てるのは限られた人々だけだったから通学も買い物にも大変不便なところであった。それで、一日に通学のために朝夕一回づつの不通旅客列車の停車が設定されていて、短いホームが設けられていた。
この信号場のすぐ南(奥中山かた)側には稲荷林踏切があって国道4号線から細道が山中のお不仲山稲荷林と云う開拓集落へ通じていた。
 私が十三本木峠より北へ足を延ばしたのは昭和41年(1966年)5月からだったから、その前年の12月には、この信号場-小繋間が複線化がかんせいしたことから、ここの配線は始終端型となってしまっていた。それでも、信号場のすぐ盗難に山の尾根が迫っていて、ここの斜面に登れば谷間を一望できそうなので2回ほど試みた。
ある早のことだったが、山道への入り口を探していると、山影でひときわ明るい地点があることに気が付いた。近寄って見ると驚いたことに食用菊を電照栽培している50坪ほどの畑であった。
畑には電柱が何本か建てられていてその間に白熱電球がぶるさげられていたのだった。実は私の郷里の新潟では昔から菊の花を食用にする習わしがあったからすぐに分かった。これはおそらく、食通の国鉄職員の方の趣味でやられているのであろうと想像したのだった。食用菊は10月下旬から11月に限られて出回るが、これを何とか正月に食べようとするための菊の栽培方法であった。これは菊が日照時間が短くなると花芽ができて、やがて蕾(つぼみ)となり開花すると云う性質があるのをりようして、花芽がデキル前に人工的に光をあてることにより、花芽ができるのを抑えて開花を遅らせようとする工夫であった。なんと涙ぐましい努力ではないだろうか。
 ところで、この辺りを東北本線と平行して流れているのは馬淵川水系の小繋川(小沢)であって、水源が近いずいているのであろうか、幅は3mに満たないほどに細くなってはいるものの、「岩魚(いわな)」の生息地であった。
さて、展示した〈0004〉の寫眞だが、この画像の原版は季刊誌「国鉄時代」(2014年3月号、VOL 37)に掲載された私の写真の印刷画像データの提供をうけて、HP用に加工してアップしたものである。雑誌上では見開き2ページだいの大きさで印刷されていた。この写真については
『爺の独り言 - Yahoo!ブログ』
http://blogs.yahoo.co.jp/yterai1722/archive/2013/9/22
に次のようにしょうかいされているので転記しておいた。
『素晴らしい写真ですね。西岳信号場を俯瞰して撮った写真は、数えるほどしかありません。 ただ、残念なことは、ここは昭和41年には複線化されたので、スイッチバックの引き込み線や形跡こそ残っていますが、本来のスイッチバックの機能は廃止されていたことです。しかしながら、右下にはしっかりと引き込み線が見え、下り優等列車とすれ違う、上り52レ(たぶん52列車だと推測します)前部三重連の貨物列車の写真は素晴らしいですね。ここは歩いていくにはけっこう遠く、しかも山の中腹まで登っていますね。お若いころの元気なときだったのでしょう。』とありました。

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・「東北本線/奥中山 D51三重連」シリーズのリンク
198. 鉄道100年記念・SL三重連 (東北本線・好摩〜奥中山)
293. 沼宮内駅/三重連牽引の下り貨物列車の発車・沼宮内→御堂
410. 西岳バックの奥中山三重連・御堂―奥中山
--北上川の源流を訪ねて:西岳山ろく源流説のあれこれ--
319. 十三本木峠を登る、吉谷地の大カーブ T ・御堂−奥中山
320. 十三本木峠を登る、吉谷地の大カーブ U ・御堂 -奥中山
281. 奥中山駅界隈(かいわい)・御堂−奥中山−西岳(信)
299. 十三本木峠を登る、中山トンネル前後・奥中山−西岳(信)
291. 十三本木峠を登る三重連・一戸→小鳥谷
280. 十三本木峠を登る小鳥谷の大築堤・小鳥谷→滝見(信)
305. 十三本木峠を登る下平踏切りあたり・滝見(信)→小繋
185. 冬の奥中山三重連 (東北本線・御堂→奥中山)
171.さよなら沼宮内駅の三重連発車・東北本線
289. 十三本木峠を登るSLアラカルト・沼宮内〜一戸