自動車塗装の自分史とSL蒸気機関車写真展〜田辺幸男のhp
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・「東北本線/奥中山 D51 三重連」
280.  十三本木峠を登る小鳥谷の大築堤 ・小鳥谷→滝見(信)

〈0001:bO21025:小鳥谷の大築堤を登る上り三重連・小鳥谷-小繋〉
『南の“吉谷地大カーブ”に匹敵する北の撮影名所である。』


〈0002:2-9-1-1:初雪の築堤を行く三重連・小鳥谷小繋〉


〈0003:縮小05-02:東北の秋は早い〉
『秋の収穫が終わった頃。小鳥谷〜小繋間にある狭い僅かな農地の脇を登る上り前部三重連列車。』


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〈写真のキャプション〉
1枚目の〈0001〉は小鳥谷駅から先にある緩やかなカーブした勾配の築堤が続く“大カーブ”の写真である。奥から右へ、左カーブしている所を三本ともに白い煙をなびかせて上り貨物列車がやって来た。
 次の〈0002〉では、この11月中旬の早暁に降った新雪が築堤の斜面を彩っていた。いつもながら、前々補機は重油併燃だから黒煙を噴き上げレイルのに対して、尻内からの前補機と本務機の二両は白煙がものすごかった。背景には民家と畑、また民家などが散在していた。
〈003〉は小鳥谷の集落を抜けてしばらく南へ行った所でまだ谷底平野が広がっていて水田が営まれている。南進する東北本線の築堤の東側には北流する馬淵川へ合流する平糠川が、西側には国道4号線、少し高台に小鳥谷バイパス、それより高い位置を奥州街道が通っていた。大築堤への前哨戦の急坂に掛かっている。

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〈紀行文〉
 十三本木峠越えの小繋川の第二話は、この区間での最大のハイライトである小鳥谷の大築堤での俯瞰(ふかん)撮影である。
ここで先ず、東北本線の、それにに沿って流れ下っている河川との位置関係を明らかにしておこう。最初は一戸から馬淵川の左岸を、やがて右岸に移って再び馬淵川を渡る。この先は支流の平糠川の左岸(にしがわ)に沿って小繋集落を過ぎる。その先で平糠川に合流する手前の小繋川を渡り、その右岸(東側)に沿って谷間を南下し、その先は蛇行を繰り返している小繋側を縫うようにさかのぼっていた。ところで、前のサイトでも触れていることだが、この平糠川の上流は驚いたことに、十三本木峠から東へ連なる尾根を谷を刻んで貫通して来て馬淵川に合流すると云水系上の特異な形をなしている。その水系は、更に西へ向かい十三本木峠を越えて下って来た国道四号線、東北本線の下を潜って遠く奥中山高原の二身丈南東麓までさか登っており、これは本流の馬淵川よりも経路が長いのであった。
さて、小鳥谷集落の散在する細長い平地が南で尽きようとする辺り、東側を流下る平糠川とその西側を流れ下る小繋川とを分ける山の尾根が迫ってくる。東北本線はこの尾根の西側に沿った斜面側に大築堤を築いて南進していたのである。いずれにせよ、大築堤が終わる辺りから先では、小繋川沿いの平地と、南の小繋集落の散在する平地とを分けてにる西側からの山塊がせりだしているので、小繋川、国道4号線、東北本線は狭い谷間を縫うようにしてつうかしていた。 近年開通した国道小鳥谷バイパスは西側の山の中腹を縦断しており、江戸時代から明治初年の奥州街道は、小鳥谷集落から西沢の山中に入り、バイパスより更に高い位置で南へ向かい、街道随一の難所と云われている「川底の道」を経て笹目子まで続いていたのだった。
 鳥谷駅を発車した上り列車は水田の営まれた狭い平地を約1kmほど進んだ辺りから勾配が一段ときつくなり、十三本木峠越えの前哨戦とも思える右にカーブした大築堤を登り始めた。この 23.8‰の勾配を登る三重連の吐き出す噴煙が谷間の空に拡がり、重奏するドラフトは周辺の山あいにこだまする。この築堤の右すそを通る国道4線のロードサイドにクルマを駐めてしばし列車を眺めていると、あっと云う間にはるか上を駆け登って行くようになり一気に山中に入ってしまった。ここで、この大築堤を上下していた素 一戸機関区の機関士さんの懐古談の記録を引用させて頂いた。
引用素: 「十三本木峠越えの秘話」
http://home.a00.itscom.net/yosan/hiwa/hiwa.html
『上り列車では小鳥谷を過ぎてからの築堤の上り坂はきびしい。ここでは小繋の築堤ででよく止まっちゃったものです。登りきれないんですよ。本来は通過なんですが本線上で止まってしまう。仕方なくそこで一旦火床から灰を落とすんです。それから新たに石炭をくべて火力を上げる。圧力が完全に上がったところで再び小繋から発車するんです。灰を落とすと、時々枕木が燃えることがある。上りで小鳥谷から急勾配に入ったところでリバーはだいたい45〜50%。それでも空転を起こします。ここは重連で720トンが限界でした。』
 の東北本線の前身である日本鉄道が大宮から青森へ向かって奥州線を建設するに当たって設けられた三大要件の三番目には『急勾配はやむを得ないが、トンネルはなるべく避ける。』であったからであろうか。ひときわけわしい小鳥谷と小繋の谷を区切る尾根を越える勾配を23.8‰以下にに抑えるために、長い築堤を延々と築いたのではないかと推察している。

日本鉄道の奥州線の建設の中でも指折りの大土木工事の遂行の為には最新鋭の機材や工法の導入が行われたと伝えられている。それは昔からの土木作業の道具であったモッコやばいすけ(竹で編んだ浅い篭)に替わって、フランスのドコービュ社製の可搬式軽便軌道(軌間 600o)に0.3m3積み1人押しトロッコが活躍したし、また約4.5m3積みの大型トロリーの活用も試みられたそうである。これらの投入は飛躍的な作業効率の向上をもたらし、大築堤の短期完成と云う金字塔を打ち立てることが出来たと伝えられている。
 そこで俯瞰撮影ポイントは小鳥谷駅から国道を40分ほど南進した道地集落の辺りで築堤を潜る小道があって、民堂に通していた。この辺りが一押しのポイントとして今でも紹介され続けている。
 この先は蛇行する小繋川の作った谷間を国道4号線と東北本線がからむように南進する。やがて、東北本線は短い滝見トンネルを抜けた所で長い上下の引き上げ線をX字状に配した通過可能なスイッチバック法式の滝見信号場が現れた。ここは小鳥谷駅から4.6qの位置であって、その左手(東側)は石を積み上げた年代物の護岸に守られた小繋川が谷川をなして流れ下っていた。ここの引き揚げ線は長大編成の列車に対応できる長さを備えており、繋方向に行ってみるとトンネルが姿を現し、その出口は行き止まり線である。また小繋型も本線との高度差が高まって、その行き止まりはトンネルノ中となっているとのことだったそして、本線は南の外れにある小繋トンネルを抜けると旧に視野が広がり開けた小繋集落の存在する細長い平地へと踊りでたが、勾配は相変わらず続いていた。の信号場は小繋片がいち早く複線化が完成して、配線は複線終端型となってしまっていたことからか、私はここを訪ねることはなかった。
最後にこのあたりを西側の山の中腹を北から南へ縦断している奥州街道について記したい。この小鳥谷集落の中ほどで右手に分岐して急坂を登って行くのが小繋方面に向かう江戸時代の奥州街道随一の難所と云われた川底の道を経由する小鳥谷から笹目子間の旧街道である。その坂の頂上は「五月舘(さつきだて)」と呼ばれる戦国時代の山城のあった小鳥谷の谷を一望できる場所であった。そこから向きを南に取り、平糠川から、その支流の小繋川を見下ろしながら、けわしい斜面に沿って上り下を繰り返す厳しいルートであった。やがて高屋敷集落にはいる。ここからは更に西の八幡平方面に通じる道への追分があって、馬継ぎ場所となっていたようだ。ここを過ぎると谷へ下って行った。この先の街道は小繋川を左に見下ろす位置にあって、急峻な斜面に沿って上り下りの厳しい難所となっていた。この辺りは、その昔、川底と云う地名だった所である。そして山の峰に沿って右に曲がるところに庚申塔と二十三夜塔が寄り添うように一体の石で造られてあった。これらの川底石碑群を過ぎると、川底一里塚の「ふっくらとした乳房のような両塚」の間を街道が通っているようになる。この先の山の下には全長611mの笹目子トンネル(国道4号線で最長)が昭和60年に開通していて、このトンネルの上を通じていた旧街道の道筋は寸断され一部は消失してしまい通り抜けが難しいようだ。この笹目子トンネルの南出口辺りまで滝見信号場の引き上げ線の末端が来ていると云う位置関係にある。この笹目子トンネルの南口から南は小繋バイパスとなっていて、昭和38の早い時期に開通していた。

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・「東北本線/奥中山 D51三重連」シリーズのリンク
198. 鉄道100年記念・SL三重連 (東北本線・好摩〜奥中山)
293. 沼宮内駅/三重連牽引の下り貨物列車の発車・沼宮内→御堂
410. 西岳バックの奥中山三重連・御堂―奥中山
--北上川の源流を訪ねて:西岳山ろく源流説のあれこれ-- 319. 十三本木峠を登る、吉谷地の大カーブ T ・御堂−奥中山
320. 十三本木峠を登る、吉谷地の大カーブ U ・御堂 -奥中山
281. 奥中山駅界隈(かいわい)・御堂−奥中山−西岳(信)
299. 十三本木峠を登る、中山トンネル前後・奥中山−西岳(信)
291. 十三本木峠を登る三重連・一戸→小鳥谷
305. 十三本木峠を登る下平踏切りあたり・滝見(信)→小繋
321. 十三本木峠を登る、西岳信号場あたり・小繋→西岳(信)
185. 冬の奥中山三重連 (東北本線・御堂→奥中山)
171.さよなら沼宮内駅の三重連発車・東北本線
289. 十三本木峠を登るSLアラカルト・沼宮内〜一戸