医王寺庭園( いおうじていえん)及び参道(さんどう)
 重要文化財 指定年月日  昭和44年11月3日
医王寺 枯山水の庭園 客殿の西側
枯山水の庭園 客殿西側
医王寺 枯山水の庭園 客殿の南側 医王寺 山門へ続く参道
枯山水の庭園 客殿南側 山門へ至る参道
医王寺 百姓積みの石垣 医王寺 百姓積みの石垣 紫陽花の白色は白が多い
百姓積みの石垣

 医王寺は、天平年間(729〜749)に創建されたと伝えられているように、静岡県下でも有数の歴史を持った寺院になります。
 また、広大な境内の中に約1,000uにおよぶ枯山水の古庭園を有しているため、境内全体が磐田市の重要文化財として指定されているのです。
 庭園は江戸時代初期の元和年間(1620頃)に造園されたと言われています。作庭師は医王寺と関わりがあった小堀遠州とも、京都の本山智積院能化第七世運敞僧正とも言われていますが、そのことが記された文書は現在見付かっておりません。
 
 枯山水の古庭園は、客殿の南側から西側にかけて造られ、築山には天竜産の青石や紀州石など名石を巧みに組み合わせた石組を5箇所に配置し、渓谷や深山を表現しています。築山には低木のツツジとソテツが植えられ、庭園の外回りには常緑樹が生い茂り、庭園の空間を上手に仕切っています。庭園中央には庭を守護するために三尊石が配置され、その下あたりに枯れ滝の石組が見られます。

 手前に比較的大きな石を配置することで、遠近感を強調する仕組みが施されています。前庭から築山手前には苔が生えており、ツツジの植栽とともに山水の情景を際立たせています。
 明治維新ののち、世の中の風潮によりこの庭園も荒廃しましたが、歴代の住職とお檀家の皆さまのおかげで、管理が行き届くようになり、現在のように復興することができました。
 
 また、弘化4年(1847)に建てられた山門に向かうまでの参道は、長年育ったスギ苔が生い茂り、緑の絨毯のように敷き詰められていて、参拝に来た方の心を静めて、癒す効果があります。
 その他、境内の至る所に石垣があります。石垣に使用されている石は、コブシより一回り大きいサイズの丸石から、人の頭ぐらいの大きさに統一されています。ひとつひとつがそれほど大きくないのが特徴ですが、この石垣のことを、百姓積みの石垣と呼んでいます。

 

Copyright 2007 iouji Temple All rights reserved

このホームページに係わる写真及び文章の著作権は医王寺に属します。

医王寺の庭園及び参道

真言宗智山派 鎌田山医王寺 トップページへ戻る

磐田市 重要指定文化財の医王寺宝物一覧

真言宗智山派 鎌田山 医王寺
本文へジャンプ
New
真言宗 智山派
鎌田山 医王寺
お知らせ
医王寺の歴史
ご本尊 薬師如来
医王寺の境内
山門 本堂 大師堂他
枯山水の庭園
小堀遠州 運敞造園
医王寺と坊中学校
日本最古木造洋式
遠州四十九薬師
第四十六番札所
医王寺の宝物
重要指定文化財
季節の草花
墓地について
仏事の豆知識
交通 アクセス
環境への取組み
サイトマップ
リンク集
お問い合せ
リンク 宝 物 名 ふりがな 指定年月日
紙本金地著色三十六歌仙図 紙本金地著色
  三十六歌仙図
しほんきんじちゃくしょく
  さんじゅうろくかせんず
平成2年11月3日
和算額 和算額 わさんがく 昭和51年11月3日
中教院扁額 中教院扁額 ちゅうきょういんへんがく 昭和60年11月3日
大般若経六百巻 大般若経六百巻 だいはんにゃきょう600かん 平成元年11月3日
医王寺文書 医王寺文書 いおうじもんじょ 平成元年11月3日
医王寺庭園および参道 医王寺庭園および参道 いおうじていえん、さんどう 昭和44年11月3日