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説教題:「訓戒を手放すな」

聖書:箴言4章10〜19節

 今朝は、箴言から御言葉を聞いて参ります。

 箴言1章1節に「イスラエルの王、ソロモンの子ダビデの言葉」と記されており、「言葉」とはヘブル語で「ミシュレー」と記され、ヘブル語聖書では「ミシュレー」となっており、その意味は「たとえ話・ことわざ」であり、日本語では(いましめとなる短い句、格言)との意味の「箴言」としているのです。

 2節には、具体的な言葉として「知恵、諭し、悟りの言葉を理解するため」と記されている事から、信仰者が信仰の歩みを歩んでいる時に、主なる神様から知恵と、諭しとは、「言い聞かせること」ということなので、主なる神様が信仰者の歩むべき道がどうあるべきかを言い聞かせるということになるでしょう。

 大切な事は、4章1節に記されているように「耳を傾けよ」と主なる神様が言われていることです。

 日本語で「馬耳東風」「馬の耳に念仏」などという言葉がありますが、「馬耳東風」とは「何かを聞いても全く気にしない様子、聞き流す態度、大切な事や忠告を軽視して、注意をはらわないこと」であり、「馬の耳に念仏」とは「有益なことや貴重なことを教えても、それを全く理解せず、効果が得られない状況」のことなのです。

 主なる神様は4章1節の冒頭にヘブル語では「息子たちよ聞け」と言っていることから、主なる神様を信じている信仰者一人一人に命じているのです。

 「聞け」とはシェマーというヘブル語であり、旧約聖書には1174回もの箇所に記されているのです。

聞き従うという聞かなければならないという主なる神様からの命令であり、申命記6章4節に「イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。」とユダヤ教において非常に重要な一節でもあるのです。

 ちなみに、ユダヤ人が住む家、部屋、ホテル、飲食店等の入口には、メズーサが貼ってありますが、その中にはこの御言葉を入れており、それは申命記6章9節に「またあなたの家の入口の柱と、あなたの門とに書きしるさなければならない。」との御言葉に従っているからなのです。

 マラキ書2章2節に「万軍の主は言われる、あなたがたがもし聞き従わず、またこれを心に留めず、わが名に栄光を帰さないならば、わたしはあなたがたの上に、のろいを送り、またあなたがたの祝福をのろいに変える。」と主なる神様が言われていることから、私たちキリスト者も、箴言4章10節で「私の息子よ、あなたは聞け、そしてあなたはわたしの言葉を受けいれよ。そうすることで、あなたの命の年々が増える」と言われているのです。

   以前も紹介しましたが、ユダヤ教には聖書以外にタルムードがあり、その中のミシュナーアヴォット5章21節に人の年齢の時々のことが記されているので、私なりに解釈してみると。

 人は、主なる神様により息を鼻から吹き込まれることにより、この世に生きるものとなり、五歳から聖書を覚え始め、十歳になると聖書以外のタルムードの中心的な部分を学び、十三歳になると613の戒律を学び、十五歳になるとタルムード全体を学び、十八歳は妻をめとり、二十歳は聖書、タルムードを深く勉強し、三十歳は人として多岐にわたり知識を得、四十歳は分別を持ち、五十歳は人々に助言することが出来る存在になり、六十歳になると老人の域に達し、七十歳になると白髪になり、八十歳になると健康に気を付けながら日々を過ごし、九十歳になると筋肉が衰え、百歳になると身体の全ての機能も衰え、その内主なる神様により息を引き取られ、その人の一生涯が終るということなのです。

 11節では「私はあなたに知恵の道を示した。わたしはあなたを真っ直ぐな道筋へ導いた」と言われているのです。

 主なる神様は、信仰者に対して「知恵の道」ヘブル語でホフマーという言葉であり、箴言1章7節に直訳すると「主を畏れることは知識の初め。知恵と諭しを愚かな者たちは侮る」と記されているように、「畏れる」という言葉は、尊敬と恐れが入混じった感情のことで、人が主なる神様に対して謙虚な心を抱くことから、全ての人に対しても謙虚な心を持つことが必要であることを教えていると思うのです。

 12節では「あなたが歩く時、あなたの歩は妨げられない。そしてあなたが走るときにもつまずかない」と記されているのです。

 詩篇91篇11節に「これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道で、あなたを守らせられるからである。」との御言葉がありますが、主なる神様が信仰者がみ教えに従って信仰の道を歩んでいるならば、主なる神様により派遣されている天使たちが信仰者の歩みを悪魔が妨害しないように守って下さるのです。

 ちなみに、現在でもユダヤ人たちは、この詩篇91篇11節の言葉をお守りとして車などにはり付けているのです。

 キリスト教には「お守り」はありませんが、詩篇91篇11節を持っていることは、その御言葉を通じて信仰を深め、主なる神様の見守りの中で心の支えにすることが出来るのです。

 13節は「あなたは、諭しを強く握り手放すな。あなたは彼女を見守れ、なぜなら彼女はあなたの命」と記されているのです。

 興味深いことは、主なる神様から語られる諭しつまり、言い聞かせることを「彼女」と表現されているのです。

 諭しを守ることは、信仰者の命を守ることでもあると言っているのです。

 14節をみると「悪い者たちの道にあなたは入るな。そして悪人たちの道に歩むな」と記されているのです。

 悪い者、悪人たちとは、主なる神様のみ教えに従わず、不道徳的な行ないをする人物ですが、それは主なる神様を徹底的に憎んでいる悪魔が人の心に入り込み、主なる神様から引き離された者たちのことなのです。

 15節では「あなたをそれを無視し、そこを通るな。あなたはそこを避けて通れ」と記されているのです。

 昨今、東京女子医大の78歳の元理事長が逮捕されたこと、三菱UFJ銀行の貸金庫から盗んだ人生では分別ある46歳の行員が逮捕されたことが報道されていますが、この二人の方も、主なる神様によってトーブよい人間としてこの世に生を受けていたのですが、権力ある立場に立った時、また大きなお金を動かすことが出来るようになったことから、その人の心に悪魔が巧妙に入り込み、そそのかし、悪事に手を染めさせてしまうのです。

 16節で「まことに、彼らは悪事をしないで眠る事をしない。そして悪事をして人をつまずかせなければ、熟睡できない」と言われているのです。

 この逮捕された二人の方は、19節で「悪い者たちの道は暗闇のよう。彼らは何に躓くか分からない」と記されているように、逮捕されるまではこの悪事が明らかになることはないと自負していたでしょう。

 18節では「義人たちの道は光のように輝く。そして光は輝きも増し、歩みは堅実だ」と、主なる神様から離れ、悪魔に心を奪われ犯罪に手を染めた人とは対照的に主なる神様に従っている信仰者の心は平安に満たされているのです。

 20節で「私の息子よ、私の言葉にあなたは耳を傾けよ」と言われているのです。

 この世は、悪魔が人々の心に入り込もうとして、虎視眈々と狙っている事を決して忘れてはならないのです。

 この世に生を受け、主なる神様の前に義とされた者は、主なる神様の訓戒を決して手放してはならないと言われている事を忘れてはならないのです。

 

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