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12月3日  12月10日  12月17日  12月24日  12月31日 

説教題:「天使ガブリエル」

聖 書:ルカによる福音書1章26〜38節

おはようございます。

 今日は、アドベント第一週になり、これからイエス様のご降誕迄待降節になりました。

 イエス様がお生まれになられた時代は、今から二千年以上も前のことですが、イエス様が産まれたことは聖書を通して全世界の人々に知られるようになっているのです。

 けれども、この当たり前のことと思えることでも、キリスト教が許されていない国の人々にとって聖書を手にすることが出来ないので、イエス様の誕生のことを知らないのです。

 また、現在情報の時代なので、いろいろな方法でイエス様の誕生のことを知ったとしても、それを口にすることが出来ないのです。

 日本では、もともとクリスマスを祝うことはありませんでしたが、471年前の1552年にフランシスコ・ザビエルがイエズス会より山口県にキリスト教の宣教師として派遣され布教活動をおこなったとき、12月24日にミサを行ったことが始まりだと言われています。

 フランシスコ・ザビエルが建てたカトリック教会で12月24日は、日曜日ではない日でもミサつまりイエス様のご降誕を覚え礼拝をしていたのですが、1612年に禁教令が出てから12月24日にミサをすることが出来なくなったのです。

 江戸時代が終り、明治時代り明治6年に禁教令が解かれ、キリスト教そのものが復活し、日曜日の礼拝が行われるようになり、イエス様のご降誕の12月24日の夜にクリスマスイヴ礼拝が行われるようになり、コロナ流行により3年間は出来なかったクリスマイヴ礼拝が再開できるようになったのです。

 クリスマスとは、イエス様の誕生日を感謝することですが、イエス様はヨセフという男性とマリヤという女性というユダヤ人の一家庭に生まれた人ですが、イエスとはギリシャ語でヨシュアという名前だったのをギリシャ語読みにしており、新約聖書ではイエスと表記されているのです。

 イエスのギリシャ語の意味は「神は救い」であり、ヨシュアのヘブル語の意味は「神は救い」と同じなのです。

 ちなみにキリストとはギリシャ語で「油を注がれた者」の意味であり、ヘブル語の「メシア」からユダヤ共同体では「救世主」つまり「救い主」と言っているのです。

 ユダヤ人達は、ユダヤ人達が苦境にあるときに、全能の神が救い主をおくってくださり、苦境から救い出して下さるという信仰が現在でも持ち続けていますが、そのメシアは人間であり神ではないと思っているのです。

 そのような背景のもと、イスラエルのガリラヤの町のナザレという小さな町に住んでいるマリヤという女性のところへ、突然天使ガブリエルが現れたのでした。

 聖書外典の中にエノク書という巻物がありますが、40章の中に神様が特別に選んだ4人の天使が挙げられています。

その第一がミカエルであり「あわれみ深く、めったに怒らない天使」、第二にラフェエル「人のコラの一歳の病と傷とを司る天使」第三にガブリエル「すべての力を司る天使」第四はペヌエル「永遠の生命を嗣ぐ者達の悔い改めと望みを司る天使」と記されており、マリヤに現れたのは、大天使とも呼ばれていた天使だったのです。

ルカによる福音書1章28節を直訳すると「喜べ、恵みを授ける。主はあなたと共にいます」と、喜べというギリシャ語が大文字で書かれていることから、ガブリエルがマリヤに対して「喜べ」と大きな声で言ったのです。

このガブリエルの言葉にマリヤは29節「しかし、彼女はその言葉にひどく動揺した。そしてこの挨拶は何のことであろうかと考え込んだ」と、天使ガブリエルが自分に何をいったのか理解に苦しみ当惑したことがわかります。

マリヤの当惑に対して、ガブリエルは30節「それで、使いは彼女に言った『恐れるなマリヤよ、神の前に恵みをあなたは手に入れた』」と言ったのですが、マリヤはその意味が分からず当惑していたところ、ガブリエルの語った内容はさらにマリヤを困惑させるものだったのです。

恵みという言葉は、ギリシャ語のカリスであり「優美、優雅、優しさ、思いやり、恵み、恩寵などの意味があり特にイエス・キリストによる無償の救い」との意味があるので、マリヤさんは神様によって全人類の救いであるカリスを手に入れたと言われたのです。

この言葉にマリヤはさらに困惑したことでしょうが、31節でガブリエルはとんでもないことを31節で「それで、見よ体内にあなたはみごもる、そして子を産む、そして彼の名をイエスと名づけよ」と命じたのです。

つまり、ガブリエルはマリヤに「お前のお腹に男の子が宿るが、産まれたらイエスと名前を付けよ」と言われたのです。

ガブリエルはマリヤが仰天するなか続けて32節「この者は、おおいなるものとなる、そしていと高き者の子ととなえられる、そして主である神は彼に彼の父ダビデの王座を与える」33節「そして、ヤコブの家を永遠に彼は支配する。そして彼の支配の終わりはない」と言ったのです。

その内容は、産まれたイエスは、全能の神の子と名づけられ、ダビデがイスラエルの王様になったように、イスラエルの王とし、イスラエルを永遠に支配し、その支配が無くなることはないと言ったのです。

それを聞いたマリヤは34節で「しかし、マリヤは使いに対して言った『男の人を私はしらないのですから、そうしてこのことがあるのですか』」つまり、まだ結婚もしていないのに、妊娠して子供が産まれることなど考えられないと言っているのです。

それに対してガブリエルは35節で「そこで、使いは答えて彼女に言った『聖霊があなたに来る、またいと高き者の力があなたを包む、それ故生まれてくる者も聖なる者、神の子と呼ばれる』」と言ったのです。

簡単に要約すると、全能の神様である私があなたに聖霊をつかわし、あなたの胎内に私の子であるイエスを宿らせ、産まれてからは神の子と呼ばれるように計画しているから何も心配することはないとマリヤに言っているのです。

マリヤの困惑はその言葉で解消したわけではないことが分かっているガブリエルは36節で「また、見よあなたの親族エリサベツ、彼女も彼女の老年において子をみごもった。そしてこの子は赴任の婦人とよえれていたかのじょにとって六ヶ月である。」と言ったのです。

エリサベツも夫のザカリヤと共に祭司一族の人でしたが、後継者がないまま年老い、すっかり後継者のことは諦めていましたが、そこに天使ガブリエルが現れ、男の子を与えると言われたことで、ルカによる福音書1章18節で「するとザカリヤは使いにむかって言った『何によって、これを私は知るか、私は老人であり、また私の妻はその日々に歳を取っている』」 天使ガブリエルが言ったとおりのことが起きて、エリサベツが妊娠しお腹の子供が六ヶ月になっていることは、身内のマリヤさんにとって、ただただ主の憐れみであり、奇跡にしか思えなかったでしょう。

そのことをマリヤに話した事により、マリヤは38節で「主のはしためである、あなたの言葉に従って私になるようにそして使いは彼女から去った」と言ったのです。

マリヤは全て、天使ガブリエルに全ての主の御手に委ねることを言ったところ、天使ガブリエルもその場からいなくなったと記されているのです。  

 

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