11月3日  11月10日  11月79日  11月24日 

説教題:「義と平和と聖霊における喜び」

聖 書:ローマ人への手紙14章13〜23節

   今朝はロマ書から御言葉を聞いて参りますが、この手紙はパウロ先生がローマ教会の教会員に書き送ったことが1章1節で「キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから」と記されています。

 パウロ先生は、自分を紹介するときに「使徒」という言葉を使っていますが、ギリシァ語でアポストロスといい「キリストが自ら選んだ福音の使者として遣わされた者」という意味になります。

 マタイによる福音書10章2節〜4節に「十二使徒の名は、次のとおりである。まずペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、それからゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、ピリポとバルトロマイ、トマスと取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモンとイスカリオテのユダ。」と記されていることから、この12人はイエス様が直接福音の戦士「使徒」として選ばれた事が分かります。

 しかし、パウロ先生は直接イエス様から「使徒」として任命されたのではなく、ダマスコ途上においての出来事としての事で、使徒行伝9章1節「さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、ダマスコの諸会堂あての添書を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るためであった。」と記されているように、主イエス・キリストを信じている信仰者を捕縛しエルサレムへ連行するためにダマスコへ向かっていた時、イエス様の顕現にあったことで、自分のことを「使徒」と言い始めているのです。

 パウロ先生は、ユダヤ教徒の中でも特に熱心なユダヤ教徒として聖書に忠実に生活していたことが使徒行伝22章3節に「わたしはキリキヤのタルソで生れたユダヤ人であるが、この都で育てられ、ガマリエルのひざもとで先祖伝来の律法について、きびしい薫陶を受け、今日の皆さんと同じく神に対して熱心な者であった。」と言っているのです。

 パウロ先生は、ユダヤ人の中でも特に神の教えに精通していた人物でしたが、十戒の中で出エジプト記20章13節で「あなたは殺してはならない」と、殺人が許されていないのに関わらず、キリスト者を捕縛し処刑に加担していたのが疑問に思うことなのです。

 確かに「あなたは殺してはならない」との神の教えがありますが、「殺されなければならない」という箇所も沢山あるので検証してみます。

 例えば出エジプト記21章15節に「自分の父または母を撃つ者は、必ず殺されなければならない。」、出エジプト記31章14節「あなたがたは安息日を守らなければならない。・・・あなたがたに聖なる日である。すべてこれを汚す者は必ず殺され、すべてこの日に仕事をする者は、民のうちから断たれるであろう。」と信仰者として何気なく生活していても、神様を怒らせ命を絶たれることを何気なくしているのです。

 パウロ先生は、レビ記24章16節に「主の名を汚す者は必ず殺されるであろう。」という神様の絶対命令があり、十戒の最初に出エジプト記20章3節「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。」とあるにも関わらず、イエス・キリストを神の御子と信じる人々に対しては、神を汚す者として許すことが出来なかったことから、殺人に加担していたのではないかと思うのです。

 現在でもユダヤ教では、神様に一人子は絶対に存在しないとの教えを堅く守っているので、イエス・キリストを神の御子するならば「死刑」(実際に死刑にするということではないですが)という判断をしているのです。

 それで、パウロ先生は、キリスト者達を捕縛する許可を大祭司に申し出たことで、大祭司はその権限をパウロ先生に与えていたのです。

 パウロ先生の活躍はめざましいものがあったことでしょうが西暦30年頃、ダマスコに多くのキリスト者が居ることを知ってダマスコに向かっていったのです。

 その途中不思議なことが起こったのは、イエス様が直接パウロに話しかけたことでだったのです。

 それでパウロ先生はイエス様が神様の一人子であることが分かり、今度は神の国の福音を伝える戦士に180°かえられたのでした。

 キリスト者を迫害していたパウロ先生が、神の国の福音を宣べ伝えることに熱心に活動を開始したことが、使徒行伝9章20節で「諸会堂でイエスのことを宣べ伝え、このイエスこそ神の子であると説きはじめた。」と記述されており、21節に「これを聞いた人たちはみな非常に驚いて言った、『あれは、エルサレムでこの名をとなえる者たちを苦しめた男ではないか。その上ここにやってきたのも、彼らを縛りあげて、祭司長たちのところへひっぱって行くためではなかったか』」と神の国の福音を伝えても人々から疑惑の目を向けられていたことがわかります。

 今まで、キリスト者を迫害していたパウロ先生を知っていた人々、そして自分を「使徒」と言っていることに、イエス様の弟子たちである使徒たちにも受けいれられませんでしたが、お構いなしに熱心な伝道活動をしていることがわかります。

 パウロ先生が活動していた期限30年頃のキリスト者たちは、ユダヤ教のシナゴーグにおいて従来通り礼拝を捧げていたことから、信仰上の問題が教会の中の渦となり、ギスギスしていたのです。

 特にエルサレムから遠く離れた場所においては、イエスを信じた異邦人たちもシナゴーグにおいて礼拝を捧げていたのです。

 実際にユダヤ教の会堂、つまりシナゴーグからキリスト者が追い出されたのは紀元90年のことなので、初代教会とはシナゴーグの中にあったということになります。

 今朝の箇所は、そのギスギスした教会員同士に対してパウロ先生が語り掛けているのは、シナゴーグの中のユダヤ人キリスト者たちに対してでもあったのです。

 14章1節に「信仰の弱い者」と記されていますが「信仰に虚弱である」の意味であり、コリント人への第二の手紙13章4節に「キリストは弱さのゆえに十字架につけられたが、神の力によって生きておられるのである。このように、わたしたちもキリストにあって弱い者であるが、あなたがたに対しては、神の力によって、キリストと共に生きるのである。」と記されているように、同じ信仰者同士弱い者同士の集まりであることを言っているのです。

 具体的に2節「ある人は、何を食べてもさしつかえないと信じているが、弱い人は野菜だけを食べる。食べる者は食べない者を軽んじてはならず、食べない者も食べる者をさばいてはならない。神は彼を受けいれて下さったのであるから。」と教会の中で食べ物について論議されていたことです。

その背景にレビ記11章、申命記14章に食べていい食物と食べてはならない食物のリストが書かれていますが、異邦人キリスト者は普段食べ慣れている食物なのでコーシェに規定されているからそれは食べない方がいいとユダヤ人キリスト者が言っているのです。

4節において「他人の僕をさばく」ことを戒めていますが、この戒めのポイントは「あなたは裁くことができる人間ではない」と言っているのです。

ヨハネによる福音書8章3節で律法学者そしてパリサイ人たちが、姦淫をしていた女性を連れて来て、イエス様に4節で「モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」と、申命記17章5節に「あなたはその悪事をおこなった男子または女子を町の門にひき出し、その男子または女子を石で撃ち殺さなければならない。」当然この女は石打の刑になるべきではないかと心で思いながら質問している記述があります。

するとイエス様は7節で「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」と言われたのです。

9節で「これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。」と、自分に罪がないと思う人は誰もいないということだったのです。

レビ記24章17節に「だれでも、人を撃ち殺した者は、必ず殺されなければならない。」との神様からの命令を自分に置き換えて、罪ある自分が人を殺すことをすれば自分が殺される存在になってしまうと、人生経験の長いひとからその場を去って行ったのです。

14章13節からそのような事からマタイによる福音書6章25節で「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。」とイエス様も言われているのです。

17節で「神の国は飲食ではなく、義と、平和と、聖霊における喜びとである。」と言われ、信仰者に必要な事は、主イエス・キリストを信じ、神様により義とされ、聖霊様により心の平安が与えられることで日々喜びをもって生活してゆくことだと言っておられるのです。

全能の神様は、人間を他の被造物とは異なる存在として創造されたのであり、地球全体が人間が生きて行く上に必要なもの全てを与えて下さっていることを決して忘れてはならないと言われていることを感謝しましょう。    

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