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説教題:「契約のしるし」

聖書:創世記9章1〜17節

   2025年新しい年を迎えることが出来ました。

 主の見守りの中で、この1年をつつがなく常に心に平安を頂きながら過ごす事ができるように祈りましょう。

 さて、年の始めに与えられた御言葉は、創世記からでした。

 旧約聖書39巻のヘブル語で記されている言葉の数は304,805語ですが、最初の言葉が、ベレシート、初めにという言葉から始まっているのです。

 聖書を初めて手にしたときには、分厚い聖書のどの箇所から読み始めていいかわからないのでとりあえず新約聖書から読み始めるものですが、やはりベレシートという最初に記されている創世記から読みすすめるべきだと思っているのです。

 主なる神様を信じていない方にとっては、聖書は主なる神様の御言葉であるという思いがありませんが、それでも良いのです。

創世記の最初から、聖書の最後の黙示録まで読んで頂きたいと思っているのです。

確かに、創世記は全能の神様が天地を六日間で造り上げたなどという記述は、信じられなくて当然のことだからです。

 主を信じている信仰者にしても、神様が六日間で天地万物を創造した、つまり造りあげたということは、860億個の神経細胞がある自分の頭でも理解出来ないことだからなのです。

 166年前日本の江戸時代末期に、チャールズ・ダーウィン人物が「進化論」を提唱し、この論説が世界中にあっという間に広まり、明治時代の初期に「学制」により取り入れられ、1945年の第二次世界大戦後中学・高校の生物学の授業で教えるようになったのです。

 ここではっきりしておきたいことは、科学的に証明されているのではなく、長い時間を掛けて無機物が有機物に変化したという学説で、長い研究の結果、今から75年前にある学者が水、メタン、アンモニア、水素の混合気体に放電を加えた結果、アミノ酸などの有機分子が生成されたことが発表されましたが、生命が誕生したということではなく、生命体が必要とする物質が出来たということで、生命誕生ということについては生物学、科学では証明できていないのが現状であり、進化論は、証明できていなことを学校で教えているということなのです。

 主なる神を信じている信仰者は、全能の神が天地万物を創造し、土(アダマー)から人(アダム)を造られ、人間は必要なものを造られたという「創造論」を信じているのです。

進化論を信じている人は、土(アダマー)無機物が突然、命も持つ有機物になり、全ての生き物が進化して現在に至っているとの二つに分かれているのです。

 簡単に言うならば、神様が人間を造ったか、偶然に人間が出来たかのどちらを信じるかという事になるのです。

 今朝の9章1節に原文からみると「神は、ノアと息子たちを祝福した。そして彼らに産めよ増えよ地に満ちよと言った」と、ノア一家を主なる神様が祝福して、この地球上において、お前たちの子孫を増やせと、子孫が増えることを主なる神様が手助けしてくださると言われているのです。

 2節を見ると「そしてお前たちのへの恐れ、お前たちへの恐怖心がある。地の上の全ての生き物の上に、空を飛ぶ全ての鳥、土地を這う全てのもの、海の魚をお前たちの手に与えられた」と記され、3節で「すべての這うもの、それらはお前たちが生きるための食物となる。お前たちに全ての青草を与えたように」と記されているのです。

 主なる神様は、ノアの洪水までは人間の食物は植物であったが、洪水以降は動物の肉を食べることが許されたことがわかるのです。

 私たちは一般的には日に三度食事をしますが、食事を取るときには、ビタミン、ミネラル、タンパク質、炭水化物、脂肪など必須栄養素をバランス良く取り入れるように心掛けていますが、胃の中では胃酸の主成分の塩酸により食品が分解され、十二指腸に来ると膵液(重炭酸塩)により塩酸が中和され、それぞれの物資に吸収されてゆくのです。

 私は、畜産大学の研究室において、卒業論文を作成するために、家畜の飼料からタンパク質を取り出すのに、濃硫酸を使っていました。

また、炭水化物、タンパク質、脂質等を取り出すことをしていましたが、実に大変な作業で、時として徹夜をしなければならない実験でした。

 それが、身体の中で行なわれていることに、主なる神様の偉大さを今でも思っていることなのです。

 4節をみると「だが、その命のある血を食べるな」と記されており、ユダヤ人は現在に至るまで、徹底的に血抜きをしなければ肉を食べないのです。

 5節は大変難し箇所ですので、フランシスコ訳聖書から見てみることにします「わたしは、お前たちの命の血の値を必ず要求する。いかなる獣からも、また人からも、それを要求する。人間どうしからでも、わたしは人の命を要求する。」と訳されてます。

 ヘブル語から私なりに解釈してみると「全ての命を握っているのは、主なる神である私だ、だから自ら命を絶ったり、食べる以外に無益に動物の命を奪うことを許すことが出来ない」と言う事ではないかと思うのです。

 ヨブ記2章において、悪魔が神様に対して挑戦している箇所が記されており、悪魔はヨブが主なる神様から離れないのは、あなたがヨブを祝福しているからではないか、その祝福を無くしたらヨブはあなたから離れるはずだと言ったのです。

 主なる神様は、悪魔の挑戦を受けて悪魔の支配に任せることを認めたが、2章6節「見よ、彼はあなたの手にある。ただ彼の命を助けよ」と、主なる神様は悪魔がヨブを困らせても良いが、ヨブの命をとることは許さなかったのです。

 主なる神様は、ご自分の息を全ての生き物に吹き入れられているので、息を入れたり引き取ったりすることは神様の範疇であることを明言されているのです。

 創世記9章9節で主なる神様がノア一族と契約を結ぶと言われているのです。

 契約とはヘブル語でブリットと言いますが、ブリットは割礼と同じ言葉であり、ユダヤ人に男の子が産れると8日目に割礼を受け、主なる神様との契約を結ぶことを現在に至るまでユダヤ共同体では行なっているのです。

ローマ人への手紙3章30節でパウロ先生が「まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。」と断言しているのです。

 私たち異邦人であるキリスト者は割礼を受けませんが、神様との契約(ブリット)は、主イエス・キリストを信じ、告白し、バプテスマを受ける事で神の前に儀とされることから、バプテスマを受ける事が主なる神様との契約を結んだことになると言えるのです。

 契約の記しとして13節で「わたしは雲の中にわたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約の徴となる。」とフランシスコ訳聖書で訳されているのです。

 虹は、雲がなければ発生しないもので、雲の水滴を太陽光線が通るときに「赤、橙、黄、緑、青、藍、紫」と7色に見える現象で、希望と主なる神様との約束の証しでもあります。

 いいですね、7は完全数と言われている数字で、黙示録においては、終末の象徴ともされている数字です。

 ちなみに、私たちには食物を噛むために28本の歯がありますが、この歯は7本づつが左右対称になっており、親知らずと言われる8本目の歯はもともと虫歯になりやすいため抜いてしまうものです。

 歯は食べ物をかみ砕くためには重要な働きをするので、大切に維持管理をしていかなければなりませんが、喫煙により歯茎が弱くなり、虫歯でなくても抜けてしまうので、喫煙している人は若い時から28本の歯を維持することが出来ない事は証明されています。

 私たち一人一人は、主なる神様により、この世に生を受けていることなので、与えられた身体を良き管理者として管理することが大切なのです。

 出エジプト記20章12節に「あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。」と記されていますが、この御言葉は主なる神様のみ教えを大切にし、あなたが主なる神様から与えられた所において、長く生きることができるとも解釈することができるのです。

 今年一年、主なる神様のご命令に常に耳を傾けて歩みましょ。    

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