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説教題:「キリストを知る知識」

聖 書:ペテロ第二の手紙1章1〜11節

今朝は、イエス様の弟子であったペテロが書いた手紙から御言葉を聞いて参ります。

 イエス様には12人の弟子がいましたが、その12人の弟子を選んだ理由が、マルコによる福音書3章14節〜19節に記されています。

「そこで十二人をお立てになった。彼らを自分のそばに置くためであり、さらに宣教につかわし、また悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。こうして、この十二人をお立てになった。そしてシモンにペテロという名をつけ、またゼベダイの子ヤコブと、ヤコブの兄弟ヨハネ、彼らにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。 つぎにアンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルパヨの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、それからイスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである。」とそれぞれの名前が書いてあるのです。

 選ばれた12人は、イエス様のそばで働くこと、神の国の福音を伝えること、悪霊を追い出す事が出来る権威が与えられたことは重要なポイントになるのです。

 イスカリオテのユダは、悪霊を追い出すどころか、悪霊に取り憑かれてしまったことから、神様より権威を与えられたとしても、悪霊に取り込まれてしまうことがあるということを肝にめいじておかなければならないということなのです。

 最初に選ばれた人物は「シモン」ですがイエス様はシモンという名前に「ペテロ」という名前をつけさせたことで「シモン・ペテロ」と呼ばれているのです。

ギリシャ語ではペテロスといい「どっしりとした岩から離れた個々の石の塊をさしている」と表記されています。

 イエス様はユダヤ人だったので当然弟子たちにはヘブル語で話されていたと考えられるので、ヘブル語で「岩」を表す言葉を探してみると、民数記20章8節で「あなたは、つえをとり、あなたの兄弟アロンと共に会衆を集め、その目の前で岩に命じて水を出させなさい。こうしてあなたは彼らのために岩から水を出して、会衆とその家畜に飲ませなさい」と神様がモーセにお命じになられた箇所があり、その岩が「セラ」という言葉なのです。

このセラという言葉はエドムの首都であるペトラを指すと辞書に記されています。  ペトラは西にガザ、北にダマスカス、紅海と中東の人や物の行き交う重要な場所にあり、岩に囲まれていた天然の要塞でもあったことから、イエス様がシモンにセラという名前をつけたと考えると合点がゆくのです。

ちなみに、ペテロつまりペテロスが固有名詞として固定したのは新約聖書以後であるとギリシァ語辞典に記されていることからも明らかです。

 このように、新約聖書はギリシァ語で記されてはいますが、特に福音書においてはヘブル語で書かれていたと考えるほうが時代にあっていると思うので、新約聖書を読み解くにはヘブル文化を知る事が大事なことだと言われているのです。

 さて、ペテロさんはガリラヤ湖の漁師の網元でもあり漁師たちを束ねる統率力があったと思われるのです。

ユダヤ教で大切されているタルムードの中に「四十歳は眼識に、五十歳は助言に」と言われているように、ペテロさんは四十歳か五十歳の歳ではなかったかと思うのです。

イエス様は三十歳だったので、ユダヤ共同体では「三十歳は力に」とあり、ユダヤ共同体の中において、ラビであっても五十歳の年齢なって初めて認められると言われているので、ペテロさんがイエス様に対する態度に合点がゆくのです。

ペテロさんがイエス様に対する態度が変ったのは、イエス様がローマ帝国により十字架上で処刑され墓に葬られ、ガリラヤに戻り漁師の仕事をし始めた時にイエス様が現れたことからなのです。

 ペテロさんにイエス様が語られたことが、ヨハネによる福音書21章16節17節で「『ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか』。彼はイエスに言った、『主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです』。イエスは彼に言われた、『わたしの羊を飼いなさい』。 イエスは三度目に言われた、『ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか』。ペテロは『わたしを愛するか』とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、『主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています』。イエスは彼に言われた、『わたしの羊を養いなさい。』復活後のイエス様に出会い、心から悔い改めひたすら主イエス・キリストの僕として神の国の福音を語るものとなっていったのです。」との記述されているのです。

 この御言葉の中で大切な言葉はイエス様がシモン・ペテロに対して「わたしの羊を飼いなさい」という言葉でありその内容は「主イエス・キリストを信じた信徒たちを牧会しなさい」という言葉なので、今朝の1章1節においてペテロさんは自分がイエス・キリストの「僕」つまり「奴隷」であり、神の国の福音を伝える「使徒」つまり、イエス様から直接神の国の福音を伝えることから、イエスを信じた信仰者たちを牧会しなさいとイエス様に命じられているのです。

 ペテロさんの人生は波乱に満ちたものであったことは、当時ガリラヤ湖の漁師は生活に何不自由なく過ごす事ができ、ユダヤ共同体においては中産階級以上の存在であり、ガリラヤ周辺には32以上のシナゴーグがあり、安息日にはシナゴーグにおいて礼拝をしていた人物でしたので聖書にも精通していたのです。

 余談ですが、使徒行伝4章13節に「人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同時に、ふたりが無学な、ただの人たちであることを知って、不思議に思った。そして彼らがイエスと共にいた者であることを認め」との記述があることです。

 この御言葉が、ガリラヤ湖の漁師は「無学」つまり学がない人だと言われる原因になっていますが、「無学」とは「ラビとして公認の専門教育を受けていない」ということであり、聖書読解力はかなりのものであったということなのです。

そのペテロさんがイエス様に見いだされ、弟子になってからイエス様と行動を共にすることで、ローマ帝国からにらまれ、ユダヤ共同体からもにらまれ、安定していた生活から波乱の人生を歩むことになったのです。

不安定な生活の頂点が、イエス様がローマ帝国により十字架刑になり、墓に葬られたことだったのです。

墓に葬られたことからペテロさんは、漁師の仕事に戻り安定した生活に戻りましたが、イエス様によって再び不安定な生活に戻るように命じられたのです。

イエス様に命じられた事で、不安定な日常に戻りましたが、イエス様の言葉により、全能の神様と救い主イエス・キリストの義を確信し、恵みと平安、そしてキリストを知る知識がますますまし加えられ、自分と同じようにイエスを信じる人々にもそうなって欲しいと言っているのです。

キリストを知る知識とは「聖書に記されているイエス様を洞察力をもってより深くイエス様を知る事が出来る」ということなのです。

ペテロさんは自分と同じ信仰に立つならば8節で「あなたがたは、怠る者、実を結ばない者となることはないであろう。」と記されているように、洞察力があれば、信仰者としての道を踏み外す事がなく、主の僕として生かされている生涯が主により豊かな人生を送ることができると言っているのです。

9節においては、洞察力を備えている者は、悪魔の奴隷から解放されたことを忘れてしまい、もとの鞘に戻ってしまうこともないと言っているのです。

10節を解釈してみると「主イエス・キリストを信じた信仰者たちよ、主により選ばれた事を誇りとし、与えられた人生を確信をもって歩むことで、悪魔のささやきに耳をかすことがないであろう」と言っておられるのです。

ヨハネによる福音書15章16節において、イエス様が「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えて下さるためである。」と、私たち信仰者一人一人に語られているのです。

主イエス・キリストを信じていない人に対しても、主はその魂に語りかけて下さっているのです。

主によって語り掛けられていることに答える事が一人一人に委ねられているのです。  

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