「郷土誌あさひかわ」に2007年6月から投稿しています。思いがままのテーマで書き綴っていますので気楽にお読みいただければ幸いです。
 13年4月号が発行されました。

    初めてのアルバイト

 我が家での畑仕事や店の品物配達などを手伝い、小遣いを貰うことはあったが、初めてアルバイトをして他人様から「お金」をいただいたのは中学生の時だった。
 ふるさと朱鞠内は、木材の出荷でも栄え、大きな木工場が二社あった。冬になると盛んに山奥からエゾマツなどを丸太にして切り出され、馬そりで工場まで運んでくるのだ。
 バイトは、樹を切り倒す前に樹の周りの雪をはね除けるのが仕事なのだ。雪深い朱鞠内ならではの仕事である。
 忘れられないのが昼飯の弁当だ。大人の顔よりは少し小さいが、でっかいおにぎりに味噌を塗った焼きおにぎり。それに多少の漬け物が付いていた。いま思えば、随
 
分素朴な昼飯だが、冬山では定番だった。おにぎりを背負ったまま仕事をして、体温で暖まったおにぎりを食べるのだ。美味しかった。
 高校生の時のバイトで思い出すのが、ジャガイモの運搬作業だ。当時、添牛内という所に大きな合理化澱粉工場が建てられ、そこに幌加内町内で生産されるジャガイモのほとんどが運ばれ、澱粉が生産されていたと思う。
 二トン車ぐらいのトラックの荷台に「あおり」を取り付け、そこにジャガイモを積み込むのだ。牧草用のホークよりは一回りほど大きなホークにイモをすくい、荷台にほおり上げるのだが、これが結構の力仕事で、身体の小さい私には、かなりきつい仕事だったと記憶している。一日に何回も積み込むので、家に帰る頃にはヘトヘトに疲れてしまっていた。

 
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白 鳥 秀 樹
旭川市議会議員
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