「郷土誌あさひかわ」に2007年6月から投稿しています。思いがままのテーマで書き綴っていますので気楽にお読みいただければ幸いです。
 12年10月号が発行されました。

     我が家の変遷(一)
 最新の持ち家住宅は随分進化し、高断熱、省エネ対策など様々な工法によって建てられている。
 現在住んでいる我が家は、ときの経つのが早いもので、まもなく二十年になろうとしている。ごく普通の在来工法の木造住宅だ。
 父母兄姉が昭和二十三年(一九四八年)樺太から引き揚げて古宇郡神恵内村当丸に入植した時は、細い丸太を三角に組み笹葺きの拝み小屋を作り住まいにしたそうだ。アイヌの人達が住まいにしていた「チセ」は、笹を分厚く葺いているが、そのような緻密なものではなかったから、冬は寒かったと思うし、もちろん電気や水道などは無かったという。
 
 その後、幌加内町朱鞠内に転居し、母方の実家を譲り受け、そこに住んだが、そこも凄かった。
 外壁は板張りだったが、屋根は稲藁で葺いていた。内壁には新聞紙がキレイに張ってあり、子どもながらに読んだ記憶がある。電気が通っていなかったのでランプだった。小さな手が入ることから「ホヤ」磨きは子どもの仕事になっていた。
 トイレは外にあり、畳一枚弱の広さで、戸の代わりにムシロが下がっていたと思う。
 飲料水は自宅のそばを流れる小川の水を汲み使用していたし、その小川の側にドラム缶を半分に輪切りして利用した野天風呂があった。今風にいうとワイルドな生活である。

 
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白 鳥 秀 樹
旭川市議会議員
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