自動車塗装の自分史とSL蒸気機関車写真展〜田辺幸男のhp
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・フィラデルフィア鉄道紀行(ペンシルバニア州)
126.
Baldwin aD 60000.
(フランクリン科学博物館)
「」写真と紀行文
フランクリン科学博物館(ranklin Institute Science Museum)の「train Factory での次の展示は「moving display」で知られる Baldwin Demonstrator aD 60000(ボールドウイン 実証蒸気機関車)の巨体である。
先ず、誰も未だ見たことのない展示された蒸気機関車に動きが残っていることの驚きであろう。その忘れられない動きとは短い線路上を後進し、そして前進すると云うのである。もっと正確に述べるとすれば、
その旅行の距離はどちらの方向へも 15 feet (4.6 m)であり、一方向への所用時間は約90秒であり、往復に要する時間は約5分である。さあ乗ってみようではないか。
少なめに見積もっても、一日に60回の運行とすれば年間に20まいるはしることになるそうだ。1970年代に油圧駆動方式に改良されたのでより円滑な動きになったと云う。
この蒸気機関車は世界最大の機関車製造会社に成長したBaldwin機関車会社が創立した1830年代から数えて第6万台目に当たる祈念機関車として製造した野心的な実証的機関車で、将来の貨客輸送を担うホーブの1つとして新しい技術を動員して作り上げた当時の最大、最強の蒸気機関車なのであった。1926ねんに完成して、先ず地元のPennsylvania Railroad(PRR)のAltoona エンジン工場を訪れ出力試験を行い4515馬力と云う新記録を証明した。
このような台出力を得るために取られた新技術には、火室の中への水管のさいようによる350psi(ポンド/平方インチ) の高圧蒸気圧、three− cylindersによる複式膨張式蒸気の効率的利用などが挙げられている。
注意深く前方の煙室の下部を観察すると、中央に下向き勾配に配置された高圧の第3シリンダーへのバルブがみえて、そのピストン棒は第二動輪セットをクランク駆動する構造となっていることが伺うことができると云うのだが。
それからCalifornia 、Texas州でのSanta Fe 鉄道、Baltimore and Ohio (B&O) 鉄道などで僅か約100、000マイルの実証走行を行った後に、1928年末にはPhiladelphiaに戻って来た。これらの各地の鉄道での実証走行では何らのシリアスなトラブルは無かったのだが、各鉄道からの採用の意向は見られなかった。その主な理由は余りにも重厚さと構造の複雑なことなどからのメンテナンスコスト、線路へのダメージなどの経済性が明らかにされたこと、それに加えて高速貨客用機関車としての4-8-4タイプの急速な出現があり、更に重量貨物にはマレー式連接機関車への傾倒が論じられていたことも重なって将来への展開は消えた。そして、
その頃、フランクリン科学博物館の設立企画が進めらレていた最中で、その役員のメンバーでもあったBLWの社長の Samuel M. Vauclainさんは、Philadelphia technologyの展示を中心とすると云う改革された博物館の設置に有意義なサポートを与えていた。その時に実験的に作った60000の献納も考慮していた。1932年にFranklin Institute Science Museumに献納されることに決定し、そして、1933年、ダウタウンの真ん中、未だ完成していない博物館の北西の壁となる場所に350 Usトンもある巨大な蒸気機関車がトレーラーに乗せられて運び込まれていた。
これは二年掛かりで進められて来た六つの展示プロジジェクトの1つである“Railroad
Hall”の主役の一つであった。
そして、“aD60000”の標識板はキャブサイド、ヘッドライトサイドに装着されており、テンダーサイドのレタリングハ“THE BALDWIN LOCOMOTIVE WORKS”とあったが、このテンダーは展示ホールの短いスペースを考慮して6軸台車のテンダーを建造して備えたものであるとのことだった。
今は、これに加えて、1万5千人の熟練機械工が働く1920年代の古いBaldwin 機関車工場の中を散歩するあいであが実現していて、BLWの歴史を学べるようになっていると伝えられていた。
更に詳細な機関車仕様
Baldwin demonstrator aD 60000 n 1926,
・Wheel arrangement: 4-10-2
・Cylinders: High pressure (1) 27x32 inches
・Cylinders: Low pressure (2) 27x32 inches
・valve gear: Walschaerts was fitted.
・Boiler diameter: 84 inches
・Steam pressure: 350 psi
・Driver diameter: 63.5 inches
・Weight on drivers: 338,400 lbs
・Total engine weight: 457,500 lbs
・Total engine & tender weight: 700,900 lbs、350 short tons (318 t)
・Tractive force: 82,500 lbs
・ tender:6-wheeled trucks,12,000 gallons of water、16 tons of coal
・top speed:70 mph (110 km/h)
・mechanical stoker (an auger or corkscrew that carried coal into the fire),
・pneumatic braking.
〈これで仕様は終わりです。〉
さて、ここで伝記の受け売りをしておこう。baldwin機関車会社の創立者である Matthias BaldwIN さんはフィラデルフィアの貴金属商、銀バンドなどの細工師(silversmith)でありながら、1825年には機会技師をパートナーとして製本工具や綿布印刷シリンダーなどの製作工場を経営していたが、1830年頃には据え置き蒸気エンジンの製作を手がけるようになっていた。1831年にはPhiladelphia博物館の依頼で行事で使用するミニチュアの蒸気機関車の制作を行い、成功を得た。それに続いてフィラデルフィア郊外を走るショートラインの蒸気機関車の整備の依頼であった。それは Camden and Amboy Railroad 会社(C&A)が少し前に、イギリスから輸入した1台の蒸気機関車 (John Bull)で、ニューギャージ州の Bordentown に保管されており、社長の指示で組み立て作業は始められていなかった。Baldwinさんはそれに参加することになり、到着していた部品を検査、寸法と形状を記録し、作業車への指図ノコメントをノートした。しかし彼の機械技師たちのの能力不足や、工具の入手困難さが加わり、この注文の遂行が危ぶまれたようだった。これにより大変な経験を得たようであった。所で、この鉄道はフィラデルフィアからニューヨークを最短で結ぶルートとして建設中のもので、フィラデルフィアの面するデラウェア河の対岸のCamdenから、北50マイルの所にあり、ハドソン河口を挟んで ニューヨークと20マイル距離にある Amboy に達する鉄道なのであった。
そのような環境の中でも彼の最初の蒸気機関車は古い鉄工所で完成しつつあり、Philadelphia, Germantown and Norristown Railroadにて1832年11月試運転、そのまま22年間も走り続けた。この機関車は54インチの動輪直径を持った四輪車で、自重は約5トンであり、シリンダーは9X18いんち(直径Xストローク)であった。鍛鉄タイヤを履いた動輪は鋳鉄製に木のスポーク付きで、木製台枠の外側に設けられていた。
かし経験も浅いため失敗も多かった。そこで機会に強いパートナーを探して共同経営をしたり、技術者をイギリスで学ばせたりして機関車の製造を続けた。それ故に、古い機関車のナンバープレートにはBUANHAM,PARRY,WILLIAMSなどのハートナーの名前が BALDWIN と共に Circular Shaped Baldwin Builders Plate(環状製造者銘板)に見えることになる。その後、安価な奇をてらわない実用的な蒸機が世に受けいれられた。変転を続けていた社名も1909年には最終的に Baldwin Locomotive Worksになった。そしてアメリカ最大の機関車製造メーカーに成長するのである。
そして、1920年代には早くも60000号祈念機関車を製造する時期に達するのだが、これはBLWが1830年代の初号記から60000台目まで個個の注文に際して最良の機関車と喜ばれる製品を提供できたこがもたらしたもので、それは一にBLWが機関車の量産にふさわしい生産技術システム、例えば仕様や部品の標準化などの構築につとめて産業革命に貢献してきたかを物語っていると云えるだろう。
《Circular Shaped Baldwin Builders Plate(環状のボールドウインの製造者銘板)の実例》
(製造番号: aD 64263 、1941年製)
〈番外写真〉
詳細は不明です。
撮影:1979年
発表:「れいる」誌・1981年4月号
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・フィラデルフィア鉄道紀行リンク
125. Reading 鉄道 “Rocket” (フランクリン科学博物館)