•  両手いっぱいの幸せを君に  
    14 






    「このチラシは三つ折りね」
    「うん」
    「こっちの小さいのは二つ折り」
    「うん」
    「全部折り終わったら、このカタログと一緒に封筒に入れていってもらえるかな? で、最後にここを折って封をしたらおしまい。さっきも言ったけど、こっちの箱に入ってる青と緑の封筒は、中に入れる物が違うから」
    「青いのはこの冊子で、緑が折ったチラシとカタログ。で、黄色はこのキーホルダー」
     ひとつひとつ確認しながら繰り返す怜に、「カンペキ」と倉光は指を鳴らした。
    「で、ここにある箱の分全部やればいいんだね」
     真剣な表情でつぶやく怜に、倉光の頬が緩む。
    「いや、すぐに全部終わらせようと思わなくていいよ。発送するのは来週だから、それまでに終わればいいから。それが怜さんの初仕事」
     ドライブに出かけた日から一週間ほどたったころ。
     怜は念願の仕事を始めた。
     仕事といっても、実質はアルバイトとすら言えないような簡単な作業にすぎなかったが、それでも、怜や、そして崎谷にとっては大きな生活の変化であることには違いはなかった。
     小規模ながら、手広く活動している企画会社を運営する倉光が怜に担った仕事は、イベント広告のダイレクトメールや、登録会員への会報などの発送作業だった。それらを、自宅で行うことにしたのは、崎谷と倉光とで話し合った結果だ。当面の間は、事務所の方に通う形をとらずに、在宅での作業とするのが最善だろうというのが二人の一致した見解だったからだ。
     手順を倉光に教わりながら、はじめて「仕事」に携わることができて嬉しくて仕方のない怜は、説明する倉光の言葉に真剣に耳を傾けている。
     聞きこぼしのないように。
     間違いのないように。
     そうやって、何度も手順を反芻する怜の額にコツン、と拳を当てた倉光は、「もう一回言っておくけど」と作業時間の確認をする。
    「この仕事は午後の一時から夕方の四時まで。午前中は勉強することが怜さんの仕事。オッケー?」
    「大丈夫! わかてるって」
     必要最低限の文字の読み書きと数字の計算を身につけるべく、自宅学習用の教材を使ってのカリキュラムを崎谷が組んだ。怜が従事する仕事内容もいくつかの段階を踏んで増やしたり変えたりして行き、慣れてきたころあいを見計らって、在宅から通いに切り替えるかどうかを検討する。
     怜が少しずつ少しずつ社会に溶け込んでいけるように。
     日常生活を送ることができるように。
     全身からあふれる怜の喜びが、少し離れた場所から二人を見やる崎谷の貌にも、移ってしまっている。そして、倉光にも。
     三人とも、嬉しそうに笑っている。
     この穏やかな幸せの中で、いつまでも笑っていられるものだと。
     この満ち足りた時は、永遠に続くものなのだと。
     誰もが、そう思いはじめていた。






     Back    Next