Act.02
周囲をとりまく何もかもをうざったく感じる。恵まれている、と言われる環境にいる自分がそんな事を思うのは生意気だと、罵られるだろうが。
「あの、先輩・・・」
頬を赤く染めて俯き加減に話しかけてくる女生徒。知らない顔だが、制服のリボンの色から後輩なのだと判断する。客観的に見て普通にかわいい、とは思う。後ろに控えている連中が目障りだが。女って、などとひとくくりにしたくはないが、どうして俺によって来る女は群れたがるのだろう。
多少うんざりした気持ちをおくびにも出さず、嫌な顔一つせず、にこやかに対応してみせる。
それもこれも世間体、そんなものに俺が拘っているからだ。
成績優秀な優等生で誰にでも優しい男。それが自分自身に与えられた周囲の評価だ。俺はそいつに足元を絡め取られ、そう思っているであろう周囲と軋轢を生じることなく、与えられた役割を演じつづけている。
苦しい、でもやめられない。だけど時々息が出来なくなるほど自分を見失う時がある。
だったら、そんなものかなぐり捨ててしまえば良い。そんな思いにかられはするが、どれだけ理由を並べ立てても今の自分を捨てる、そんなことができない自分はどこまでもつまらなく、平凡な人間なのだと思う。
今日もそんな胡散臭い俺に後輩が告白してくる。
どうやったら上っ面だけの自分なぞに恋をするというのだろう、なんて、自分自身も告白してきた彼女も内心鼻で笑いながらいつも通りの返事を与える。
「君の気持ちは嬉しいけれど、ごめんね、好きな人がいるから」
彼女達はショックを受け、でも俺の笑顔に騙されながら退場していく。
本当に本当に鬱陶しい。
だけど、全てを曝け出すほど俺は強くない。
明日は文化祭が始まる。
もう、どうでもよくてサボりたい気分になる。
でも、やっぱりそんなことをできない自分自身に嫌気が指す。
「ここは・・・」
うっとうしく寄って来る人間を避けながら、いつのまにか美術室に到達していた。美術には興味がない。自分がまるでセンスがない、というのもあるが、ああいったある種特殊な才能を有している連中に囲まれると、とたんに自分の薄っぺらさが浮き彫りになった気分になって苦手なのだ。
そんな自分勝手に忌避してきたゾーンに、無意識とは言え足を踏み入れていた。すぐに出て行くのは不自然だと思い、一つ一つを軽く覗いていくことにする。ネームプレートと作品を見比べながら、どんな人間がその作品を作り上げたのかを思考していく。
中には見知った名前もあり、やはり俺自身のコンプレックスを否応なく刺激してくれる。
幾つかの作品を流していった後、ひとつの水彩画の前に立った。
その瞬間、文字通り鳥肌が立つというのがどういう事なのかを実感することができた。
その色彩感覚、テーマ、筆遣い。絵画とはまるで無縁の俺にすらその作品がすごいということが理解できた。釘付けにされた視線を慌てて下のネームプレートに向ける。
そこにはよく見知った名前が素っ気無く書かれていた。
2度目の衝撃。
再び絵に視線を戻す。
もう目が離せない。
穴があくほど見つめてしまう。
どうしようもないほどの焦燥感。
空虚な自分自身をあざけるような存在感。
それを、俺と同級生の、なんの特徴もないと思っていた女が描いたのだという事実。
どれほどその場に立ち尽くしていたのかはわからない。
ようやく現実に戻り、外の騒音が聞こえてきた頃、俺は続きの作品を見る気分にはならず、逃げ出すように勢いよくその水彩画から視線を外した。
ふと、笑みが零れる。自嘲めいた笑い。
そんなものが漏れていることにすら気がつかないほど、余裕を無くしている自分。
自分を偽るのは限界なのかもしれない。
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