Act.01
最初はなんとなく気に入らない、その程度だった。
優等生で成績もよく、容姿は普通よりやや良い程度だけど抜群に人当たりの良い彼は、好かれることがあっても嫌われる事は少ない。だから、どうしてそう思うのか、さっぱりわからなかった。そもそも、彼とは接点そのものが無いのだから、嫌う理由がないのだ。
なのになんとなく、本当になんとなくだけど、彼の見せる表情全てが偽者で、胡散臭い気がして苦手だったのだ。よく知りもしないくせに勝手なことを思っている、と、そう思いはするけれど、彼を見かけるたびにその違和感が私の本能を刺激していった。
だけど所詮この時点ではそのレベルどまりで、その感情が固定化し、かつ強固なものになる絶対的理由はこの後に起こった、他人からすれば些細な出来事のせいである。
私は平凡である。
それに対して異論を唱える人はいないと思う。成績は中の下というよりむしろ下の上、運動は好きじゃないけど嫌いでもない、顔は・・・普通、人当たりは多少難アリ。けれどもそれらの要素を混合させれば、やはり平凡な人間であると結論付けることができるだろう。自惚れかもしれないけれど、ただ一点の特技を除いては、だ。
文化祭が始まる。
日頃、授業には熱心ではないけれど、部活動には力を入れている私も、もちろんきちんと参加する。私が入っている美術部は恒例の作品展覧会を開催する。普通高校だけれども、そうとは思えないほど美術系の大学に進学率が高いうちの部では、所詮高校生の展覧会といってもレベルが高く、私もかなり気合の入った水彩画を提出している。顧問や美術部のメンバーなどは口々に褒めてくれたのだが、一般の人、日頃絵を描いたりしない人の評価が知りたくてウズウズしていた。
だからこそ、彼の態度が網膜に焼きついたように忘れられないのだ。
入り口付近で他の人の作品を見るふりをしながら、こっそり私の絵の前に立っている人間を観察していたら、長いことそこに留まっている人間がいることに気がついた。他の人は「綺麗だけど不気味?」とか「ちょっと恐い」などとまあ、想像通りの反応を示しながら通り過ぎていくのに、その彼は立ち止まったまま、表情は見えないけれど、まるで睨むようにしていた。
その彼が、例の彼だと気がついたのは、ようやく振り返った瞬間だった。
以前から私が変な感情を持っていた彼だと、気がついた時には、彼は薄く笑っていた。まるで私の作品の全てをあざ笑うかの如く。
血液が逆流しているのかと思った。
私にとっては作品を侮蔑されることは、私の人格そのものを否定されることに等しいのだから。サラリと、なんの躊躇いも見せずに、それをやってのける彼。
ずっと前から感じていた違和感と併せ、私の感情は一気に嫌悪の方向へと向っていった。
心臓が自然に動かなくて、誰かに鷲づかみされたように苦しい。
息をするのも忘れて精一杯彼を睨みつける。
だけど、そんな私には気がつきもせず、いつものすました顔に戻った彼はそのまま私の隣を通り過ぎていった。
ギュッとセーラー服のリボンを握り締める。校庭から漏れてくる雑音も部室に行き交う人の声も何もかも聞こえない。
そうして、私はこの世の中で一番彼のことを嫌いになることに決めたのだ。
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