04

「で?」
「お腹すいたから帰った」

目尻が垂れて八の字になっている。持ち寄った色々なお菓子を机の上へぶちまけて、あれこれ話をはずませる。本当はもってきてはダメらしいけど、そんなことを注意する先生はいないから全部無視している。

「あのね、それって千津さん悪くないじゃない」
「そう?」
「うん、そう」

人生初めて、ではなくて、気に入らないことがあるとしょっちゅう飛び出しては、おなかがすいたらすぐ帰るというコトを繰り返しているわたしは、たいした心配もされずに何事もなかったかのように姉さんに迎えいれられた。だって、お腹がすくのは仕方がないし、それにそれ程アタマニキタというわけでもないし。
でも、チクチクと胸の中で小さく暴れているナニカはちっともおさまってくれない。
大好きなものを食べても、大好きなテレビを見ても、それは変わらなかった。

「良くも悪くもそこが末っ子らしいって感じがするけどねー、亮子は」
「末っ子?」

良く、言われる。
おじーちゃんたちがわたしを甘やかすのも、兄さんたちがわたしをかわいがるのも、わたしが末っ子というやつだからだと。

「素直なのはいいことだけど、少しは大人になったほうが良いと思う」

私よりずっとおとなっぽいアキに言われると、正直ちょっとへこむ。しかも、必ずと言っていいほどそういう会話の中に、「千津さんを見習って」というコトバが突っ込まれたりするのも余計わたしをへこませる。今回もやっぱり、輪になっているトモダチがそんなことを言っていた。
今まではへこんでいただけのその一言に、今日はちょっと腹が立つ。
むっとした私をからかいながら、先生が見回りに来る前に解散することにする。
ケータイ片手に、メールするねー、と言って別れるトモダチたちをみて、ちょっとだけうんざりする。
なんとなく、今はあまり誰かとしゃべりたくない。なんて、トモダチにはいえないけれど。



 兄さんはますます家へは寄り付かなくなっていき、とりあえず家から通っている父さんはましとして、かあさんはあまりこちらへと帰ってくることはなかった。だから必然的にわたしは姉さんと二人きりの時間が多くなっていって、段々息苦しくなっていった。
おいしいごはんを作ってくれて、ちゃんと洗濯をしてくれて、でも、母さんみたいに口うるさくなくて。
トモダチの誰に言ってもそんな理想的な兄弟はいないと、羨ましがるのに、そのコトバすら段々わたしにとってうざったくなっていく。
感謝しているのに悪口しかでてこない。
ありがとうの代わりにうるさい、と吐き出すわたしの口は、とても嫌いだ。
でも、そんなジブンを止められない。



「亮子ちゃん、ケーキ食べる?」

ちょくちょく逃げ込むようになったじーちゃんの家では相変わらずわたしの好きなものしかでてこない。
お小遣いだってくれるし、お菓子だって食べ放題だし、だらしがない格好で寝転がっていても誰も何も言わない。
何より、姉さんが視界の中に入ってこないことが、今のわたしにとってはタイセツなことだった。
でも、結局ぐるぐる姉さんや家族のことを考えてちっとも気分は晴れないのだけど。

「そういえば、晃は元気にやってるのか?」

遊びに行くたびに、じいちゃんは兄さんのことを聞く。あまりにもひんぱんなのでボケたかと思ってびびったけれど、年寄りとはそう言うものらしい。ずっとじじばばと同居しているアキによれば。マゴの役目とは、そう言ったものを無難に「はいはい」と答えることらしい。確かにいつも「うん、元気」といえば、それであっけなく話は終わっている。学校がどうの、とか、仕事がどうの、とかそういう難しいことは聞いてこない。わたしに聞かれても答えられないけど。

「うん、元気」

今日もいつもどおりの答えを元気良く返す。もはや「おかえり」「ただいま」と似ている。
だけど、今日はちょっとだけ違った。

「今忙しいころだろうけど、おまえの母さんはちゃんとやってくれてるのか?」

じいちゃんもばあちゃんも母さんのことを母さんと言う。おかしい、と思ったことはなかったけれど、久しぶりに聞いてみるとちょっとおかしい。だってかあさんはじいちゃんの母さんではないのだから。だけど、そんなことを口に挟めるはずもなく、本気で兄さんを心配しているらしいじーちゃんに、安心してほしくて本当のことを言った。

「母さんは単身赴任でいないから、おねーちゃんがやってくれているよーー。なんか、兄さんとこに通って家事とかしているみたいだし」

うちの家族がおかしいと、思ったことはなかった。
だから聞かれたら今の状況を素直に答えるし、それがヘンだといわれたことはなかった。
だけど、能天気にそう答えた瞬間、じーちゃんが真っ赤になった。ぷるぷると握った両手を震わせて、そんな顔を見たことがなかったわたしは思わず飛び退いた。それを見ていたばーちゃんは、じーちゃんを心配するではなく、呆れたような声をだして母さんのことを非難しだした。
怒ったじーちゃんはそのまま電話のところまでいき、そのままの勢いでどこかに電話をして怒鳴りつけている。
それが母さんのケイタイだとわかったのは、ひとしきり怒鳴った後、なぜだか選手交代とばかりに代わらされた後だった。
シーンとした相手側の沈黙が辛くて、思わず「もしもし?」といってしまったわたしに冷たい声が響く。

「亮子?いらないことばっかり言わないでちょうだい。まったく、あなたときたら…。千津ならそんなことしないのに」

それだけいってあっけなく母さんが通話を切ってしまった。

「千津ねーちゃん…」

思わず呟いた声に、反応したのはばあちゃんの方。

「あんな色目を使う子に大事な長男を任せて大丈夫なのかね。本当に親子そろってどうしようもないこと」
「色目?」

わたしも母さんの子どもだ、でも。

「誰に似たのかしら、本当にあの子を見るとぞっとする」

心底嫌そうにばーちゃんがしゃべる。それを否定するでもなく、じーちゃんがあっさりうなずく。

「おまえが晃の面倒を見てやってくれ、アレに任せておったらろくなことにならん」

わたしがそんなことをできるはずがない、こんな風にダラダラしているジブンを見ていたのにわからないことに驚いた。同時に、この二人が千津姉さんの名前を禄に呼んだことがないことに気がついた。
わたしはいつも「亮子ちゃん」と呼ばれているのに。
母さんが馬鹿にされて、姉さんはもっと馬鹿にされて。
怒らなくてはいけないはずなのに、ジブンだけそんなことをされなくて。
気持ちが悪いのに、気持ちが良くて。
また、母さんに姉さんと比べられて嫌だったのに、そんなことも忘れてしまうほど結果的に特別扱いされたことが少しだけ嬉しくて。
でも、そんな事を思う自分が、本当に本当に嫌で、心のどこかがすっと冷たくなっていった。
わたしを姉さんと比べる母さんも、何でも完璧にやってしまう姉さんも、二人の悪口を言うじーちゃんもばーちゃんも、全部、全部嫌いだと、冷めた心で考えた。

ここにずっといるのは嫌だと、はっきりと思った。


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4.2.2007

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