03
誰に対してムカツイテいるのかもわからなくて、とりあえずじいちゃんのところに遊びに行った。
元々今の家で一緒に住んでいたけど、いつのまにかじいちゃんもばあちゃんも自分たちの田舎に引き払っていた。その頃には姉さんがとりあえず全ての事をこなせるようになっていたから良かったようなものの、そうでなければわたしもこっちへくっついてこなくてはいけなかったかも、と思う。
末っ子だからなのか、昔から二人は私に甘く、言えばなんでも買ってもらえた。もっと小さい時はそれがお菓子だったりカードゲームだったりしたけれど、親に隠し切れない程のおもちゃを黙って買ってもらった時には、後でかあさんにこっぴどく叱られた。
それを知ってばあちゃんがまた文句の電話を母さんにかけたらしいけれど、そのときのかあさんの八つ当たりが恐ろしくて、それ以来そういうことはやめた。
でも、時々こうやって遊びにきてはお小遣いを貰うということは調子よく続けている。たぶん母さんにはばれていない、と思う。
「どうしたの?」
ふらりとやってくるのはいつものことなのに、余程様子がおかしいのか何度もばあちゃんが聞いてくる。その度に「べつに」としか答えようがなく、なんとなくうっとうしくなる。
数回のそんなやりとりののち、ばあちゃんの作ってくれた昼ご飯をたらふく食べ、なんとなくそのまま家へ帰ることにした。
帰り際にはきっちりとじいちゃんが手にお金を握らせてくれた。
何も言わずにそれを財布に入れる。
寂しそうに手を振る二人を振り返りもせずに、さっさとその場を引き上げる。
なんとなく、最近はどこにいても居心地の悪さを感じてしまう。
どうしてなのか、なんてわからない。
姉さんの顔が浮かぶ。
ほっとしてイラつく。
もう、本当にどうしてなのか、わからない。
「おかえり」
どこに行った、とも聞かずに姉さんが答える。
夕食の準備をしているのか、いい匂いが部屋中に充満している。
兄さんはあれ以来姿を現さない。あの世界がとても忙しいものだというのは、父さんや母さんを見ていれば良くわかる。
本当に学校で暮らしている方が多いのじゃないかと、そんな風にも思ったりもする。
小さい頃は五人で、少し経ってからは三人で、もう少ししたらとうとう二人っきりになってしまった。
櫛の歯が抜け落ちるようにぽろぽろとウチの家のメンバーが減っていく。
「これ、好きでしょ?」
大好きなハンバーグがフライパンの中から覗いている。
大好きなはずの姉さんが作った、大好きなハンバーグ。
なのに、一向に気持ちが上を向いてくれない。小学校の頃は学校で嫌な事があってもご飯を見れば全てを忘れてしまったのに。
「これ…」
ソファーの上に無造作に置いてある紙袋を指差す。
中からはたぶん男物のシャツの片袖が覗いている。
きっと、というか絶対それは兄さんのものだろう。姉さんが兄さんの世話をしている、ということはわかっているのにわざわざこんなことを口に出している自分が止まらない。
「ん?ああ、今日行ってきたから」
私がじいちゃんの家へ行っている間に、姉さんは兄さんのところへ行っていた。
自分こそ黙って遊びに行ったというのに、わけもなくそのことが気に触る。
「ほんと、一週間でよくあそこまで汚せるって感心する」
皿の上にキレイに並べられたブロッコリー。たぶん横にはメインのハンバーグがのる予定なのだろう。楽しみなはずなのに、白いお皿も緑の野菜もなにもかもがうっとうしい。
感情にまかせたままランチョンマットをひっぱる。
お皿はきれいに床の上へとダイブし、食材がその上へとはね落ちる。
「うるさい!!!わたし兄さんが住んでいるところなんて知らない!!なんでねーさんだけ知ってるの!」
ねーさんは驚いた顔をして、でもすぐにフライパンをもったまま悲しそうな顔をした。
そのことが私の中のイライラをもっともっと刺激する。
兄さんの洗濯物を掴んでは投げつけ、叫ぶ。
怒らない姉さんは困った顔をする。
イライラする。
何が嫌いで何が嫌で、何が悪いのかがわからない。
「もういい」
とだけ叫んで、私は家を飛び出していた。
頭もぐちゃぐちゃで、自分の気持ちなんかわからなくて、でも、こんな自分が嫌いだ、ということだけはわかってしまった。