02
「それ、あんたが作った…わけないよね」
大好きな給食がなぜだか休みのときがある。
そんなときには、それぞれジブンで用意しなくてはいけない。
簡単なようでいて、共働きで母親が遠くで働いているわたしにとっては、とんでもないダイモンダイなのだ。
「そっか、千津姉さんか」
まともに話せないぐらい口一杯にごはんを詰め込んだわたしは、その通りだというようにブンブンと首をタテに振る。
こんなにおいしくてキレイなお弁当をわたしがつくれるはずがない。ついでにいうと、ごはんそのものも姉さんが作る方がはるかにおいしい。母さんの料理は、ミンナがおいしくない、と言い切っている給食が大好きなことでレベルがばればれである。
「あの人って料理までできるんだぁ」
水気があまりなかったせいか、やっぱり一度に頬張りすぎたせいなのか、喉に詰まってタイヘンなことになっているわたしにタイミングよくアヤからお茶が差し出される。
ふぅ、とお茶でなんとか喉を通過させ一息ついたわたしに全員の視線がビシビシ突き刺さる。
「調理実習をしたら食べる専門で」
「包丁もたせたらもった手を切る、なんていう器用なまねをして」
「おまけに、破壊神だから片付けも出来ない」
「ほれがどーかひたの?」
再びガツガツと食べ始めたわたしが、とりあえず食べながら返事をする。
「食べるか話すかにしてよね…つーか、とりあえず食べとけ」
こんな量で足りるのか?という小さい弁当箱をゆっくりゆっくりつついているアヤたちは、わたしのお弁当の二分の一以下の面積しかないくせに、わたしよりはるかに食べるのが遅い。そんなものだったらわたしなら三分でいける。
彼女達が食べる終わる前に、あっという間にジブンの分を平らげ、姉さんが用意してくれた水筒から豪快にお茶を注いで飲み干す。
「あーーー、食べた食べた。ごちそーさん」
ぱしっと手を合わせ、空箱を包む。
呆れたようにアヤはゆっくりとプチトマトをつまむ。試しに大口をあけてみたら、ポイっとそれを放りこんでくれた。
「そういうところがかわいいっちゃかわいいんだけどね」
「少しは千津さんを見習ったら?」
能天気にそんなことをいうトモダチの言葉に少しだけ胸がキリリと痛む。
学年が一つしか違わないせいなのか、ずっと「篠宮の妹」と呼ばれつづけてきたときと同じ思いがする。篠宮の妹というのは事実で、それがどうしてイヤなのかは今もわからないけど。
「まあ、亮子は亮子だし」
そう言って、アヤがわたしの名前を呼んでくれたとき、なぜだかすごく嬉しかった。
そのまま、話はあちこちに飛び散って、昼食の時間はあっという間に過ぎていった。
「あれ?兄ちゃん」
さくさくと親と同じコースを歩いている兄さんが死人のような顔をしてどっかりとソファーに座り込んでいる。いや、どちらかというと病人のように倒れているといった方がいいかもしれない。
元々細かった体がますます細くなって、この人がどんな生活をしているのかをきもだめし感覚で聞いてみたいものだ。
「そんなにドクターってきついわけ?」
「きついっちゅーか、きつくないっちゅーか…」
話すのも疲れるのか、語尾が小さくなっていく。
そんな兄さんのためなのか、姉さんが先ほどから台所でなにかを作り始めている。
「手洗った?」
「まだ」
フライパンを片手にそんなことをわたしに言う姉さんは、母さんより母さんらしい。よく思えば、今は姉さんがその役割をしてくれているけれど、その前はばあちゃんが代わりにわたし達を育ててくれていたのだから、母さんは母親業があまり好きではないのかもしれない。
「ちょっと早いけど、とりあえず食べられるのなら食べた方がいいから」
手を洗って適当にシャツを着たわたしが台所へ戻ると、いい匂いのおかずがテーブルの上にぎっしりと並べられていた。
いつもは良く食べるわたしのために各々盛り付けられているのに、今日は大皿にどんっと置かれている。
「どうする?亮子も一緒に食べる?」
時計の針はまだ午後5時を指している。なのに、正直者のわたしのお腹は条件反射のようになりはじめ、うまいものを寄越せと主張している。
久しぶりに三人顔を合わせた食卓は、兄さんとわたしのおかずの奪い合いに始まり、奪い合いに終わった。充分な量を作ったと思っていた姉さんは、みるみる減っていく大皿に、食べる気がどこかへ行ってしまったのか、付き合い程度に箸をつける程度だった。
「生き返ったあああああああ」
食後のコーヒーにりんごという不思議な組み合わせをものともせず、兄さんがそんなことをのたまう。
「兄さん、何のためにわたしが食事を冷凍してあると思ってるの?」
「やーー、解凍するのもめんどうくさくて」
「それでそんなにやつれていたんじゃ、意味がないじゃない」
半分呆れ、半分怒りながら姉さんが兄さんに説教をする。
「それに、週に一回は作りにいってるのに」
「え?」
そんなことは聞いていない。週一だとか冷凍してあるだとか、わたしの知らない話を楽しそうにする二人に、隠し事をされていたようで少し面白くない。
「ああ、週末に来てもらってるんだ。色々と」
「ねぐらの掃除と炊き出し…なんなら亮子も行く?」
「や、それはいいけど」「それだけは勘弁してくれ」
わたしの断りの言葉と、兄さんの拒否の言葉が重なる。
確かに、わたしは不器用で大雑把だけれど、やる気がなくてもそんなに早く否定されるとちょっとむっとしてしまう。
「土日が休みなら家に帰ってくればいいのに」
気分を紛らわすために、そんな悪態をついてみる。週末休めるのなら、こっちへ帰ってくればいい。何もわたしに黙って二人でコソコソあわなくても、と、兄と姉に対してなのにやきもちめいた思いを抱いてしまう。
「やーー、休めてねーって。休めてるならこんな風にはなりませんって」
げっそりとこけた頬を撫でる。
「だったらどうやって部屋に入るわけ」
「どうやってって、普通に鍵を開けて」
「鍵?」
「そうだけど……?」
「合鍵もってるの?ねーちゃん」
「うん、もってるけど」
話してなかったっけ?といいながら、あたりまえのようにそんなことを言う。
「……わたしも欲しい!」
合鍵というアイテムに、なにやら大人めいた魅力を感じてしまったわたしは、すかさずそう叫ぶ。末っ子のせいなのか、じーちゃんもばーちゃんもわたしがこう叫ぶと何でも買ってくれた。二人がいなくなってからはさすがにそんなことはなくなったけれど、基本的に姉さんも兄さんもわたしには甘いところがある。当然すんなりもらえるものだと思い、掌を差し出す。
「あのな、おまえが持っていても意味ねーだろ?」
「や!欲しい」
「メシ作ってくれんのか?」
「いや」
「掃除は?」
「はあ?」
あたりまえだ、部屋が破壊されてもいいのならやってやらないこともないけど、後で叱られることを思うとそんな面倒くさいことはしたくない。
「千津はご飯つくりに来てくれて、掃除してくれて、今の俺にとってはなくてはならない存在なわけ。それに、そんなに安易に合鍵なんて作って渡せるか!」
そう言って兄さんは、乱暴にジャケットを掴み、出て行ってしまった。
姉さんは何かを渡したいのか、慌てて紙袋を持って追いかけていった。
昼間に感じた胸の痛みが再び襲う。
キリキリキリキリ、どうしてだかわからない。
隠し事をされていたせいなのか、のけ者にされていたせいなのか。
三人でいるのに、ものすごく寂しい。
また一つ、姉さんに対してわだかまりが増えていく。
姉さんのせいではないのに。