01

「お姉さんはうちにいないの?」

これが、わたしの初めての恋の終わりを予感していただなんて、ドンカンでマヌケなわたしにはわからなかった。






「それって、千津さん狙いじゃないの?」

大好きな先輩がウチへやってきた。という話をテンション高く話していたら、唐突にトモダチにそんなことを突っ込まれた。
話の腰をぽっきりと折られたこともあり、言っている意味のわからないわたしの気分がガタガタと悪くなる。
だけど、そんなクルクルお天気のように変わるわたしの表情なんて慣れたもの、といった風にわたしの机を取り巻くトモダチ連中はお互い頷きあっていたりする。ジブンたちだけわかったつもりになって気分悪い。
さらに機嫌を悪くさせたわたしなんて無視して、さらにキャイキャイと話が続けられている。

「あのさぁ、言っちゃなんだけど、先輩だよ?あの」
「それがどうしたわけ?」
「格好良くて、成績はまあ、アレだけど、運動ができて、もてまくってる、あの先輩だよ?」
「そんなの言われなくてもみんな知ってるじゃん、なにそれ?」

お互い顔を見合わせてはタメイキなんぞをついている。なんだか目つきもあわれまれているような気がしてますます嫌な気分になる。

「あのさ、亮子は私達にとってはかわいいよ、そりゃあ」
「明るいしさ、勉強もできるし、面倒見もいいし。そりゃあちょっと天然で、あほなところはあるけどさ」
「ホめてるの?けなしてるの?」
「……まあ、褒めていると思ってちょうだい。あんまり言いたくないんだけど…」

いつもはっきりきっぱり言い捨てるこいつらにしては歯切れが悪い。誰がその言葉を言い出すかためらっているかんじだ。
イライラも頂点に、何時もの癖で机を人差し指でトントンたたきだしたわたしに、やっぱりというか、いつも先頭を切って何かをしているアヤが口を開く。

「千津姉さんって、キレイでしょ、とっても」

そんなことはわかっている。
ショウジキいって、あの父さんと母さんの子供だとは思えない。わたしはよりにもよってカバにそっくりな父さんに似ている。つまりどっちかっていうとカワイクない。それでも末っ子で女の子だったせいか、じいちゃん、ばあちゃん、父さん、母さん、上二人、にかわいがられまくったわたしは、ジブンの顔が平均より下だ、ということに長いこと気がつかないでいた。気がついたのは、小学校の真ん中あたりで、いじめっ子でもいじめられっこでもない普通の男の子達の軽口からだった。
それでも、家へ帰ればチヤホヤされることには変わりがなく、兄さんが言うには、とても素直にそだった子供らしい子供、になったらしい。
それに引き換え、姉さんは、誰の目から見てもキレイでカワイイ、男の目から見ると、年の割に色気なんていうのも持っているらしい。 だからわたしと違って、あちこちから声が掛かるし、兄さんのトモダチ連中から本気でちょっかいをかけられるなんていうコトもしょっちゅうだ。
で、そのキレイな姉さんと何が関係があるわけ?
私の頭では処理できないやりとりに、あっという間に頭がパンクしそうになる。
アヤはどうどう、とわたしを犬のように宥めながら、少しずつ話を進めてくれる。

「昨日は、どうしてあんたの家へいったわけ?」
「何度も言ったじゃん、勉強を教えて欲しいっていったら、いいよって」
「あのさ、あんたの定期試験の指定席って何番?」
「一番」
「…なんのためらいもなく答えちゃえるぐらい、あんたってトップを突っ走ってるわけでしょ?」
「だから?」
「じゃあ、先輩の順位は?」
「さあ?でも、のらないよね、そういえば」
「そう、ベスト50には教科順でも、総合順でも乗らないよね?それ以下は発表ないしさ」
「そうだねー、そういえば」
「つーことは、先輩はそれ以下ってわけでしょ?」
「そうだけど」
「……ここまで言ってもわからないかな、たとえ一学年下だって、あんたに勉強教えられるようなタマじゃないんだわ、先輩って」
「まあ、そう言われればそうだけど、だけど、勉強なんて口実みたいなものだし」
「そう、そーなわけ、口実なのよ。だから逆に先輩があんたに気があるんじゃないかって、思ってしまったわけなんだけどさ、うちら」

そこまでは考えが到達していなかったわたしは、ポンと手を叩いてしまった。
そうか、そういわれればアヤみたいな考え方もできるなと、妙に明るい方向へと脳みそがフル回転しそうになる。

「ちょっと待った。早とちりはするな」

慌てて、周囲が止めに掛かる。なんだというのだ?

「で、話した内容は?」
「千津姉さんの進路とか、千津姉さんの好きなものだとか、千津姉さんの好みのタイプだとか…あれ?」
「結局、ぜーーーーーーーんぶ、千津さんのことだったわけでしょ?」
「そういわれれば」
「そういうことは昨日の時点で気がつきなさい、昨日の時点で。かなり失礼だからね、その男」
「どうしてそんなに姉さんの事知りたかったのかね、だいたい同じ学年なんだから、ジブンで聞けばいいじゃん」

わたしがそう言うと、全員が全員肩を落としてがっくりとしてしまった。

「いや、あの人はガードが固いし、どっちかと言うと話しにくいタイプでしょ、うちらはあんたの姉さんだって知っているから挨拶できるだけでさ」
「綺麗すぎて話し掛けづらいよね、ちょっと」
「オーラが違うっていうの?」
「そんなことはどうでもよくて」

かって気ままに話し出した友人達をアヤが制し、私の方へとちょっと恐い顔を突き出しながら近寄ってきた。

「つまるところは、先輩は千津さん狙いだってこと。まあ、妹であるあんたが利用されたってわけね」

ゆっくりはっきりきっぱりとアヤが言った言葉はグルグルグルグルわたしの頭の周りを回って、ちっともその意味が脳みそに伝わらなかった。
別のトモダチが私の肩を思いっきり揺すぶって、ようやくわたしがその内容を理解したとき、今までに感じたことがないぐらいチクンと胸が痛んだ。
突然ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
バカになってしまった蛇口のように、ボタボタボロボロ、涙が止まらない。
いつのまにか、誰かのハンカチで顔を拭かれ、誰かがわたしの頭をなで、誰かがぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
だけど、わたしは結局、いつまでも泣き止む事が出来ずに、人生で初めて保健室というもののお世話になってしまった。
好きなだけ泣きまくった私は、放課後トモダチが迎えにきてくれる頃には、パンパンに腫れあがったまぶたで、保健室の先生が「特別に」といってくれた栗蒸し羊かんを大口を開けてかじっていた。
それが、人生ではじめての恋で、はじめての失恋。

姉さんは何も悪くないのに、心のどこかでわだかまりができてしまった出来事。
まだ、ウチの家族はどこかがおかしくて、姉さんは色々いやな目に会っているということに気がつきもしないでいた頃の話。

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1.17.2007

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