18

「どうして…」

そう呟いた兄の声は、意識がどこか遠くを漂よったままの私の耳へも届いていた。
現実に戻りたくなくて、でも狂う事もできなくて、苦し紛れに現実と虚構の境界線に逃げ込む。
後一歩踏み出せばどちらかへと完全に溶け込む事ができるのに、どっちつかずの私はただふわふわと行きつ戻りつしたままでいる。
兄に完全にやられてしまったのだろうか、弱弱しいながらも彼がこの部屋の中に存在していることがわかる。
あんなにも愛しくて、あんなにも彼のことを欲しがっていたのに、今はもうその顔を思い出すことすら忌まわしいと感じてしまう。





 最初の家庭教師は所謂専門馬鹿の典型で、私がわからないことが理解できなくて、結局最後までまともに教えてもらえることがなかった。そのくせ女の子が珍しいのか、まだそういうことがよくわからなかった私ですら、生理的に嫌悪する視線で見られる事が多かった。
なんとか並程度の成績で中学を卒業し、高校へ進学できた私に、父はとりあえずということで家庭教師をつけてくれた。
それが最初の家庭教師なのだけれど、中学を卒業したばかりの私にとって自分自身がそういう対象となり得るということがわからなかったのだ。危機感がまるでなかったのは両親ばかりではなく、本人ですらそんなものはカケラも抱いていなかったのだから、無防備すぎたのかもしれない。
妹も祖父母の家へ遊びに行き、いなかったのが災いしたのかもしれない。
豹変した家庭教師にどう対処していいのかわからなかった。
自分が何をされたのかも。
幸いというか、後から考えれば未遂に終わったのは、ただ単に彼の良心からではなく、彼の体の不具合のせいだろう。
目的を達成することが出来なかった彼は、逃げるようにして私を置き去りにしていった。
私の両手に激しい鬱血の後を残しながら。
一晩中床の上に横たわりながら泣く事も出来ず眠る事もできなかった。
体のあちこちが痛くて、でも、どれだけ耳を済ませても、私以外の人間がいる気配すらない家。
誰も助けてくれないのだと、そんなことを自覚してしまった。
そこから先はあまり記憶が無い、私の方から珍しくわがままを言って、家庭教師をやめさせてもらったのは覚えている。
記憶が曖昧だから当然学校での出来事もおぼろげで、その結果再び家庭教師を雇う口実が出来てしまったのは皮肉なことだ。
次にやってきたのは雨ばかり降っていた時期だと思う。そろそろ蒸し暑さがまとわりついていたのを覚えているから、たぶんそれは梅雨頃だったのかもしれない。曖昧な記憶は思い出そうとすると鈍い痛みを頭へともたらしてくれる。
神経質そうでどこか兄に似ていると、そう思った記憶がある。
あんな事はもう二度とないはずだと、言い聞かせながら、それでもどこか怯えながら授業を受けていた。その様子が彼の中の加虐的な性質を刺激したのか、後は断片的な記憶しかない。
どうして相手がそんな風に変貌するのかわからない。
他の子にはしないのに自分に対してだけそうなのならば、自分のどこかが悪いのだろうと、幼い頃から聞かされてきた祖母の繰言とともにどれだけ自分を責めたのかわからない。完全に開き直っている今でもその思いは心のどこかに燻っている。
私が悪いのだという思い。
再び生きているのか死んでいるのかわからないような生活を送りながらも、家族の誰もその変化に気がつかなかったという事実も、心に重くのしかかっていった。口に出して言えば、自分が汚い物にでもなったかのように思え、忘れてしまえばなかったことになるのだと、そう信じようとしていた。
研究ばかりで家には帰ってこない父も母も、子供らしく素直に育った妹も、私には遠い存在だった。
その時博士課程の研究が佳境に入り、とてもじゃないけど家へ帰る余裕すらなかった兄さえも、私にとってはなんの救いにもならなかった。


頼れるものは自分だけ。
どれだけ家族の談笑に包まれ様が、絶対的な孤独感からは逃れられなかった。
そんな時出会ったのが、あの人だった。


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9.8.2006

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