次の日学校に行くと、視線が突き刺さる。祐君と一緒にいて人に見られるのは普通のことだから気にしたこともないんだけれど
今日はいつもとちょっと違うような。
祐君に送られて自分の教室へ行くとすでに美紀が待っていた。しかも呆れ顔で。
「らぶらぶおーら」
その一言だけを言い放って、パタッと自分の机に突っ伏してしまった。
ええ?その一言だけ?いつもと同じ様に学校に来ただけなのに。
美紀ちゃんがいなくなると、すかさず何かを言ってきた人たちも何も言わなくなったし。
謎だわ。
そんな私の疑問をよそに授業は淡々と進んでいく。テストも終わって夏休みだから浮き足立っているけれど。
はぁ、呼び出しの紙を見てため息をつく。この間の補習はさぼちゃった形になるし、いくら先生が悪いとはいえね。
だから夏休みに少しだけ補習がある。少しだけってところに鉄面皮の先生のなけなしの温情が含まれている気がする。
補講の第一日目。しかも生徒は私一人。教室に言って呟いてしまった「陰謀だ」って。
「和奈仲良くやろうな」
「やです。それにもうすぐ祐君くるし」
そっぽを向いて答える。
部活に出ている彼は、もうすぐ朝練を切り上げてやってくるはずだ。
「鍵閉めようか」
ああもう、見たこともないような裏のある笑顔で怖いこと言わないで。
鍵を閉めるのを諦めたのか、私が座った席の前に着席する。一対一で数学、相手はセクハラ教師、気が重いことこの上なし。
それでも諦めて補習を受けていると、廊下から視線を感じる。熱心にこちらを窺う視線はまっすぐとなぜだか私に注がれ、
あたった部分が焦げてしまいそう。
たまらなくなって振り向くと、そこにはこの間あった妙齢の女性が立っていた。
そう、目の前の数学教師を名前で呼ぶことの出来る女性。
「雄一郎さん」
再び彼の名前を呼びながら教室に入ってきた。
「授業中だ。帰れ」
氷のような冷たい声で言い捨てる。無表情を通り越して心なしか顔色が青白い。
「雄一郎さん」
少しボルテージの上がった声で縋るように訴える。
「おまえに用はない。今もこれからも」
「婚約者でしょう!」
「解消した」
怒鳴りあいに鳴らないのが不思議なぐらい緊迫感に包まれた雰囲気。
すこし気圧されながらも彼女の顔を見る。その瞳には無表情に全てを切り捨てる先生が映っている。
居たたまれなくなり窓の外を見ようとしたら、急に頭に痛みが走った。
慌てて振り向くと私の髪の毛を掴みながら般若のような顔をしている女性。
「まだ髪伸ばしてたの、みっともない」
尚もグイグイ引っ張られる。予想をはるかに越えた行動に対応できない。
先生が彼女の腕を掴み、離せと詰め寄る。
「なにやってるんだ、離せ」
「いやよ、あなたまだこんな小娘に懸想しているの」
先生に向ける声だけは穏やかだけれども、視線は決して笑っていない。先ほどから私を憎悪の目で睨みっぱなしだ。
「この人をたぶらかすために伸ばしてるんでしょう」
先生の手に力がこもる。
「いいかげんにしろ。和奈はあいつじゃない!」
彼女の手を捻り上げ、掴んでいる髪を離させる。苦痛で歪む彼女の顔。
椅子に座ったまま呆然としている私の前に立ち、彼女から見えないようにして守る。
掴まれた腕を擦りながら、嫣然と微笑む彼女は悔しさを隠そうともしない。
「やっぱり。まだその子に想いが残っているのね、だから戻ってこないのね!」
「違う。この子は真弓じゃない。いいかげんに良く見ろ!」
マユミ。初めて聞いたその名に彼女は敏感に反応する。
「戻ってきて」
今度は涙目になって訴えかける。
「戻らない」
先ほどから繰り返される拒絶。そのたびに彼女の顔からはどんどん生気が失われていく。
「どうしてあの子ばっかり!!!」
最後の声は絶叫だった。魂の叫びのような悲痛な声。
彼女がその場に倒れたのと同時に祐君が入ってきた。
一瞬にしてその場の緊迫した空気を感じ取り、私の元へ駆け寄ってくれる。そうして私をかばうように腕の中に収める。
「どういうことですか?先生」
「個人的なことだ」
祐君の前でも取り繕う余裕がないのか、感情の色が出た声で答える。
「酒口、補習はもういい。出席にしといてやるから、当分俺に近づくな」
「ええ?先生。でも」
「いいから。絶対近づくな。数学ならそこにいる幼馴染に教えてもらえ」
そういい捨てて倒れた女性を運んでいった。後に残るのは呆然とした私と仏頂面の祐君だけ。
「何があったの?」
「……わかんない」
「そう。でも先生のお墨付きがでたからね、もう来なくていい。明日からは学校にも近づかない方がいい」
真剣な顔で私に言い聞かせる。
私も祐君や先生の言う通りにただ近づかなければいい、そう考えていた。