訪問者-1

  あれ以来表面上は普通の生活を送っている。
と言っても私から祐君に触れる機会は極端に少なくなっている。彼のほうは相変わらずだけど。
祐君への強い依存心を自覚してしまった私は、これ以上彼に近づけないでいる。むしろ以前の私がおかしかったのかもしれない。 恋人でもなんでもないのにあの距離感はまずいだろう。
 私の変化に気がつきながらも以前と変らない態度で接してくれる祐君。それが嬉しくもあり辛くもある。 彼にとっては習慣と同じなんだろうから文句も言えないし。意味なんかなくっても触れてもらえることは素直に嬉しい。

 あいかわらずの日曜日、私のうちのリビングで寛ぐ、祐君と一緒に。
せっかくのお休みなのにどこにも行かないのだろうか?彼女とかと…。
言ってて落ち込んできた。
ソファーの上のクッションに突っ伏して寝た振りをする。隣に座る祐君はいつも通り私の髪を掬いながら本を読む。

 突然携帯が鳴った。珍しい、めったにかかってこないのに。誰からだろう。
寝たふりをしながらも鼓動が早まる。
友だちから?彼女から?

「…うん…。は?なんで?」

きつい口調で答えている。あまり愛想を振り撒くタイプじゃないけれど、ここまで愛想がない態度なのは珍しい。

「わかった」

そう言って携帯を切った。

「ちょっと家の前まで行って来る」
「へ?前?」
「うん、なんかマネージャーが忘れ物を届けに来たらしい。学校で渡してくれっていったけど、もう家の前まできているからって」

 マネージャー。その単語を聞いたときに息が止まるかと思った。
誰かが言っていた祐君の彼女?
いやだ、行かないで。
そう思ったけれども口に出して出た言葉は正反対のことで、

「よかったら家に上がってもらったら?せっかく来てくれたのに申し訳ないし」
「うーーーーーん、和奈がそう言うならそうするけど」

 渋々といった顔でリビングを出て行く。
墓穴掘ってる。何もわざわざ確認を取らなくてもいいのに。
でも、どうしても彼女を見てみたいという衝動が押さえられなかったんだもん。
自分を叱咤激励しながらお茶の準備をする。

祐君が連れてきた彼女は、この間廊下で見た彼女で、やっぱり。と思いつつ指先が冷たくなっていくのを感じる。

「あ、ここ酒口さんのお家なの?」

彼女が疑問を差し挟む。

「だったら何?」

 祐君冷たいって。私に対してはいつでも優しいけど、ひょっとしたら“素”の彼はこんな感じなのかもしれない。
とりあえずお茶を置いて椅子を勧める。

「私は自分の部屋に行ってるから。ごゆっくり」

せいいっぱい微笑んで見せて自室へ引きこもる。



 二人で何話してるんだろ?気になるならその場にいればいいのに。そんな勇気もないくせに部屋でうずくまっている。
しばらくするとノックもせずに祐君が入ってきた。

「何してんの?」

怒気をはらんだ声。

「別に」

膝を抱え込んで俯く。とてもじゃないけど顔を上げられない。

「彼女は?」
「帰ったよ。もともと家に上がってもらうような用事じゃないし」
「どっか行けばいいのに」

心とは裏腹なことばかり。でも精一杯強がっていないと自分が保っていられない。

「は?何言ってんの」
「だって、彼女でしょ、さっきの人」

自分で自分の首をしめる質問だ。でも早いうちに聞いておかないと、気持ちに決着がつかないから。

「本気で言っているの?和奈」

 地の底から聞こえてくるような冷たい声。怒ってる?でもどうして?
わけがわからずに混乱している私を抱き寄せて強くその腕に抱く。広くて懐かしい胸に顔を沈めて思わず涙ぐむ。
わからないよ、どうしてこんなことするの?

「何度言ったらわかってくれるの?僕は和奈が好きだよ」

何度も繰り返される甘い囁き。だけどそれは私の求めるものじゃなくて。

「や、だけど。私はただの幼馴染でしょ」

 そう言ったが刹那、私はあっけなくベッドに運ばれていた。
見上げるとそこには祐君がいる。今までみたこともないぐらい真剣な目でこちらを見据えている。

「僕は一度もそんなこと、思ったことないから」

言いながら抱きしめた腕に力をこめる。

「和奈しかいらない」
「それは家族愛みたいなもので」

親しい人間、家族が離れると一抹の寂しさを覚えるもの、だからきっと今の祐君の感情もそんなものに違いない。

「どうしてそう決め付ける」

 私を抱え込んだまま放してくれない腕も胸も全てが息苦しくて、触れている部分から熱が伝わってくる。
ものすごく苦しいのに、もっと近づきたくなる衝動を感じる。

「愛してる、和奈。女性として」
「でも」

 唇で口を塞がれる。激しい口付け、息も出来ないぐらい。
何度も何度も繰り返されて、思考回路が麻痺してくる。

「こんなこと家族にはしない」

 やっといつもの笑顔に戻った祐君が穏やかに諭してくる。
離れてしまった感触に寂しさを覚える。

「私わがままだし」
「そんなことない」
「嫉妬深いし」
「嬉しいよ、嫉妬してくれて」
「それに、すっごくすっごく依存心が強いし」

 そう、とてもこの人に依存している。この間のことで自覚した。
ほんとの私はわがままで嫉妬深くて、ものすごく醜い部分を持っている。そんな自分を見せたくなくて、 “ただの幼馴染”という便利な言葉に逃げこんでしまった。

「和奈になら依存されたい」

 いや、そんなこと真顔で言わないで。
はたっと気がつくと今の状況はとてつもなくあやしい。
ベッドの上で二人きり、って。いくら私が鈍くてもちょっと気になる状況。

「気にしないで、こんなこといつものことだろ」

そう言われて納得しそうになる今までの自分を恨めしく思う。

「このまま次に進んでもいいけど?」

なんてさらって言ってのける。
慌てて押しのけようとするけれど、まだまだ離してくれそうにもない。

「やだ、最近和奈に触れてないから、しっかり堪能する」

 断言されてるし。
ここぞとばかりに私をホールドして離さない。
こんな人だったっけ?祐君って。

「で、和奈は僕のこと好きなんだよね」
「え?よくわかんない」

ガバって勢いよく起き上がって、ベッドの上に座る。で、私もそれにつられて起き上がり彼の前に座り込む。

「えーっと、和奈。僕が他の女の子と親しくするのは平気?」
「やだ」
「じゃあ、こうやって触れたりされるのは嫌?」
「平気、というか好き」

彼の癖である私の髪に触れながら質問をする。

「僕が他の子にこんなことをするのは?」

言われて考え込む。例えばさっきのマネージャーと…。
映像が頭に浮かんだ途端頭に血が上る。

「やだ、祐君のバカ」

そばにあった枕を投げつける。想像しただけで腹が立つ。

「いや、やってないから、和奈」

いい子イイコしながら宥められる。そうですね、やってないです。ごめんなさい。

「だからね、僕のこと独占したくって、もっと近づきたいって思うなら、僕のこと好きなんだと思うよ」

 小学生にわからせるように言い聞かせる。
このドロドロの嫉妬心だの独占欲だのが恋愛感情から起因するものなの?

「何も感じてないのならそんな感情湧かない」
「うーん、そういわれれば鈴木先生にはそんな感情ないなぁ」

先生の名前がでただけで途端に不機嫌になる。
いやね、身近な例がなかったから、適当に上げただけなんだけど。

「他の誰にも触らせないで、言っとくけど僕独占欲強いから」

不敵に微笑みながら口付けをする。

「ねえ、和奈好きって言って」
「ええ?えーーっと」

 祐君、なんか今までとちょっと人が違うような。
あのさわやかで優しい青少年はどこいちゃったの?
そんな疑問が湧いてくるけれども祐君の笑顔をみたらどうでもよくなってしまった。

私たちは幼馴染という殻を少しだけ破ることができたのかもしれない。

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lastupdate:7.24.2004 /KanzakiMiko