カゴノトリ2

「体育祭どうする?」

いつもの帰り道、祐君と並んで帰る。話題は体育祭のことで、運動が苦手な私には憂鬱すぎる。

「サボル・・・わけにはいかない・・・よね」
「まあね、ただでさえ体育休みがちだし」

熱が出ただの、怪我をしただのでそう言われれば出席日数が怪しい。でも、炎天下に一日中晒される勇気はない。

「カサもって木陰で休んでる、どうせ競技には参加しないし」
「和奈のクラスって女子が多いから、たぶんでなくても大丈夫だろうね」

短距離を走らせれば鈍足で長距離を走らせれば完走が怪しい、というのは皆が知るところだし。

「祐君と美紀の応援だけする、うん」

そんな会話をしているうちにあっという間に家へとたどり着く。当たり前のように一緒に玄関をくぐっていく。





「そういえば和奈、お前競技に参加しないのか?」

一応担任教師である鈴木先生がまた図書館で話し掛けてくる。

「でませんよ、というか補欠だし」
「まあ、無理しない方がいいが…」

何かを言いたそうな素振りでこちらを一瞥する。

「どうせ私は運動神経も体力も備わっていませんよーだ」

軽く反発をしながら、テキストへと視線を落とす。目の前の男が出した山程の宿題を片付けなくては睡眠時間が削られてしまう。

「拗ねるな。どうせなら職員のテントで観戦していてもいいぞ、日陰だし」
「い・や・で・す。そんな目立つ真似して、また誰かに狙われたらどうしてくれるんですか」

夏休みの出来事にちょっとどころではない罪悪感を感じている先生は言葉に詰まる。

「ということで、邪魔しないでください。だいたい先生が出したんじゃないですか、この宿題!」

意地悪な微笑を残して担任教師が退場していく。彼の存在が私の予定に組み込まれている日常がなんだかちょっと悔しい気がする。





「暑い」
「暑いね」

残暑厳しい晴天の日、無事体育祭が開催されてしまった。コレを乗り切れば文化祭だから何もしないでいられるし、なにより宿題がない。 雲ひとつない空を見上げうんざりする。

「ちゃんと日陰にいなよ」
「うん、そうする」

心配性の美紀ちゃんが促す。今日の場合注意を受けなくてもそうしないと体が危なそうだ。
運動部に所属する彼女は今日は引っ張りだこで、部活対抗リレーだの、クラスのリレーだの参加できる最大の競技数にエントリーしているらしい。だからやっぱりたくさんエントリーしている祐君とあわせてチョコチョコ応援しなくちゃいけない。
さっさと応援席の後ろにある大きな木の根元に座り込む。日差しが遮断されて少しだけ風が気持ちよい。こちら側の静けさとはうってかわって、グラウンドの方からは賑やかな音が聞こえてくる。



「先輩?」

膝の上に顔を載せ静かにしていたら、頭上から声がかかる。聞き覚えのないその声に、ゆっくりとだけど顔をあげる。
見上げたその顔はやはり知らない人のもので、体操服の色が下級生である事を示している。
怪訝そうな顔をしていたのか、一歩下がって申し訳なさそうな顔を作る。

「すみません・・・。気分が悪いのかと思って」
「ううん。静かにしてただけ」

余り周囲から声をかけられる事のない私は、珍しい出来事に少々驚いている。遠巻きにしてこちらを窺う視線は常に感じるものの、直接話し掛けてくる人間は少ない。

「あの。このまえ階段から落ちたのって」

嫌な事を思い出してたちまち不機嫌になってしまう。階段から蹴落とされたことではなく、その後熱を出して学校を休んだために発生した宿題の山に対してだ。もちろん鈴木先生の陰謀なんだけど。そんな私の思いは当然わからなく彼はますます申し訳なさそうな顔をする。

「すみませんでした!」

突然大声で謝られて、周囲の視線が一気にこちらへと流れ込んでくる。

「あなたに謝られる覚えはないと思うけど」
「いえ、違うんです!蹴倒したの、俺なんです」

数拍間を置いて、やっとその言葉が脳へと到達した。
つまり、目の前の見た事もないこの少年があの事故の犯人であると。

「じゃあ、家へ来てくれたっていうのは・・・」
「はい、俺です。田中先輩に連れて行ってもらいました」
「あの時の」

そういえば熱が出ていたのではっきりとは覚えていないんだけど、せっかく謝罪に来てくれのに会う事もできなかったはず。しかもなんだか祐君が相手を教えてくれなかった。ちょっとした疑問が氷解する。

「じゃあ、逆にごめんなさいね。せっかく家に来てくれたのに顔も出せなくて」
「いえ、熱まで出させてしまって」
「気にしないで、熱なんて日常茶飯事だし」

やっと安心したのか笑顔が零れる。

「わざわざありがとう」

改めてお礼を言うと、真っ赤になって俯いてしまった。

「あの!!」
「ん?」

両手の拳をギュッと握り締めながら話す彼は緊張しているらしい。たかが1つ違うだけなんだからそんなにかしこまらなくてもいいのに。

「競技何に出るんすか?」
「競技?出ないけど?」
「へ?」

今度は思いっきり驚いた顔をする。表情がコロコロ変わっておもしろい。

「どうして出ないんですか?」
「どうしてって言われても・・・」

体が弱いとか体育が苦手とか色々言い訳はあるけれど、結局のところ私自身こういった行事に興味がないというのが一番だ。参加して盛り上がりたいのなら、綱引きでも借り物競争でも、あまり運動神経は関係ない競技もきちんと用意されている。口篭もったままの私に対して何を誤解したのか、彼が言葉を続ける。

「高柳先輩ですか?」
「はい?祐君がどうしたの?」
「高柳先輩が出るなっていったんすか?」
「別に、そういうわけではないけれど」

祐君は私に対して一方的に意見を押し付けることはしない。後でよく考えたらいいように誘導されていた、ということはあるけれど、基本的に私の意思を尊重してくれる。
だから、いきなりそんなことを言われ、そこそこだった機嫌が急降下していく。

「先輩息苦しくないんですか、そんなに束縛されてて」

私の言葉を聞いていないのか理解していないのか、勝手にストーリーを作り上げ、勝手に同情されてしまった。

「自由になろうとか、一人でいたいとか思わないんですか!」

祐君とはかなりの時間を一緒に過ごしているけれど、小さい頃から一緒にいるからそれが当たり前だし、同じ部屋で別々のことをして過ごしていても全く気にならない。だから、祐君がいるから自由じゃないとか息苦しいだとか一度も考えた事すらない。

「あなたに何がわかるの?」

やや興奮気味の彼に冷水を浴びせ掛けるように声をかける。

「いや・・・その・・・」
「私は私のしたいようにしているし、勝手な思い込みで彼をあげつらうような真似はやめて」

それだけを言い切ると、彼とは視線をはずし、ここからだと見えないグラウンドの中央へと顔を向ける。まだ歓声が沸きあがっている。 いつのまにか側にいた少年は姿を消し、再び一人きりになる。
彼がした質問は形は変えても幾度となく投げかけられた言葉達だ。きっと周囲には私は何も考えないお人形のように映っているのだろう。 それが悔しいとも思わない。
イラついた心を鎮め、とりあえず美紀ちゃんの応援をしようと立ち上がる。
でも、高校生になってもそうみられていたということに、少しだけ傷付いた自分がいる。

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KanzakiMiko/7.4.2005