21/小さな花が咲く時に

 付き合ってみると、高山亘という人物は、なかなか付き合いにくい男であることがわかる。
それがこの年で独身だった理由だ、と、大抵の女性ならば分析するにもかかわらず、葉月は学者ってこんなものか、といった認識しか抱いていない。
そもそも基本となる男性観からして、妙な兄弟を持ってしまった葉月は歪んでいる。男嫌いの根っこをしっかりと植え付けてくれたくせに、掌を返したかのように葉月に擦り寄ってくる人間性も気に入らないし、あのだらしが無い下半身をみれば、現在進行形で嫌いぬくのも仕方がない。さらに付け加えるのならば、正直なところ伯父にしても父親にしても、やはりどこか変わっている、といったことぐらいわからないほど葉月は世間ずれしていないわけではない。
それに比べれば、高山の偏屈具合などどうってことがない誤差範囲程度のものであり、十分許容範囲内の偏りだ。おまけに、どうでもいいことには全く拘らない葉月の性格も、それにぴったりあわせるかのようにいい加減に作られている。
 高山は、二人きりで話している最中に、突然不機嫌になる。
彼にしてみれば、ただ単に考え事をして無口になっているらしいのだが、一般的に二人きりで過ごしている時の態度としては誉められたものではないし、唐突にその状態に陥られてはどうしていいのかわからなくなるのは当たり前だ。ましてや、事後にもろくな説明がないとするならば、大抵の人間ならば、どうしたのかと尋ねたくなる状態ともいえる。だが、面倒くさがりの葉月は、高山が正気に戻るまで放置したままにしておくことができる。やたらと話し掛けたり、機嫌を取ろうといろいろちょっかいをかけたりするような手間のかかることはしない。高山にしても、ただたんに思いついたアイデアなどを色々頭の中で捻っているだけなのだから、そういうときには放っておいてくれたほうがありがたいし、話し掛けられると鬱陶しい、と感じてしまう。それが一般的ではない、ということはどこか脇に置いておくとして。
車の中の音楽について、まったくもって第三者に選択権を渡さない、むしろそんなことを思いついたこともない、というのも小さいけれども高山の頑固さと、気のまわらなさを示すいい例だ。テレビのチャンネル権、などという子どもじみた話をすれば、葉月が見ていようといまいと、勝手にチャンネルを替えてしまうのが高山で、それすら気にしないのが葉月、と言う人間だ。
 歴代の恋人たちが鬱憤をため、最後には大爆発をして彼のもとを去っていったのも、こういった小さな出来事の積み重ねが原因であり、困った事に、今現在も何も変わっていない。一人暮らしが長いせいなのか、生活スタイルが固まりすぎている、といった自覚症状はもちろんあるし、自分がわがままである、といったことはわかってはいるものの、一向に改善されないのは、そのままでいいと思っているからだ。
このまま年老いてますます偏屈親父になっていくだろう、と、思っていた矢先に葉月と出会い、幸いな事にこういう細細とした我侭な態度と、葉月のどこまでも無関心とも思えるほどの気にしない性格がとても相性がいいことに気が付いてしまった。 恐らく一生他人と生活をともにすることを前提とした結婚、といったものとは縁が無いだろう、と考えていた高山は、最近になってますます葉月と一緒に生活をする、といったことを具体的に想像できるようになってしまった。

「おいしかったぁ」

だが、その相手の葉月はといえば、高山がプロポーズまでしたことをうっかり失念し、あらためて告白しなおしたものの、どうもそれすら流されてしまった可能性が高い。
いくら、細かくてわがままな自分と合うのが、大雑把で大らかな人間だとしても、これでは賽の河原で小石を積む作業のような虚しさを感じないではない。

「どうしました?」
「いえ」

考え事をしていたのかと、注意深く覗き込みながら、葉月がとりあえず笑いかける。
慌てて笑みを返し、人通りの多い道を二人で並んで歩く。
他愛の無い会話を繰り返しながら、葉月の視界が見慣れた、だけれども違和感のある対象物を補足した。

「ん?」

そちらの方へとがっちり視線を合わせ、じっくりとピントを合わせる。捉えられた対象物は、声を出さないように注意しながら、あからさまに焦った顔をしている。それを見上げて小さい対象物その二が不審そうな顔をしている。

「八木君」
「こ、こんにちは。工藤さん」

呼ばれなれない苗字を呼ばれ、次に隣に並ぶ女性に視線をうつす。
軽く会釈をされ、それにあわせて葉月も慌てて会釈をする。

「あの、大学の事務の人。色々お世話になってて」
「はじめまして」
「いえ、こちらこそはじめまして」
「あ、隣の人は、工藤さんの恋人の高山先生」
「はい?」

葉月の疑問符を無視して、八木は彼女を隠すようにしながら二人から距離をとる。

「じゃあ、邪魔しちゃ悪いので」

何が悪いのかさっぱりわからないままに、あたふたと八木は隣の女性を連れ去りながら、あっという間に二人の前から消えて行った。

「新しい、彼女?てゆーか、恋人?」
「ええ、まあ、そこはまあそういうことで。例のあれじゃありませんでしたよね?」

後半を嫌そうに口にしながら、八木がいた場所を軽く睨みつける。
もちろん、例のあれ、とは、葉月に水をぶちまけた八木の同棲相手であり、当然のことながら高山はその女性にはいい感情を抱いてはいない。利用して葉月との距離を縮めたというのに、そのこととはやはり別感情だ。

「ふーーーーん、そっか、別れたのか、やっぱ」

最近さっぱりと彼女の愚痴を言わなくなったし、奇怪な弁当も持ってこなくなった、ということには葉月も気が付いていた。もっとも八木の方から不自然なほど避けまくる態度を示していたのだから、葉月ではなくとも何か探られると嫌な事があるのだろう、と、思ってはいた。それがこんなことだとは考えてもいなかったが。
だから、あまり深くは考えずにノイローゼが改善されたのだろう、と、葉月は考えていたのだ。いや、どちらかというとあまり考えてはいなかったが、まあ、うっすらその程度には認識していた、かもしれない。
正直なところ、あれからそう月日がたっていないにもかかわらず、あの八木があっさりと鞍替えをするような事をしでかすだなんて、想像もしていなかった。
だけど、葉月の心の中で、やっぱり、と思ってしまったことにも気が付いてしまった。
あれだけだらしの無い兄弟を見ていれば仕方がないが、どこかで男性はそういうもの、といった先入観が正しくインプットされなおしてしまったような気がしないでもない。
無意識にチラリ、と高山の方を見上げ、僅かに二人の間の距離を開ける。
この人も男の人だ。
違う、この人はただの友達。
どこかすわりが悪く、何かを押さえつけていたような感情を強化しようとしてしまう。
高山は違うかもしれないのに。
そんな小さな反論が霞めはするが、ただの友達に違うも違わないもない、といった大きな声に飲み込まれていく。

「葉月さん?」
「なんでもないです。明日からかわないといけないですね」

無理やり張り付けた笑顔に、高山が苦笑する。
本当に友達なだけだと思っていれば、こんな風にきりきりするような感情に支配されることもない、ということに気がつかないまま、あまり弾まない会話を無理やり続け、葉月は帰路につく。
ぼんやりとした葉月を気遣う家族の視線にすら気がつかず、ゆっくりとお風呂入りながら天井を見つめる。
来週からは夏休みが始まる。
初めて、葉月から誘ってどこかへ行こう、と、今日こそは声をかけようと思っていたのに。
どうしてそんなことを口に出せなかったのか、理由を知ろうともしないまま。



>>戻る>>次へ

10.30.2008

++目次++Text++Home++