少女と将軍/第8話

 マグヴァルンの女性に対する態度は素っ気無いを通り越し、冷淡なものであり、また、彼の家格と容姿を秤にかけても敢えて彼に近づこうとする女性は皆無である。もともと貴族といっても、中程度の家位であり、王家やそれらに組するような由緒正しい家柄と異なり、必死になってその存続を図らなくともよい、とマグヴァルン個人は考えている。幸いうるさいことを言う人間は叔母一人である。彼女さえとやかく言ってこなければ、平和に暮らしていられる。
そう考えていたところに、その叔母、を唯一御すことができる彼女の夫、つまりは義理の叔父がマグヴァルンの仕事場へと訪ねてきた。

「珍しいですね」

のんびりとした表情を浮かべる義理の叔父を見て、マグヴァルンがそう呟く。
余り普段から交流がない両者は、当然こうやって仕事場で見えることもない。その叔父が、わざわざ出向いてきたのだから、と、従者に茶の準備をさせたのち、下がらせた。

「相変わらずだね」
「変わりようがありませんが」

マグヴァルンとは異なる、剣を握ったこともないようなほっそりとした指で、優雅に茶器をとる。彼は、文官としては優秀であり、現政権の政策、運営を担う貴重な人材でもある。当然その職務は忙しく、このようなところでのんきに茶など啜っている場合ではないはずだ。

「この前は奥さんが失礼したね」
「いえ、まあ」

本当に迷惑だと思っているマグヴァルンは顔をしかめ、誤魔化すような口をきく。

「だけど、あれが心配することも一理あるんだよ」
「……」
「君は知らないだろうけど、相当噂にのぼってるみたいだよ、彼女のことは」

覚悟していたとはいえ、彼の口からティナの話が出たことで、余計に神経を尖らせる。
どういうわけか、ティナに関しては、部下の娘、という感情だけでは納まらない何かを抱いている、ということは自覚している。

「結局、平和になったってことなんだろうけどね」

終戦から七年。
生々しい記憶はもはや消え、順調に回復している国力のおかげで、彼らは平和な時を満喫している。生きるために必死であった時代と異なり、そういう噂話がのぼるということは、それだけ余裕ができてきたということなのかもしれない。まして、鬼人のような騎士、と呼ばれたマグヴァルンに関する噂は、面と向かって物も言えないものたちにとっては格好のねただろう。

「噂、とは?」
「まったく知らないっていうのもいっそ天晴れと言う感じもするんだけど」
「はぁ」
「怒らない?」
「怒るような内容なのですか?」
「まあ、噂なんてたいがいそんなものだ」
「で?」
「……ニラノ家の幼な妻、とか」
「はぁ?」
「囲いもの、だとか」
「はい?」
「処理人形、だとか」

最後の一言で、まさに堪忍袋の緒が切れたかマグヴァルンは、思わず立ち上がり、こぶしを握り締める。だがしかし、目の前の男が、ただ情報をもたらせただけだと言うことを思い出し、ぎりぎりする思いを抱きながら、執務室の椅子へと座りなおす。

「怒らないって言ったでしょ?別に私が思っていることじゃないわけだから」
「……」
「大体君が、女性関係がさっぱりないからいけないってのもあると思うんだよね」
「興味ない」
「ほらほらー、そういうところがさ、憶測を呼ぶわけだよ。だいたいその年で女性要らずっていうのもなぁ」

別にマグヴァルンは聖人君子ではない。
当たり前のようにそのような欲求は持ち合わせている。部下と一緒に色町へ繰り出すこともあり、まったくの女性要らず、という体ではない。
ただ、特定の相手と親しくしたい、という欲求がないだけだ。

「結婚してれば良かったんだよね」
「相手がいません」
「そうは言うけども、ティナちゃんに向ける顔の十分の一でも他の女性へ向けたら、縁談なんて山ほど降ってくると思うよ?」
「それは、買い被りすぎです」

一般的に女性にもてない、ということを自覚しているマグヴァルンは、ばつが悪そうに視線をはずす。

「いやいやいやー、そういう体がすきって言う人もいるし、禁欲的なのがいい!っていうのもいるし。まして君のところの家は、嫁ぐには丁度いいからね。姑もいないし。あ、大小姑はいるけど」

家柄は欲しいが、面倒は嫌いだ、という女性にとって、ニラノ家ほど適当な家はないだろう。嫁いだ瞬間にはその家の女主として振舞え、余計な事に口を出す係累がいない。夫のマグヴァルンは面倒な付き合いをしない性格であり、金のかかる趣味も、女もしない。刺激がない、と思う女性にとっては物足りないが、条件としてはなかなかに整ってはいる。マグヴァルンの面相に恐れない、いや、慣れることができれば、挑戦してみてもいいだろう、と思う女性がいる、かもしれない。

「まあ、どっちみちティナちゃんは嫁にやらなくっちゃいけないでしょ?」
「まだ子供です」
「あっという間に大人になるよ。現に私の娘は彼女の年の一年後には嫁いでいった」
「彼女は、十分大人びていましたが、ティナはまだまだ子供です」
「そう思ってるのは君だけで、もう言い寄る男の一人や二人いるんじゃない?」

その言葉に、先ほど聞いたティナに対する嘲笑よりも、はるかに強い慟哭を覚えた。
真っ白になるほど両こぶしを握り締め、マグヴァルンは黙りこくる。

「あれの話のもっていきかたは悪かったけど、そう悪い話ではないと思うんだよ」

先日、叔母が持参してきた釣書を机の上へと置く。
思わず手にとって、窓の外に放り投げたくなる衝動を抑え、それを睨みつける。

「一人は同じ学園の子だっていうから彼女の人柄を知ってのことだろうし、もう一人は学者筋の男で、これもまた学園側の人間からの推薦みたいだから、どちらも本当に良い話だと思うんだけど」

睨みつけたまま動かない義理の甥をみて、義理叔父がため息をつく。
なんとなく、こういう反応を示すのではないか、という予想通りの行動をマグヴァルンが示し、どこか安心してもいるのだ。
マグヴァルンがティナに関して持て余している感情の名前すらも。

「一生家に閉じ込めておくわけにはいかないだろ?」
「ティナは、学者になると」
「女性で働くものがいないわけでもないけど、結構厳しい道だけど?」

戦前のプロトアは、女性が働くことを良しとはしなかった。
もちろん、一般の国民、特に農民や職人などは、男女共に働かなくては日々の糧を得られない生活であり、もちろん実質の働き手として、その一部を負担していた。
だが、それはあくまで主人、夫や父親あってのそれであり、彼女たちの働きは内助の功的なものに無理やり押さえ込まれていた。
戦争が終わり、新王が即位し、徐々にではあるが、職業婦人の権利なども認められ始め、そういう専門職に就く女性が増えてはきた。
だが、戦争を忘れるには十分な時間ではあるものの、そういう意識を丸ごと変えてしまうにはまだまだ時間は足りず、特に貴族において、女性が職を持つ、ということは、忌避されるべきことである、という認識が強い。
ニラノ家は一応貴族である。
その養い子であるティナが、専門の職に就く、ということは酷く難しく、厳しい道である、ということは世間に疎いマグヴァルンにですらわかってはいる。
道がないわけではない。
ティナが、その家名を捨て、庶民として普通に働くのならば、その道は容易いだろう。幸い彼女は貧しい暮らしを苦にする人柄ではない。 だが、今度はそれを良しとしないマグヴァルンがいる。
嫁にもやりたくはない、家名を捨て、働くことも厭う。
確かに、これでは彼女が囲いものである、と噂する人間の言うことが、酷く的を射ている、といえよう。強面な表情に、様々な色を見せるマグヴァルンを満足そうに、義理叔父が眺める。勇敢な騎士として、頑固な甥としてマグヴァルンのことを見守ってきた彼は、ようやく人らしい反応を示す甥を好意的にみていた。

「他に方法がないわけじゃないけど」

考えあぐねて溶けてしまいそうなマグヴァルンに、軽快な叔父の声がかかる。それに飛びつき、噛みつかんばかりに身を寄せる。

「ティナちゃんをお嫁さんにすればいいんだよ」
「は?」

敬愛し、信頼する叔父からもたらされた答えは、あまりあっけなく、マグヴァルンが考えたことすらない内容であった。

「だから、ニラノ家の嫁にすればいいんだよ、養い子じゃなくって」
「いや、だから、それは」
「実質君たちは兄妹だから、一旦私の家へ養女として入ることになるだろうけどね」
「いえ、そんなことでは」
「問題でも?」
「問題というか」
「だって、嫁にもやらない、働きにもだせない、じゃあ、そうするしかないじゃないか」
「じゃないかと申されましても」
「不満?」
「そうではなくて、ティナはまだ子供でして」
「何も今すぐというわけじゃないよ。でも、あの年頃の子ってあっという間に大人になっちゃうんだよね。そうなってから、「私、この人のところへ嫁ぎます」って言われても知らないよ?」
「ですが」
「だいたい、ティナちゃんって結構もてるみたいだし。あの噂もふられた誰かがひろめたんじゃないの?どうせ。まあ、君関係の女性っていうことはないだろうから」

まったくもって個人的な女性との付き合いがないマグヴァルンは、幸いなことに懸想されるほどの容姿をもっていない、いや、どちらかというと避けられるご面相だ。彼の側からの嫉妬、という線はないだろう。だが、マグヴァルンはそんなことよりも、ティナが、あの小さなティナが、そういう対象として周囲に見られている、といったことに衝撃を受けている。
確かに、彼女の年ならば嫁に行ってもおかしくはない。
だが、マグヴァルンにとってティナは、いつまでたってのあの小さな子供のティナなのだ。

「考えておいてね」

そう最後まで軽やかに言い捨て、石のように固まったままのマグヴァルンを置き去りにして、叔父は帰っていった。
客人を送り出し、ようやく執務室へと戻ってきた従者は、微妙な顔で石像となった主を見て、口の中で悲鳴を押し殺した。
おそるおそる所定の位置へと着席し、わざとらしく咳払いをして仕事にとりかかる。
その音にようやく、ゆるゆると動き出したマグヴァルンは、それでもいつもの彼ではありえないほどの失敗を繰り返し、最後には従者に、「家へ帰ってお休みください」とまで言わしめてしまった。

6.30.2010
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