少女と将軍/第9話

 ティナが原因不明の発熱で倒れ、寝台から起き上がれなくなったのは、叔父から入れ知恵をされて、ほどなくしてからだった。
最初は、根を詰めすぎたせいだろう、と、軽食と飲み物を寝台横に用意し、体を休めるようにしていたティナだったが、熱は一向にさがらず、また比例して体のほうも疲弊していった。
すぐさま医者が呼ばれ、様々に触診を行うも、原因は不明。
次々と呼ばれる医者、さらには常ならば絶対に信用しない祈祷しなる立場のものまでニラノ家に出入りし、日ごろひっそりとした屋敷が俄かに騒然とし始めた。



「まだわからないのか」

額に血管を浮かせ、鬼人が腕組みをして立っている姿は、非常に恐ろしいものだ。
荒事をしそうな人間とは縁遠い訪問者は、その姿だけで恐れ、遠くから彼へと声をかける。

「もうしわけございません。もうこうなれば魔術的な何か、ではないのかと」
「魔術?」

プロトアはあまり魔術に盛んな国ではない。
もちろんその技術を要するものが王宮直属に仕えているのは知ってはいるものの、マグヴァルン自身も、彼らを信用してはいなかったし、現在もしていない。
それは、この土地に、戦争に役立つほどの魔力をもつものも、技術をもつものも非常に少なかったからだ。まして、鍛錬されていない脆弱な魔術師など、戦争においてはまったく通用しない。
隣国のローレンシウムや、フェルミであれば、戦果にかかわるほどの能力者がいるが、ここプロトアではお目にかかったことがない。わずかに力があるものは、それを利用し魔道具を作る職業についており、そのものたちはどちらかといえは職人に近い。
だから、ここにきて原因不明の発熱を、魔術によるものだ、と言い募る医者を胡乱げに見下ろす。

「フェルミに頼めば、このようなものを見立ててくれる医者もおりましょう」

フェルミ、は、三カ国の中でもっとも魔術に傾倒した国だ。王は代々その能力が高いものが立ち、現在の王も、非常に優れた魔術師であると聞いている。そのせいなのか、もともとの土地柄がそうなのか、かの国は優秀な魔術師が多く、また、魔力を有する魔石、が多く産出されることでも有名である。

「わからぬのか」
「私どもではもはや」
「手紙を書く」

震えながらそう述べる医者を一瞥し、彼は執事へと向き直る。

「叔父どのの伝を頼るしかない」

騎士しかしていなかった彼と違って、政務に携わる義理の叔父は、様々な外交筋をもっている。今、彼がすがるのは、そのわずかな可能性にかけてである。
フェルミとプロトアは戦争が終結したとはいえ、その関係は芳しくはない。
魔術を道具とみなす国と、どこか神聖視している国では、根本的な何かがあわないせいなのか、王族同士のわずかなやりとりと、魔石を主にした商業的流通が行われているのみだ。
これが、もう一つの隣国、ローレンシウムであれば、物理的、精神的交流も盛んであることから、ただの武官であるマグヴァルンですら、一人二人、かの国の関係者が浮かぶのだが。
早馬に乗せ、マグヴァルンの手紙は叔父へと届けられ、使者が返答を携えて数刻後にはニラノ家へと到着した。
もたらされた情報に、安堵したものの、結局今のところはティナの容態を見守るしかないことには変わりがない。
引き裂かれるような思いで、マグヴァルンは初めて神に祈った。



「魔力の溜まりすぎですね」
「魔力?」

どういう手段を使ったのか、三日後にはニラノ家へやってきたフェルミの民は、あっけなくそう言い放つ。
どちらかというと商人のような格好をしている貧弱そうな男は、自らをフェルミの宮廷魔術師である、と名乗った。
そのような大物が、どうして隣国の、たかが中級貴族の屋敷へやってきたのかを疑問に思うものの、それで原因がわかりさえすればいい、と、余計なことを詮索せず、迎え入れた。その男は、寝台に横たわったままのティナを一瞥し、まったく触りもせず、そう言い放つ。

「どうしましょう。思ったより魔力が多い」

ぶつぶつと寝台の横を歩き回る魔術師に、執事とマグヴァルンが胡乱な目を向ける。
もともと、プロトアでは魔術師への信頼度が低い。技師としての彼らならば、生活に便利な道具を作り出す有益な人間、という認識をもってはいるが、そうではない魔術師は一般的ではないゆえに、マグヴァルンと執事が取る態度は、大抵のプロトアの人間がとる態度と重なるだろう。
だが、そんなことは気にせず、魔術師は、なにやら石をとりだし、ティナの額へそれを寄せる。

「それは」
「魔力を吸着する石です。これほどとは予想していなかったので、あまり良い石をもってきませんでしたが、とりあえずの対処にはなると思います」
「いや、それに似たものを彼女が持っていたので」
「ああ、やっぱりそうですか。そうでなければ、このお子さんはとっくに死んでいるはずです」

物騒なことを言う魔術師を無意識で睨みつける。

「申し訳ありません、ですが、一般的なことを申しただけです」

丁寧な言葉とを裏腹に、大して気にも留めてない風に、男が語りだす。

「こういう体質のこどもは、フェルミでは良く生まれますが、彼女は特に器が大きいようですね」
「器が大きい?」
「将軍のように、背が高いとか、筋肉が立派であるとか、そういう個体差のように、溜められる魔力の大小も体質によって異なります。彼女ほど魔力が多く溜められる素材というのは、フェルミでもとても珍しい」

徐々にではあるものの、ティナの呼吸が穏やかになり、魔術師がかざした石を、目前へと引き寄せる。

「立派な魔石になりましたねぇ。あ、今回のお代はこれで十分ですので、気になさらないでください」

魔石は高価なものである、という知識はマグヴァルンすら持っている。
だが、その価格は当然魔石の効果や能力によって様々であり、魔術師が手にしている石程度の大きさで、隣国の王家直属の魔術師がやってきて、直々に治療を施す代償になりうるほどの等級の石がどれほどの品質なのかを考え、マグヴァルンはティナと魔術師を交互に見つめる。

「ご説明しましょうか?」
「できれば」
「面倒な仕事を押し付けられたと思いましたが、思った以上に割が良かったですからね。無料でお教えします」

どこまでも丁寧だが軽い印象を与える彼を半眼で見つめながら、マグヴァルンは執事に茶の用意を申し付けた。

7.2.2010
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