御伽噺の乙女/第17話

「別に、国のことなど考えなくとも」
「国王になる方とは思えないお言葉ですね」

またたく間に広がった噂は、プロトアに取り入りたい人々のダームスタ家への訪問、という弊害をもたらした。家令がそれを裁き、それでも面倒となったキセはクロロ王女の別宅へ招かれたことを幸いに、そちらへしばらくの間、居を移すこととした。別宅といっても、彼女の実母、側室が与えられた離宮であり、王宮とは目と鼻の先だ。現在では、実母は出身地にある荘園邸宅へ移り住んでおり、離宮の主は正しくクロロ王女となっている。
以前よりも熱心に学問に取り組んでいるクロロは、別宅へも教師を呼び、今一度王女としての知識と、女王として必要な知識を学びはじめている。
それにキセは付き合い、また、同じ年ながらもクロロの師として教え、学んでいる。
そんな彼女たちが現在最も楽しみにしている茶会。
二人きり、もしくは気まぐれにアルゴ王に随行してきた少年たちを呼び行われるそれに、アスター王子が乱入してきた。
あまり歓迎されていない王子は、キセの入れた茶に口をつけ、一息ついた後、暴言を吐く。
私情からくる言葉は、キセに冷たくあしらわれる。

「お兄様が早くキセをお嫁さんにしないからこんなことになるんです!全く、情けないったら」

目障りな王子妃が消え、後は自分と仲の良いキセがずっと王宮にいられるように、と、考えていたクロロは、突然割って入ってきたアルゴ王が、親友をさらっていくことを快く思ってはいない。それと同じぐらい、今まで優柔不断な態度をとっていたアスターを情けなく思ってもいる。
妹にまであしらわれ、アスター王子はますます居場所がなくなる思いだ。

「あちらも、すぐに、というわけではありませんので。とりあえずあちらの建国祭に招いていただく、という形で伺うことにはなりましたが」

公の場で、堂々とキセを貰い受ける、と言い放ったアルゴ王ではあるが、立場上そう簡単にはいかない。
アルゴ王がローレンシウムの貴族を妻に迎え入れる、ということに問題があるわけではないが、そこにはやはり手続き、や手順といったものが存在する。
まして、ダームスタ家程の家柄においては、そちらはそちら側で諸般の手続きが必要となり、こちらもまた、もらいたいから明日にでも、というわけにはいかない。
まず、ローレンシウムの議会へ上げられ、議決をとり、さらにそれは上位の機関へ渡され、議決される。
おそらく、全て順調にいったところで、二月程度はかかるだろう。
それをさらに、プロトア側で行わなくてはいけないのだ。
あちらは、妃をもたない、と主張していた彼が、将来の国政の混乱を避けるため、遠縁から跡継ぎをとりたてている。
そこへ、若いキセが現れるのは、混乱の種として、歓迎しない派閥もある。もちろん、それは跡継ぎを出した一族でもあるし、純粋に混乱を招きたくない、と、愛国心からくる人々でもあるだろう。
どちらにせよ、キセの存在は静かな水面にはなった小石だ。
それが表面上おさまるには時間がかかるだろう。
そこで、アルゴ王は、プロトアがローレンシウムの戴冠式に参列する代わりに、プロトアの建国祭に使節団を送り、お互いの親睦を深めることを提案してきた。
その随行員の筆頭に、キセがあげられており、それはまさしく彼女が嫁ぐための下地作りといっていいだろう。
アスターは、表立ってそれに異を唱える立場ではなく、だからといって諸手を挙げて賛成だ、という気持ちにはなっていない。その気持ちが、どういうものなのかを、久しぶりに思い出した彼は、恥を偲んで女同士の茶会、などという最も近寄りたくない催しに入り込んだのだ。

「お兄様はキセのことをどう思ってるの?」

クロロの単純で、難しい質問に、王子が黙る。
アルゴ王ならば、世辞の一つや二つ混ぜながら、堂々と愛の告白でもしてのけるのだが、生憎とアスターはそういう豪胆さを持ち合わせてはいない。

「このような子供、殿下のお目にとまるはずもありません」
「でも、あっちも同じぐらいの年でしょう?」
「条件が合ったのかと」
「それならジェーンでもいいんじゃない?」

ダームスタ家の娘は、キセだけではない。年齢を考えれば姉の方が、まだ似合いであり、接触した時間を考えても、キセとジェーンを分けて考えるほどの差異はない。

「変わった趣味だ、と、申し上げるしか」
「うーーん、でもキセって、随分大人っぽいし。もちろん綺麗だしね!」

自慢の友達を、照れることなく褒め称える王女は、根っこのところでは心根が素直な少女、なのだろう。その妹をみて、アスター王子は、ただためいきをつく。

「とりあえず、お兄様二人きりで話してみる?ちょっと温室でも行ってくるし。あの話ってまだ決定というわけではないのでしょう?」

やはり、友達を失いたくないクロロは、どれほど情けなくとも兄の味方をしたいのだろう。
一方的に言い置いて、外で控えていた侍女と警備のものをひきつれ、側室自慢の温室へと去っていった。

「殿下は、この話は反対なのでしょうか?」

とりあえず無難な質問を口にし、キセは茶器をとる。ぬるくなってしまったが、芳しい香りは健在で、その香りをかぎ、心を落ち着かせる。

「王子としては賛成、個人としては反対」

王子は、正直といえば馬鹿正直な答えを吐き出す。
戦後の両国の仲立ちとして、公爵令嬢が隣国の王へ嫁ぐことは益となるが、キセがアルゴの妻になることは個人的には不愉快である、と。

「でも、あなたはそんなことを言える立場ではないでしょう?」

キセの目が妖しい色を称える。
どこかで見たことのあるそれに、王子は引き込まれ、今自分の目の前に座っているのがダームスタ家の娘である、ということに自信がもてなくなる。
それほど、彼女の今の雰囲気はキセの持つそれではなく、以前に良く知る誰か、のものとなったからだ。

「あなたは?」
「よく、知っているでしょ?」
「いや、でも」
「私は、あなたの国のために利用され、捨てられた」
「キセ?」
「アルゴはすぐにわかってくれたけど、あなたはちっともわかってくれないのね。それとも少しは罪悪感を感じているから?」

キセは立ち上がり、アスターが腰に帯びているものを指差す。

「あなたは、それで、私を刺した」

少女らしく小首をかしげ、だが視線だけは挑むようにしてアスターを見据える。

「あなた、は」

掠れた声が喉から絞り出される。
アスターは、ようやく、キセが誰なのかを理解した。
いや、以前からずっと感じてはいた。
だが、そんなはずはない、と、何度も何度も言い聞かせ、彼はその考えにふたをしていた。

「女神の娘、といえばわかる?」

本人からはっきりともたらされた答えは、アスターを突き落とす。
彼は、その剣で、彼女を。
アスターの思考が細切れとなり、あの時の映像がちらちらと入り込む。
手に残る感触。
流れ落ちる血液の温かさ。

「母の元に帰った、だなんて御伽噺。よくでっちあげたものね」

アスターは、思い出す。
彼女を刺して、葬った自分を。
女神の娘を殺してしまった事実を。

「私は、あなたを恨めばいいの?それとも憎めばいいの?」

キセの笑みが、彼を追い詰める。
キセの中で膨れ上がった魔力が、徐々に部屋へ渦巻いていく。
日ごろそれを感じることができない人間ですら、そこに何かがある、と感じさせるほどの魔力が満ちる。

「殺せばいいのかしら?」

アスターは絶望に目を閉じる。
だが、彼の身には何も起こらず、恐る恐る開いた両目は、何も捕らえることができなかった。
空気が元に戻った部屋には、キセはおらず、ただ彼の持つ紋章入りの指輪がまるで砂のように砕けちっていた。


12.25.2010
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