御伽噺の乙女/第16話

「子供の私ではなく、妙齢の婦人を連れた方が良いのではありませんか?」

贈られたドレスを身につけ、キセが自分の右手をとったアルゴ王に話しかける。

「わずらわしいのは嫌いでな」
「妃をとらないからですよ。いいかげん観念したらどうです?」
「そうだな、そろそろ観念しようと思っていたところだ」

含み笑いをしたアルゴを、身長差のあるキセが見上げる。

「余計なことは言わないでくださいね」
「余計なことは言わないさ、余計なことは」

外からはむつまじく語り合う二人、としかみえないキセとアルゴ王は、ようやく自分たちの番となり、夜会会場へと入場した。
隣国の王、とはじめて夜会へ参加する有名な美少女、は、やはり人々の注目を浴びた。
戴冠式に参加するためこちらへ訪れたアルゴ王は、複雑な思いをもって迎えられている。
それはやはり、戦争の原因が、プロトアの前王、アルゴの実父にあると知られているからだ。
フェルミをも巻き込んだあの戦争は、結局どの国も得るものはなく、国土と民の疲弊を招いただけであった。どれほど時が過ぎようとも、ローレンシウムがのんびりとした風土であろうとも、それを忘れることはできないだろう。
だが、彼が注目されているのはそればかりではない。
アスター王子と似たような年ではあるが、王を廃し、自らが王となった彼には、自然と身に付いた威厳というものがある。容姿そのものはアスターの方が上ではあるが、彼はその気安さと、王子という立場なのか、どこか頼りない印象を与える。それが親しみやすい、とも言えるのではあるが、堂々とした為政者を前にすると、影は薄くなる。
おまけに、社交界の華と名高い母に似た、ダームスタ家次女のキセが隣にはべっているのだ。
色々な思惑以上の好奇心をもって、彼に視線が集まるのは仕方がないことだろう。
一方、巻き込まれた形のキセは、張り付いた笑顔で次々と挨拶にやってくる客人をあしらうのに必死だ。
恐らく、そのどれもが彼女の立場を利用しようとする人間たちなのだろう。
数年すれば適齢期とも言えるキセの相手となろうと、皆が皆必死なのだ。
しばらくすると、別の意味で有名な兄、と、珍しく女の格好をした姉、もやってきて、四人が固まるようにして話をし、やや遠巻きに客が彼らを眺める、といった図が出来上がる。

「兄上殿か?試合では残念だったな」
「ありがとうございます。ですが、今のところはあれが私の精一杯です」

緊張な面持ちでアルゴ王の問いに答える。

「あの、陛下はどうして妹を?」

だが、やはり家長として、兄としてキセの身を案じる彼は、気になって仕方がない質問を口にする。
他国の、公爵家の令嬢を一国の王が連れ歩く。
それは様々な噂を呼び、すでにあちこちで口さがない連中が花を咲かせていることだろう。
悪いことに、アルゴ王は、妃を持たず、また持たない主義だと有名だ。すでに跡継ぎには縁戚の優秀な人間が取り立てられ、帝王学を施されている。
そのアルゴが、女が隣にいることを許していること事態が稀で、それはそのことがそれほど伝わっていないローレンシウムでは、この程度の噂でとどまっているが、自国では驚きの余り恐らく、人々が固まったまま動けなくなるだろう。現に、彼を守るべく貴族であり武官である将軍は、どうしていいのかわからない様を、わかりやすく周囲に伝えている。

「美しいから、では満足せぬか?」

冗談めいた王の答えに、まじめな長兄が言いよどむ。
そのような戯れに妹を巻き込まれたくはない、とさすがにこれほどの貴人に直接伝えることはできないのだろう。

「悪い、冗談が過ぎた。キセ嬢の保護者はあなただと聞いたが?」
「はい、わけあって、今は私が家長です」

恐らく、ダームスタ家の醜聞すら彼の耳に入っているのだろう。ただの気まぐれにしては踏み込みすぎるアルゴに不審の目を向ける。

「ちょうど良い。いずれ話そうと思っていたが、できるだけ早い方が良いだろう」
「はい」
「キセを我が国へ貰い受けたい」
「はい?」

その言葉を聞いた公爵家の双子は、驚愕の声をあげないよう必死に押しとどめ、あわててキセのほうを見る。
だが、当の本人はそうなることがわかっていたかのように、落ち着き払った顔をしている。

「余計なこと、ではないと詭弁を?」
「後悔は一度だけでよい」
「私は……、私でしかありませんが?」
「あたりまえだ。きっかけに過ぎぬ。興味をひかれ、側におきたいと思ったのは公爵令嬢キセ=ダームスタだ」
「あれほどの時間で何がわかりましょうか?」
「時間など無関係だと、よくわかっているだろう?」

豪快な笑顔をみせ、アルゴがキセへ話しかける。その姿は、年の差を考えなければ仲の良い恋人同士のそれであり、固まったままの兄姉を除き、会話の内容まではわからない周囲の人々は当てられた気分で視線を送っている。

「アルゴ王」

様々な誘いと、挨拶を受け、人攻めにあったかのようなアスター王子が、ようやくキセたちのところへとたどり着いた。
隣には剣術大会と同じく、クロロ王女が付き添っている。

「ああ、アスター殿下」

腹を見せない顔で、アルゴがアスターへ話しかける。
キセは、子供とは思えない表情で二人の姿を見上げている。何かを懐かしむように、そして悲しむように。

「キセを、ダームスタの次女殿を我が妃に迎えたい」

わざと張り上げた声は、聞き耳を立てていた招待客へ十分と響き渡る。
一瞬の沈黙の後、どよめきが聞こえる。都合の良いもの悪いもの、ただの好奇心、それらをあわせた多様な内容の話し声が中心にいるキセへも流れ込む。

「キセ嬢は、クロロの貴重な話し相手。簡単にどうぞ、というわけには」
「だが、和平への近道は婚姻から。キセの家柄はそれに十分見合うと考えるが?」

あからさまに表情を歪め、またそこからキセとの噂が立てられてしまいそうなアスター王子は、どうにか声音だけは平静を保ちながら、隣国の王へ相対する。一方、元凶であるアルゴは、涼しい顔をして、国政に絡め、キセを娶る正当性を主張する。

「そちらは、王女がこちらへ参られるわけにはいかないのだろう?」

痛いところを突かれた、と、アスターは苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
クロロは表立って発表しているわけではないが、アスターの跡継ぎとして扱われている。
戦争からこちら、たとえどれほど緊張感を伴う関係であろうとも、改善するためプロトアへ嫁ぐわけにはいかない。プロトアもそれは承知で、アルゴ王は、クロロ王女の年にあう、どちらかというと毒にも薬にもならないが見目だけは良い少年を伴ってローレンシウムへやってきている。
すでに王女は、麗しい少年たちに夢中であり、婚姻が成り立つ可能性は高いだろう。
その代わりとして、プロトア側が、ローレンシウムの女性を娶ることは、妥当な要求だろう。
まして、キセは王家に連なる家系の息女なのだから。

「アルゴ王、でしたらこちらを」

真っ先に反対しそうなクロロ王女が、懐から何かを取り出す。

「王女、それは」
「私にとってはキセは大事な友達ですからね、そう簡単に渡すわけにはいかないの」

クロロは、上等な布に包まれた石を、アルゴ王に触れさせる。
キセは、それが何かを知っているため、大人しくその片端に触れる。
石は急激に熱を帯び、二人が手を話す直前、まばゆい光を放つ。

「やけど、はしていないのか」

己のことよりキセのことを心配したアルゴが、彼女の右手をとり、白い手に傷一つないことを確認する。

「キセ、今のは?」
「よほど相性がいい、ということでしょう、恐らく」

魔術師ポーリムは、注意事項として確かにそのようなことを言っていたことを思い出す。もっとも、そのような現象は稀であり、余り気に留める必要はない、との説明ではあったが。

「そんなもので何がわかる?どうせ誰がやっても同じような反応だろう」

アスター王子は、怒り気味にその石を取り上げ、先ほどと同じように乱暴にキセの手をとり触らせる。
だが、それはアスター王子の予想をはずれ、痛みを伴うほどの熱さと、暗黒の光、という矛盾した現象を生み出した。
すぐさま、キセはアルゴ王にかばわれ、石は乾いた音をたて床へと転がっていく。

「どういうことだ?」
「相性が、悪いのでしょうね。それとも恨みかしら?」

驚きに固まったままの周囲は、キセの言葉など全く耳に入ってはいない。慌てて駆け寄ってきた警備のものたちは、渋る王女から石をとりあげ、瞬く間に会場から運び去っていった。

「一度離した手は、二度とはもどらないってことでしょうね」

キセの囁きに、アルゴ王は怪しく笑い、アスターは唇を噛んだ。
キセの輿入れの話は、あっという間に宮廷どころか国中へ広まり、戴冠式に次ぐ祝い事だと、国民はそれをだしに祭り気分を長く味わうことにした。


12.24.2010
++「Text」++「御伽噺の乙女目次」++「次へ」++「戻る」