シンデレラには憧れない
4話
 ふと、卓上のカレンダーに目を落とす。今日が何日だったのかを思い出そうと視線を流していくと、今日は私の誕生日だったのだと、気が付いた。
思いっきり忘れていた。
忘れようとしていたんじゃなくて、ここのところ忙しすぎて本当にころっと忘れてしまっていた。
もう何年も前から、誕生日なんて祝うものじゃなくて、ただ当たり前のように一つ年をとるだけの日となっている。だから、ああ、一年ってなんて早いんだろう、と思いこそすれ、それ以上でも以下でもない。ただ、今夜辺り誕生日を口実に母親からの電話がうっとうしそうだと、そんな事を思うぐらいで。
突然の間島くんの告白は聞かなかったことにした。
幸いの事に彼の方から態度を変えることもない。後は私の方がぎこちなくしなければ大丈夫なはず。新学期の忙しさにかまけて、どさくさまぎれに有耶無耶にしてしまおう。
それに、きっとあれは先輩として好意をもっているということであって、男女のそれではないはずだ。いや、そうであるはずがない。
私は彼よりも5つも6つも年上なのだから、そんなことを思うはずがない。実際に手を出されたら困るけれども、学生にも普通に女の子は存在しているし、あちらの方が見目にしても年齢にしても比べ物にならないぐらいかわいらしい。
いったい、私は何を自惚れているのだろう。
昔から勘違いをしては恥ずかしい思いをしているというのに、そそっかしいところがちっとも治らないなんて。
溜息をつきながら、自分の中でそう決着をつける。
大丈夫、何も変わらないのだから、とそう言い聞かせながら。





「やっぱり」

山程の着信略歴を目にしながら、わが親の単純行動に軽く頭を痛める。
留守電にもきっと伝言が残されているのだろう。いつものように聞きもしないで全部消去する。
やっと自分の部屋へたどり着いたのは午前0時を回ったころ。
学食でご飯は済ませてきたから、後は風呂に入って眠るだけ。
だけど、不器用な自分は仕事モードから頭を切り替えるのに色々と時間が掛かる。テレビを見たり新聞を読んだり、ゆっくりと時間を費やしながらテンションを沈めていく。そうしないと、頭の中が活性化されすぎていて、眠れないのだ。身体は疲れているというのに。

 お風呂上りにバスタオルを頭から被ったまま、洗面台の前に立つ。うっすらと曇った鏡には、それでもきちんと素顔の私が映し出されている。
どこからどうみても年相応な女が映っている。お世辞にもかわいいとも綺麗だとも言える顔ではない。長年つっぱってきたせいか、険がある顔をしている。とてもじゃないけど、癒しを感じられる顔でもありはしない。
わかってはいるけれど、こうやって事実を突きつけられると少しへこむ。
どれだけ、容姿だけが女の価値じゃないと言い張ったところで、どこかで華やかな女性というものに憧れている部分はあるわけで。その矛盾した気持ちが過剰な女性性への否定にもつながっているのだろうけれど。
そこまで考えて、コンタクトを外す。
視界がぼやけていく。
もう、何も見たくない。




「どうしてこんなことになったんだか・・・」

ぶつぶつ思いながらも、待ち合わせの5分前にはのこのこ現れているなんて、自分の融通の効かない性格が嫌になる。こんな場所で途方に暮れているぐらいなら、最初の段階で断ればよかったのだ。

「あ、やっぱり時間前にいた」
「悪かったわね、そういう性格で」
「別に悪い意味じゃないですよ」

にこやかに現れたのは出来るだけ避けて通ろうとしていた間島君その人で、どうやら私たちはこれから映画館に行くらしい。どうしてこうなったのか、よくわからない。

「ちょっと強引でしたからね、来てくれるかどうか心配だったんですよ」
「そう思うんならこれっきりにしてください」

私の嫌味な口調にも腹を立てる事なく、鷹揚に笑ってみせる。ここまで来て、不機嫌なままなのももったいない気がして、頭を切り替えることにする。

「まあ、いいや。映画でしょ?さっさと見に行きましょう」
「そういうところが清水さんらしいなぁ」

クスリと笑って、私の横に立つと、すっと私の右手を掴む。
何事も無かったかのように、彼はそのまま私の手を引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと!手!」
「ん?手がどうしました?」
「離して」
「いやです」

あっさりとそういい返されながらも、彼はすたすたと歩いて行く。彼の歩調にあわせるために、私は小走りでついていかなくてはならない。転ばないようにするのに必死で、上手く言い返すことができない。
「間島君、離して」
「いやです」

何度目かの繰り返し。彼はまるで動じる様子もなく、目的地の方へとひたすらに歩いていく。振り払おうにも意外にも彼の力は強いし、立ち止まって抵抗するのもみっともなくて躊躇してしまう。 

「ねえ、こんなおばさんと手を繋いでいたらおかしいでしょ??私5つ以上も年上だし」

ウィンドウに映りこんだ二人の姿を見れば、嫌でも自覚してしまう。
どう考えても二人は不似合いだ。恋人同士にも友達同士にも見えない。ヘタをすると学生にも見えてしまう彼と、36歳の私がこうやって歩いている姿は滑稽だ、やっぱり。

「それがどうかしましたか?」
「どうかしましたかって、おかしいって言ってるの」
「どこが?」
「年の差とか、ってそれに仲間同士で手を繋ぐのって変でしょ?」

そう、なぜだか根本的なところを忘れていたけれど、私と間島君は研究室のスタッフ同士という関係以外なにもない。だからこういうのはやはりおかしい。

「別に、僕は気にしていませんから」
「私は気にするの!」

唐突に歩みを止めて、彼はこちらを振り返る。繋いだ手はそのままで。

「そんなことを気にするような男だと思っていたんですか?僕のこと。それに、告白を否定されたわけじゃないから、こうやっていても変じゃないでしょ、別に」

まるで筋が通っていないお話でも、これほど堂々とされれば呆気にとられてしまう。
私が呆然とした隙に、彼はあのニヤリとした笑顔を浮かべ、また歩き始めてしまった。
これではまるで、肯定してしまったみたいではないか。

彼のペースに乗っけられたまま、映画館にくっついていった私は、後になって何の映画なのか思い出せないほど混乱していた。この年になってこんなに余裕がないのはなぜなのだろう、と隣で悠々と映画を観覧している彼を睨みつけることは忘れなかったけれど。



「ふーん、紅茶も好きなんですね」
「ん?普通に好きだけど」
「いえ、研究室ではコーヒーしか飲んでないみたいだから」
「ああ、面倒くさいだけよ、紅茶入れるのが」
「ひょっとしてティーパックいれて捨てる、の手間が・・・とか?」
「悪かったわね、インスタントならボトルから入れて、お湯を注ぐだけじゃない。砂糖もクリームも入れないし」
「合理的というか、究極ですね」

いつのまにか映画も終わり、お茶などを飲んでいる。なぜだろう、あのまま帰ろうと思ったのに。
だけど、他の人と外へ出て何かをすることが久しぶりすぎて、なんとなく楽しいのだ。ここは私の地元ではないし、地元にも友人は少ないから、こうやってただ映画を見たりお茶をしたりするような機会はあまりないのだ、悲しいことに。基本的に一人で行動することが好きだから、そうやってはいるけれど、たまにはこういう風に過ごすのも悪くは無い、なんて思い始めている。

「そういえば、年下嫌いなんですか?」
「は???」

思わず手にもったカップを落としそうになる。がらりと真面目な雰囲気に変化した彼を見て、慌ててカップをソーサーの上へと戻す。

「嫌いというか」
「嫌いというわけではないんですね」
「意味にもよるけど」
「恋愛対象としては?」
「・・・・・・」
「即否定しないということは、可能ということですか?」
「間島君にはもっといい人がいると思う」
「それは僕が決めることですから」
「何もこんなに年上を相手にしなくても」
「と言う事は、告白は認めてくれたということでいいですか?」

しまった、と思った時には手遅れで、彼は例の笑顔を浮かべていた。

「あまりにも態度が変わらないからどうしようかと思っていたんですよ。ちょっとぐらい動揺してくれてもいいのに」

嘘だ、あんなにうろたえていたのに、この人は何を言っているんだろう。心の声が思いっきり顔に出ていたのか、彼は溜息をつく。

「基本的にポーカーフェイスですよ、清水さんは。だからこそあんな風に意表をつくやり方をしてみたのに、一回目はかわされて二回目は無視されて。どうしようかと思いました」
「聞かなかったことに・・・」
「ダメです。こっちも真剣なんですから、真剣に答えてもらわないと」
「だったら」
「いきなり断らないで下さい。まだ僕のこと知らないでしょ?」
「でも」
「年の差なんて気にしないでください。まったく全然気にしていませんから」
「そっちはそうでも」

「それ以外に気にするところがどこにあるんですか?僕は気にしない。周りの事は放っておいたらいいんです」

私の会話の先を遮るようにしておまけに退路までたってくれる。彼の頭が回るのか、私の回転が鈍亀なのかわからないけれど。

「本気には本気で答えてください」

小さく「はぁ」と頷いて、なんとなくその場は押し切られてしまった。




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Miko Kanzaki/12.04.2006update


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