シンデレラには憧れない
3話
 気まずい。
思いっきり気まずい。
間島君はあれからも、以前のスタンスで私と接してくれている。それに引き換え私の方はというと、普通に振舞おうとしてやけにテンションが高くなって余計な事をしゃべりまくっては、後悔する、というのを繰り返している。
彼があの先何を言おうとしていたかはわからない。あの先に続く言葉もわからない。今まで味わった事のないような雰囲気に怯えて、瞬間的に忌避してしまったから。これではまるで自意識過剰で妙な自尊心がやたらと高かった思春期の頃のようだ。いや、あの頃は受験受験に追いまくられて、そういった時期をきちんと過ごしていなかったせいかもしれない。
ここにきて、思考は一向にまとまらない上に、やっぱり間島君に対しても変に意識してしまう。また、意識している自分を知られたくなくて、余計にぎくしゃくしてしまう。悪循環だ。
なんてことない風で私に接触してくる間島君の飄々とした顔にすら、八つ当たりをしたくなってしまう。





「そんなに構えなくても」
「別に、構えているわけじゃないけど」
「視線、泳いでますよ」

久しぶりに研究室の公共スペースで間島君と一緒になる。しかも二人きり。
逃げ出すのも不自然で黙り込むのはもっと不自然で、会話のきっかけを探しあぐねていた私に、彼が先に切り出してきた。

「ひょっとして、って失礼な事聞きますけど、彼氏いたことあります?」
「・・・・・・ほんっとーに、失礼ね。それぐらいいました」

ここ最近は常に過去形で言わなくてはいけないことが悲しいけれど、こんな私にもいたのだ、彼氏という存在が。

「それにしては、なんというか。世慣れてないですよね」
「そういう間島君は慣れてるわけ?まじめそうな外見をしているくせに、意外よね」
「別に、僕は平凡な人間ですから、平凡な人間関係しか築いていませんよ」
「どうだか、そういう善良そうな人間程、影でなにをやっているかわからないもんね」

立派に八つ当たりだ。自覚はあるけれども、済ました顔を見るにつけ、なにか一言言ってやりたくなるのだ。

「そこまで器用じゃないですから、自分」

棘棘している私をあくまで彼は柔らかく受け止める。年下の癖にやけに余裕のある態度に、さらに腹が立ってくる。
からっぽになったカップをもてあそびながら、黙りこくる。今、口を開けば嫌味しか出てこないと思うから。

「そういえば、この前の続き、言っていいですか?」
「・・・・・・ここで相応しい話なら」

急展開で精神的な距離を一気に縮められる。彼の行動を読めなくてアレほどまでにイライラしていたのに、今では戸惑いの方が大きくなっている。

「ふさわしい、とはいえませんね。確かに」
「だったらやめて」
「じゃあ、学外だったらいいんですか?」
「学外で会う理由なんてないから」
「ありますよ、理由なんていくらでも」

ステレオタイプな理系人といった風貌の彼は、繊細さはあってもこういう強引な物言いは似合わない。だからこそなのか、ミスマッチな言動はやけにリアルで迫力がある。
私はといえば、立場も年齢も差があるはずなのに、押されっぱなしになっている。

「研究体勢を整えるための親睦を図るため、でもいいですし、なんならもっと個人的な理由でもかまいませんよ」
「親睦なら歓迎会で済んでるし、個人的理由は却下」
「理由は?」
「悪いけど、職場の人間とは必要以上に仲良くする気はないから。外で会うのなら他の職員も混ぜたところで会いましょう」
「ガード固いっすね」
「普通だと思うけど」
「まあいいや、機会があったらまた誘いますから」
「ないない、未来永劫ないから」

穴が開きそうなほど何も満たしていないマグカップを眺めながら、なんとか彼とのやりとりを交わす。いつもは花も踏まなさそうな優しげな人間なのに、今対峙している彼はまるで猛禽類のようだ。

「そういえば、もうすぐ中間発表ですね」

唐突に、話題がオフィシャルなものへと切り替わる。鮮やかな切り返しに数秒頭が混乱する。

「今年の子達はいい子だけど切れがないから」
「まあ、そうそうシャープな人間ばかりじゃないですから」
「ずるをする人間じゃないから、それはいいところだけど」

そこから先は、いつも通りの会話が展開された。お互いの研究のことやら、今の学生について、自分が学生だったころについて。話題があちこちへ飛びながらも、機知に飛んだ彼との会話は、やはり楽しい。
実験の待ち時間が終わり、自分専用のカップを流しで洗う。
彼の方はまだ待ち時間が残っているのか、足を組んだままどっかりと椅子に座ったままである。

「じゃ、まだ処理が残ってるから」

そう言い残して入り口から半歩出かかったところで、彼から声がかかる。何か言い忘れたことでもあるのかと、無防備に振り返る。
彼のニヤリと笑った顔が見えた瞬間本能が何かを告げる。ギクリと固まった私に彼は容赦なく追い討ちをかける。

「清水さん。好きですよ」

サラリと言い放った彼は再びニヤリと笑い、別の入り口から彼の実験室へと出て行ってしまった。
何も言えず何もできなかった私は、呆然とその場に立ち尽くすのみ。



しばらくして我に返った私は、何事もなかったかのように実験を続ける。
何をどう処理したのかも思い返せなかったけれど。




>>次へ>>戻る
Miko Kanzaki/12.02.2006update


back to index/text/home
template : A Moveable Feast