ダブルゲーム・脱皮vol.2(2.18.2005/改訂:12.12.2006)
脱皮・2

「なんであんたの写真があるの?」

左京と二人で家へと帰る途中、今ではあまり会いたくない人に出くわした。

「臼井さん」
「なんであんたの写真があるのかって、聞いてんの!」

話、が見えない。先ほどから臼井さんは片岡くんのことを宣言しにきた時よりもイライラしている。

「あの、話がわかんないんだけど」

できるだけ神経を逆撫でしないように、穏やかに話しかける。
臼井さんは一呼吸置いて、少しだけ落ち着きを取り戻しながら話し始める。

「私のうちにあんたの写真があんのよ、どういうこと?」
「どういうって」

彼女は私と彼女の両親の関係を知らない?
だけど、こんな時なのに、私は実の両親の手元に私の写真が存在する、という事実に眩暈がしそうなほどの喜びを感じている。

「それに、この前あんたの素顔を見たけど、どう見たってうちの母親にそっくりじゃない!」

この間見た、臼井さんの顔がフラッシュバックする。何かに気がついたような表情。

「他人の空似、だと」

彼女が両親から聞いていないとするなら、私の口から話すべきではない。
内面の嵐のような感情を押し殺して冷静に受け答えをする。

「両親がいやに勧めたのよね、今の学校。何の変哲もない普通の学校なのにさ」

勧める?この学校を?
すぐに高山の家の入れ知恵だと気がつく。たぶん、秘密裏に接触した誰かが、両親の耳にいれたのだろう。

「こっちを初めて気にかけてくれたみたいで、嬉しくって受験して入学したらあんたがいた」

突然の告白に戸惑う。
わかっていて、いや、それが目的で入学してきた私と違って、何も知らされていないのに私に気がついてくれていた彼女に驚く。その感情が好き嫌いのどちらにふれていたとしても。
だけど、それよりももっと小さい頃から遺伝子上のつながりでしかないと、そう刷り込んできた“両親”と私のつながりが、細いながらもずっと存在していたかもしれない。そんな期待を抱いてしまっている。
そんな私とは対照的に、臼井さんは不機嫌なまま心の中にあるわだかまりをそのまま表に出してくる。

「どういうわけ?」

混乱と喜びと。複雑な気持ちを抱えたまま、彼女と対峙する。
臼井さんは全ての憎しみを向けて、私へと言い放つ。

「私、あんたなんか大嫌い」

睨みつけるように、でもあくまで気高く。ひどい否定の言葉だというのに、甘く聞こえてしまうのは、無関心というものがどれほど辛いものなのかを知っているからかもしれない。

「私は、あなたのことが嫌いじゃない」

まっすぐに向かってきた悪意を精一杯の笑顔で受け入れる。

「ばかじゃないの?あんたの片思いの相手を寝取った女相手に」
「臼井」

素早く左京の制止の声が入り込む。
今までは黙って聞いていてくれた彼は、片岡君と彼女のことについては神経質なまで私の耳には入れないようにしてくれている。
それが彼の優しさだとはわかっている。

わかっているけれども。

「大丈夫、左京。知ってるから」

守られているだけの私はイヤダ。
私が知っていることに驚いたのか、少しだけたじろぐ。

「知ってるよ、そんなこと。でも、それはあなたと片岡君の間のことだから、私がどうこう言うべき問題じゃない」
「あいかわらずイイコちゃんの答えね、甘いって言われない?」
「言われる。確かに私は甘ったれた小娘だから」

まさか私が肯定するとは思っていなかったのか、彼女の表情に戸惑いが生まれる。私とは違って色々な表情を素直に浮かべる彼女を羨ましいとも思う。だけど、今は、きっと最後になるであろう”妹”とのこの距離が嬉しい。

「私は自分ばかり不幸がって、守られていることに気がつきもしなかった人間だから、あなたに比べたらずっとずっと甘ちゃんだって言われるのは仕方がない、と思う」

私が何を言い出すのかと呆然として聞いている二人をおいて、私は一生懸命私の中にある言葉を紡ぎだそうとする。

「だから、私はお子様で甘えてるかもしれないけれど、でも私はあなたが嫌いじゃない」

3人に訪れた静寂。
軽くため息をついて、臼井さんが、

「でも、私はあなたが大嫌い」

そう言い捨てて、小さな背中を向けて去っていってしまった。



「さくら」
「左京」

強引に引き寄せられる。

「俺はお前が大好きだから」

婚約の件ははっきりと断ったはずなのに、こんな時には縋ってしまいそうになる。
彼を押しのけようとするけども、そんなものは易々と制されてしまう。

「大丈夫、友情だから」
「邪なものを感じないでもないのですが?」
「それはさくらの気のせいでしょ」

ニヤリと薄く笑われるその笑顔の下にどれだけの計略が隠されているのか、身に染みてわかってる自分には少々穿った考えでそれを見てしまう。
それでも、彼のそのアタタカサに縋ってしまう自分は本当に甘えた子供なんだな、と自覚してしまった。


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