「やっぱり無理そう」
朝食のトーストにジャムを塗りながら、おじさんはこちらの方へ顔を向ける。
「無理って、大学?」
「うん」
城山の母に何を言われたのか、とか、そういう細かいことは何も聞かずにただ抱きしめてくれた叔父と向かい合う。
「うーーん、でもさ、左京と結婚しちゃえば、後は勝手にできるって気がするけどねえぇ」
「まあ、そうなんだけど」
「だけど?」
コーヒーを片手に突っ込まれる。
「なんか、負けっぱなしっていうのも悔しい気が」
何か思案顔でカップに口をつける。
「負けるが勝ちって言葉もあるし」
視線を机の上に落とし、そのままコーヒーを流し込む。いつもの癖。熱い物でも冷たいものでもとりあえず飲んでしまわないと落ち着かない性分らしい。
「じゃあ、僕と逃げる?」
「逃げる?」
「そう。アメリカに」
唐突な言葉に右手に持っていたマグカップを床へ落としてしまう。
お気に入りの私専用のマグカップはそのまま素直に床へ落ち、あっさりとバラバラになってしまった。
「あー、さくら、やけどしなかった?」
そう言いながら、雑巾を持ってきて床を片付けだす。私が近づかないように片手で制しながら。
バラバラになったカップを拾いつつ、その背中を私の方へむけたまま話しつづける。
「話が、あるんだよ。向こうの大学から誘いがあった」
叔父は今、私立大学の講師をしている。城山の息がかかった企業へは行きたくなかったらしい。
「行くの?」
「たぶん、そうなると思う」
カップを片付け終わったおじさんは、私の方へと向き直り、いつものように暖かな笑顔を浮かべる。
両手が私の顔を優しく包み込む。
「僕は、さくらを連れて行きたい」
「でも!」
「さくら、可愛い子は“でも”って言わないものなの」
あまりの展開についていけない。
「さくらが、本当に左京と結婚したいなら、それでもいいよ。でも、そうじゃないなら、僕はこの結婚には反対だ」
渋々といった様子でも、一応私の決断に賛成してくれた叔父さんだったのに。
「無理をするときっとどっかから綻びがでる」
「私は、左京のことが好き」
「僕よりも?」
言葉に詰まる。叔父さんと左京を比べることなんてできない。二人ともずっと一緒にいてくれた大切な人。完全に言葉を失った私に叔父はさらに話しつづける。
「選べないでしょ。だからその程度ってこと。さくらの気持ちは」
「その程度って、おじさん」
「愛情はね、そんなものじゃないよ」
「穏やかな愛情だって、あるでしょ?」
「それはもちろん、そういうものもあるけれど、さくらの愛し方はそういったものじゃない」
あまりにもきっぱりと彼は断言する。私の愛し方など、どうして彼にわかるのか?その不満が顔にでていたのか、彼はため息混じりに先を続ける。
「わかるよ、もちろん。生まれた時から見ているんだから」
「例えそうだとしても、左京にそういった気持ちを持つかもしれないでしょ」
「そうだね。可能性としてはないこともないね」
私の頭を撫でながら、気持ちを落ち着かせてくれる。
「でも、だったら、僕に対してそういう気持ちになるかもしれないでしょ」
「それは!」
叔父のことは好きだけど、やっぱりそういう風に見たことはない。
「可能性の問題」
「そりゃあ、ゼロじゃないけど」
「でしょ?」
叔父が私の背中へと手を回し、後ろで自分自身の手を握る。私は彼の作った輪の中へすっぽりと収まった格好だ。
「だから、その程度ってこと。片岡君、だっけ?彼に対しては?」
随分と二人の間では出てこなかった名前がイキナリ登場してきて、驚いてしまう。
「どうって言われても。そりゃあ、好きだった、ううん、好きかも」
「左京や僕よりも?」
「それは、比較できないというか、なんというか。彼は別の次元って気がする」
あれ?左京や叔父とは違う目で見ているってこと?
「さくらはまだ選ぶには幼すぎるんだよ。小さい頃から異性に触れていないから仕方ないかもしれないけど」
二人以外の異性と至近距離で話したのは高校に入ってからだったから、免疫がないというのはあたっている。
「破壊するには、若いうちがいい。歳を取ってからじゃやりなおしが難しくなるから」
叔父の胸に顔を預け、色々なことを考える。
ズレは感じていた。たぶん左京の想いと私の想いはシンクロしない。
これからもずっと重ならなかったら?
左京も私も苦しいだけじゃないの?
「もっと機が熟してからなら、僕も反対しない。さくらが誰を選んでも」
彼は私を開放し、すっかり冷めてしまった朝食のテーブルへとつく。
「今日は遅いから、僕が送っていくね」
いつもの笑顔、日常の光景。
だけど、明日からはそれがなくなってしまいかもしれない、そんな足元が崩れ落ちるような眩暈を感じた。
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