ぐずぐずとした気持ちを抱え、それでも城山さんに近づくことなく日々が過ぎていく。
これは罰かもしれない。いいかげんな気持ちでフラフラした自分に対する。
「ちょっと顔貸しなさい」
とても上級生に対する口の聞き方とは思えない口調で呼び出しをかけられた。相手は鉄火肌の京香さんと高山弟の右京。
誰もいない生徒会にお邪魔する。忘れていたが右京は生徒会の一員だった。
「何の用?二人とも」
「用っていうほどのことでもないけど」
いつものはっきりとした口調はどこへやら、京香さんが言い淀む。
「あんたにあんなこと言った手前言いにくいんだけどさ」
ばつの悪そうな顔をして、こちらも同じく言葉尻を濁す。
彼らと俺の接点は城山さんのことしかないんだから、きっとそのことなんだろうけど。前にあれほど彼女に近づくなといった二人が、今更何の用だろうか。
「悪いんだけどさ、咲良ちゃんと友達になってくれない?せめて」
「は?二人は俺のこと嫌いなんじゃなかったの?」
突然の方向転換に戸惑う。彼らは、臼井さんとのことがなくても俺のことを好いてはいなかったはずだ。
「嫌いよ、はっきり言って。よりにもよって臼井なんかに引っかかるような男、許せるわけないじゃない」
「だったら、どうして?」
なぜ?その疑問が浮かんできたと当時に、嫌な考えが頭をよぎる。嫌悪する相手に近づいてまで、城山さんとの関係を調節しようとするなんて、ひょっとして。
「城山さんに何かあったの?」
嫌な予感がする。勘なんてさえてないけど、こういうことは案外あたってしまう。嫌な事に。
「まあ、何かっていうほどのことじゃないけど」
右京が重い口を開く。ニコニコ笑っていて、よく喋るやつだが、基本的に肝心なことは話さないやつだ。兄弟は根本で似るらしい。
「咲良ちゃんが元気ないのよ」
「俺には普通に見えるけど?それにそういうのをなんとかするのは婚約者の役目じゃねーの?」
本当は渡りに船の話なのに、ここまできて意地を張ってしまう。
「だから、左京兄にできることなら、なんとかしてる。できないから、相談してるんだろう」
「元気がないって、ほんとに?」
「ああ、学校じゃあ無理してるけど、かなりきてるな、あれは」
「あの家に育ってたんじゃあ、多少のことでも表に出さないぐらいにはなるわよねぇ」
これは俺の罪悪感に訴えているな?
「城山さんの方がいやなんじゃないの?ほら、桃のことがあるし」
あれっきり左京の方へ去っていった彼女の名前を口にする。
「いや、でも、それでも咲良には普通の友達が必要だと思う」
「普通、ね」
自分達が普通ではないという自覚があるんだろうか、自嘲気味に呟いてみる。
「まあ、なんだ、俺だと高山の家との関係があるし、京香にしても家同士の繋がりがあるからな、それ以外の交友関係っていうのが欲しいんじゃないかな」
「畑野さんの家も関係者?」
和風美人の京香さんに尋ねる。
「関係者っていうか、親戚ね。うちは分家にあたるのかな?たぶん」
分家、ね。日常生活ではあまり意識して出てこない単語が出てくるあたり、彼女の家も旧家と呼ばれるやつだろう。
「城山さんが嫌じゃなきゃ、努力してみる」
俺の答えに安心したのか二人そろってため息を漏らす。
あまり環境がいいとは言えない家だったけれど、彼女のために心を砕いてくれる人間がここにいる、ということ人事ながら嬉しいし
ほんというと、ちょっとだけ羨ましい。
「解消する?」
「うん」
左京の家で唐突に切り出す。
「なぜ?」
「左京のことを愛していないから」
整った顔が歪む。さすがの左京も突然すぎて対処できないらしい。
「俺は、さくらを愛している」
「わかってる」
痛いほどわかっているから、これ以上嘘をつきたくない。彼のことは信用しているし大好きだ。でも、それはきっと男女の愛情じゃない。
「大丈夫だと、そう言ったろ?どうして?」
泣いているのかもしれない。それほど左京の顔は哀しげだった。
「今の私の思いでは左京の想いに追いつかない。ただの友人や家族じゃダメ、だから」
「そのうち追いつくかもしれないだろう」
「追いつかなかったら?」
それが本音。彼のことは好きだし、もしかしたら愛せるかもしれない。でも、もし愛せなかったら?
本気で愛してくれる左京に失礼だし、なによりお互いに傷付くのが目に見えている。
「さくらが傍にいてくれればそれでいい」
「それは、そんなんじゃ辛くなっちゃうよ、お互い」
「どうして?」
聞き取れるか聞き取れないかわからないぐらいの呟き。
だけど次の瞬間、感情の堰が切れたように激情した。
「こんなに、愛しているのに」
吐き出された言葉と共に、左京に組しかれてしまった。
彼とは一緒のベッドで眠ったことがあるけれど、こんなに“男”を感じたのは初めてだ。なにより、彼の感情がこれほどまで表に出たことも初めてかもしれない。
こんな状態だと言うのに、なぜだかひどく落ち着いて冷静に分析している自分がいる。
コントロールが効かなくなった左京にキスされる。挨拶や頬に冗談でするようなものじゃない。もっと生々しい感触がする。
制服のブラウスに手をかけられ、強引にボタンをはずされる。
これから何をされるのかわかっていても、それでも私は安心していた。どうしてだかわからないけど、左京にならかまわない、そう思っているのかもしれない。
首筋や鎖骨付近に次々と口付けていく、その度に少し痛みが走る。彼の顔を見ることができなくて、ギュッと目を瞑る。
これから先されるであろうことを想像すると怖くないわけじゃない。だけど、左京だから、彼だから我慢できる。
硬く目を閉ざした私の肌に、なにか暖かいものが落ちてくる感触がする。恐る恐る目を開けると、そこには呆然として涙を流す左京の顔があった。
「左京」
自然と彼の頬に手を添え、涙を拭う。
彼は泣いていることに気が付いていなかったのか、私の指と涙の感触にひどく驚いた顔をした。
彼は自分の半身を起こし、床の上に座りこみ、私を抱きかかえるようにして抱きしめる。
「こんなことをしたかったんじゃない」
気持ちを揺すぶられそうになるほど弱弱しい声。
「さくらの気持ちが欲しいだけなんだ」
たまらなくなって彼の首ししがみ付いて抱きつく。このまま消えていってしまいそうな彼を押しとどめておきたくて。
「まだ、私はまだ未熟だから、愛情とかそういうのがわからないんだ、だから、今はまだ無理、なんだ」
叔父さんからの指摘だけじゃなく、薄々は気が付いていた事実。だけど、こんなことを言い出したら
、彼とのつながり全てをたたれそうで、怖くて言い出せなかった。
京香や右京ちゃんがいるけれど、それでも叔父さんと左京は私にとって特別な人たちだから。
「まだ、ってことは、将来はわからないってことか?」
少しだけ明るくなったトーンで質問される。
「えっと、そんな先のことはわからないというか」
「一生独身でいるつもり?」
「や、そんなつもりはないけど」
「だったら、30過ぎて相手が見つからなかったら、俺と結婚するっていうのはどうだ?」
はい?いきなりそんな未来の話をされても困るというか。
すっかり立ち直った左京の顔を覗く。
「それまでに俺が本命だってわかればそれでもいいし」
「他に出来たら?」
「それは…………善処する」
思いっきり邪な笑顔で微笑まれてしまう。
「さくら、最後にキスしていいか?」
さらっととんでもないことを言われて、彼の目をじっと見つめてしまう。
「これからは、友人としてつきあうから。だから今だけ」
言いながら左京の端正な顔が近づいてくる。子どもの頃の遊びじゃない本物のキスなんてどうしていいかわからなくなってうろたえてしまう。
結局左京は私の返事も聞かずに口付けを落としていった。
彼とはどんな関係でもつながっていたい、そんな贅沢な望みがかなったかもしれない。そう思いたい。
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