ダブルゲーム・願いVol.1(11.25.2004/改訂:12.11.2006)
願い・1

「許しません」
「行きたいんです、お願いします」

面会日でもないのに、珍しく母と対峙する。こんなことは生まれて初めてだ。 この屋敷に住んでいた頃から母は私と必要以上に接触することはなかった。
私を育ててくれたのは、広叔父さんと数少ない見方をしてくれたお手伝いの女性たちだ。 その人たちも私を甘やかしたといっては次々と首になっていき、最後には結局叔父さん1人しか残らなかったんだけど。

「おまえは皐月の血を濃く継いでいるからどうなるかわかったもんじゃない」

私の顔は見たこともない遺伝子上の母にそっくりらしい。だから余計に彼女の憎悪を募らせる。

「どうして?ちゃんと左京と婚約するし、卒業したら結婚するんだからいいじゃない」

あなたが望んでいたレールの上にきちんと存在してあげるんだから、それで充分でしょう?

「あなたみたいなふしだらな子、外に出したらどうなるかわかったもんじゃない、 高山の家に顔向けできなくなるようなことになる前にきちんとしてもらいます」
「ふしだらって」
「違うとでも?」

母は冷笑を浮かべ机の引出しから何かを取り出した。
部屋の入り口の前に立っている私の前へ一歩一歩近づき、取り出したものを私の顔をめがけ投げつける。
飛び散ったのは幾枚かの写真。
片岡君と私が一緒に帰った日のものだ。
彼とは数えるほどしか行動を共にしていないのに、どうしてこんなものが彼女の手にあるのか。

「これでも違うと?」
「監視していたのですか?」
「あたりまえです、しょせん崎野も愛人の子、信用できるはずがありません」
「そんな!叔父さんだって好きでそんな風に生まれたわけじゃない、そんなことで彼の価値が決まるわけない!!」

母の前で感情を顕にするなんて初めてのこと。だけど、私の愛する人を侮辱することは許せない。
頭に血が上った私とは対照的に、どこかに心を置き忘れたような彼女は再びあざ笑うかのように口の端をあげる。

「しょせんあなたなぞ駆け落ちした母親から捨てられた子、高山の家へ嫁ぐしか利用価値はない。分をわきまえなさい」

捨てられた子。その言葉を聞いた瞬間私の頭は真っ白になり、もうなにも言えなくなってしまった。

言いくるめられるわけじゃなく、事実を突きつけられた私は鉛のように重くのしかかる気持ちを引きずり、屋敷の門をくぐった。



 誰もいない家に帰る。叔父さんはまだ会社から帰っていない。
調度良かった。泣き顔を見られるぐらいなら一人ぼっちの方がまだいい。
バスルームに入り、少し暑めに設定したシャワーを浴びる。このまま流れればいい、汚い感情もなにもかも。
いつの間にか溢れ出した涙も、お湯と一緒になって流れ落ちていく。
わかっていた、わかっていたけれど。
目の前の姿見には皐月に良く似たらしい私の顔が映る。
こんな顔いらない、私を捨てた人間に似た顔などいらない。
無意識のうちに鏡の中の私を殴りつける。
こんな私はいらない。
そのまま私の意識はどこか闇の中へと引きずられていった。

自分のものではない体温と息遣いを感じ、瞼を開ける。身体は何かに固定されているようで、大きく動かすことが出来ない。

「起きた?」

頭の上から聞き慣れた声が降ってくる。

「おじさん?」
「うん、さくら、もう大丈夫?」

固定していた何か、とは叔父さんの腕らしい。キッチリと私を包み込むように抱きしめている。ベッドの上で。

「えっと、私どうして」

頭が混乱する。屋敷に行ってシャワーを浴びたところまでは覚えているんだけど。

「家に帰ったらシャワーが出しっぱなしみたいだったから、覗いてみたら」
「覗いてみた?」
「いや、他意はないんだよ、さくら。ただどうしたのかな、と思って。呼びかけても返事がないからさ、 確認しようと思ってバスルームを見たら、さくらが倒れてた」

シャワーを浴びたまま倒れた?

「しかも鏡が割れて、手から血を流してるし」

そっと、自分の手に触れてみる。包帯か何かだろうか、手当てしたあとがある。

「ごめんなさい、迷惑をかけて」
「迷惑、なんかじゃないよ。ただ、さくらが自殺を図ったのかと思って」
「そんな、そんなことするわけないじゃない」

おじさんは私の身体をきつく抱きしめる。
まるで私の存在を確かめるかのように。

「さくらの心が傷付きやすいなんて、わかってたことなのに。ごめんな、目を離したりして」
「叔父さんのせいじゃない。これは私の問題だから」
「さくらの問題は僕の問題」
「おじさん」

こうやって、いつもいつも私のことで迷惑や心配をかけてしまう。だから、 いつまでたっても独身なんだと高山兄弟からからかわれるほどに、おじさんは私のことを気にかけてくれる。

「さくら、心配があるなら全部僕に話して」
「でも」
「かわいい子は“でも”、なんて言わないの」

優しく髪を撫でられる。幼い頃から飼いならされた猫のように、おじさんにこうしてもらうとひどく安心する。

「ずっとこうしていられたらいいのに」

思わず零れた本音。ずっとだなんてありえないのに。

「さくらが望むならいつまでも」

私の髪に口付けを落とす。なんか恋人同士のようだ。思わず照れてしまう。
どうしていいのかわからなくて、少し距離を開けようと、彼の身体を押してみる。

あれ?

少しおかしな肌触りを感じる。服ではない、何か。
そういえば、私自身ひょっとして―――。
嫌な予感がして掛け布団の中の私の身体を覗く。
何も着ていない。下着一枚すら着けていない。少し熱があるのか、肌の感覚がおかしかったので気が付かなかった。それはいいとして。
どうしておじさんが裸なの?
たまらなくなっておじさんに質問する。

「おじさん……服」
「え?脱いだよ」
「脱いだ、じゃなくって、どうして?」
「いやー、暖めるには人肌が一番でしょう、やっぱり」
「や、でも、ちょっとこれは、おじさん!!!」

おじさんを突き飛ばそうと、腕に力を入れる。そんな行動は予想済みなんだろうか、あっけなくかわされてしまう。おまけにさっきよりずっと固く抱きしめられている気がする。

「大丈夫、もう少しこのままでいて」
「このままで?」
「うん。さくらの体温はとても落ち着くから。だからこのままで」

おじさんも私と同じことを考えていたなんて。

叔父と姪でこれはやばいんじゃないかとか、そもそも血のつながりは薄いのだから、もっとあぶないのでは?なんて疑問はどこかへ消え。二人ともそのまま眠りの中へと落ちてい行った。


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