ダブルゲーム・発覚Vol.2(10.23.2004/改訂:12.11.2006)
発覚・2

 血気盛んな高校生といえば、考えることはまあ想像つくだろう。ぐらついた思いを抱えながらもあっさりと一線を越えてしまった。
憧れの人とこんなことができたというのに、俺の気持ちはまるで晴れず、これでもう城山さんの隣に立つ資格もなくなってしまった。そんな焦燥感の方が大きかった。
クラスが離れているので、彼女と顔を合わせる機会はほとんどない。
彼女の声が聞きたくても勇気のない俺は会いに行くこともできない。
そういえば、桃はアレ以来俺に興味を失ったのか、連絡すらしてこない。 俺自身も全く連絡しないので、同じ学校なのに自然消滅寸前だった。
あれほど冷たい視線にさらされた俺と臼井との関係も、すっかり噂されなくなり、かわりに、 高山と城山さんが婚約するといった噂が竜巻のように学校中を駆け巡り、あっという間に広まっていった。 それに対して否定も肯定もせず曖昧に反応する彼女と一言も弁解しない左京。 今では二人は公認の恋人同士だ。俺なんかの出る幕はない。 毎日が平凡な普通の俺にふさわしい日常が戻ってきた。そう思っている。



「ちょっといいか?」

突然こう呼ばれの有無を言わさない雰囲気で左京に連れてこられてしまった。
今いる場所は左京の家らしい。高校生が一人で住むには分不相応なほど立派なマンション。
でも、まったく人気のないせいかひどく無機質な感じがする。

「これをみろ」

そう言ってテーブルの上に置かれたものに目をやると、それは可愛い柄の封筒だった。
一応全ての手紙は封が開けられている。
無言でそれを手にとるように促され、渋々確認すると、裏には予想外の名前が書き記してあった。

「そういう女だ。それでもいいのか?」
「いや。やっぱりって言うか。忠告はされていたけど」

封筒の裏にある名前は“臼井桃”彼女の名前だった。中身までは読んでいないけど、たぶんラブレターだろう。

「知っていたのか?」
「知っていた、というか、友達から知らされてはいたけど」
「信じていなかったわけだな」

二人とも沈黙する。修司を信じていなかったわけじゃない。ただ色々なことがありすぎて判断能力が鈍ってしまっていただけで。
それに、彼女が左京に秋波を送っていると知ってもさほどショックではない。
そんなことよりも城山さんと高山がどうかなってるって噂の方がよほどショックだった。

「どうしてこれを俺に?」
「お前のことなんてどうでもいいが、臼井が絡んでるとなるとほってもおけない」
「おまえと臼井さんって何か関係があるのか?」

じっとこちらの目を見据える。つねに冷静沈着な彼だが、今日はいつもにもなして思慮深く熟考している。
一度目を伏せた後、彼は淡々と話し始めた。

「臼井はさくらの妹だ、双子の」

あまりの事実に口をぽかんと開けたまま呆然としてしまった。
そんな俺をみつつ、なおも続ける左京。

「さくらの母親の皐月さんは19歳のときに駆け落ちまがいをしている。もっとも表向きにはなっていないが」
「駆け落ちって」
「城山の家は旧家なだけじゃなくって、色々と会社も経営していてね、 その跡取娘である彼女はあの家に見合う相手が用意されていたんだよ、本当は」

20年前でも現代だよな。跡取とか旧家とかそんなこと一昔前のことだとばかり思っていた。
そういえば左京も高校生だというのに婚約だとか言ってたよな。

「それを嫌って?」
「その通り。発覚した時にはすでに妊娠していて、後戻りできない状態だった」

中絶できなくなる月齢になるまで周囲に黙っていたみたいだ。
幸いその時は短大へ通うため一人暮らしをしていたのと、彼女の母親が仕事に忙しくチェックを入れることができなかったらしい。

「それが、桃と城山さん?でも苗字が違う」

呆れたようにため息をついて答える。

「連れ戻されて、自由を失うのが怖くて、皐月さんから言い出した事だと言ったら?」
「何を?」
「双子の一人をあげるから、私たちにはかまわないでくれ、と」

最初、左京の言っていることがわからなかった。言葉は入ってくるのに理解できない。いくら上流社会が俺なんかが想像できない世界だとしても、親子だとか家族の関係がそうそう違うわけがない、そんな事を思っていたから。だから、母親がわが身のために娘を人質にするなんてとてもじゃないけど、信じられなかった。 だけど、その信じられない状況が左京の口からさもあたりまえのように語られる世界があるなんて。
じゃあ、そんなものに生まれながらに晒されていた城山さんは。

「そう、さくらは本当なら臼井桜。母親に捨てられた双子の片割れだ」
「城山さんはそのことを知って?」
「もちろん。実の母親のことは幼い頃から嫌って程叩き込まれている」
「そんな…」

俺の平凡で普通の脳みそでは処理できない出来事に、呆然とする。左京は相変わらずの冷めた表情に、わずかに影のようなものを滲ませていた。彼にそんな顔をさせる城山さんは、左京にとってどれほど大切な人間なのかがわかってしまった気がする。

「反対、するべきだったんだ。本当は」

ため息を付きながら前髪をかきあげている。鋭利な視線がこちらへともたらされ、臼井のことで罪悪感がある俺は、その場に座っていることすら息苦しくなる。

「もう一人の自分に会いたい、って言ったときに、もっと強く反対するべきだったんだ。俺も広さんも」

もう一人の自分と言う言葉に、彼女がなりたかった普通の女子高校生の姿を思い浮かべ、なんともいえない気分になる。あたりまえすぎてそれがどれほど自分にとって大切な物かを見失っていたものばかりだ。

「高山は知っていたのか?臼井のこと」
「もちろん、調べたのは俺、というか実家の力を使って、だが。いくら婚約者同士とは言え、家にとって恥になるようなことをペラペラ話す程プライドが低くはないのでね、あの家も。表向きはさくらの母親のことも病気療養のために外国に居るってことになってるぐらいだ」
「そっか、そうだよな。高山の話を聞いているとそれぐらいしそうだよな」
「ああ、俺もさくらや広さんが話してくれなければ詳しくはわからなかった」
「それでこの学校を?」
「そういうことになる。皐月さんの行方は思ったより簡単に突き止めることができたからね。城山の家には主に楯突くような人間はいないから、知ろうともしなかったようだ」
「ずっと、知っていたんだ。彼女が双子の片割れだって」

最後の方は呟くような声となってしまった。自分で言った言葉が耳に入るそばから後悔の二文字しか浮かばなくなる。俺はそのまま、重苦しい雰囲気の中で黙り込んでしまった。

ショックだった。
城山さんと臼井さんが双子だったのはもちろんだけれども、あんなに朗らかに笑っていた彼女にそんな過去があっただなんて。
俺が付き合ってしまったのが城山さんの双子の片割れで、実の母親が手元に残した女の子。そこまでようやく考えが及んで嫌なことに気がついてしまった。
なら、俺のしたことは?

不安定なまま双子のうち一人を選んでしまったことにならないか?彼女の実母と同じように。
それがどれだけ彼女を傷つけるかなんて思いつきもせずに。

「さくらは祖母と養子縁組をして、戸籍上は母子だ。つまり城山の跡取娘になる」
「その、彼女は母親と同じ様に育てられたのか?」
「いや、それ以上だろうな。彼女は常に複数の人間の監視下におかれ、厳しく躾られた」

では、あの朗らかさはどこからくる?あの屈託のない笑顔は?

「嘘だろ?彼女明るく笑ってるじゃないか」
「それは、悔しいが叔父の広さんのおかげだろうな」

小さい頃の彼女の見方は、城山家では全く居場所のない崎野広ただ一人。 他は妊娠して駆け落ちした落ち零れの娘の子ども、ということで色眼鏡でみるやつがほとんどだったらしい。

「左京は、側にいたのか?」
「ああ、生まれながらにして婚約者同士ということでしょっちゅう彼女の家へ行かされたからな」
「婚約者」
「そうだ、彼女には皐月さんの二の舞とはならないように、小さいうちから俺と広さん以外の異性を遠ざけて過ごさせていたから」

本当にここは日本か?疑いたくなるような話が次々と飛び出てくる。
なんでも彼女は小学校、中学校は厳しい女子校へ通っていた上に、 行きかえりはどこにも寄り道することもできず、家と学校を往復するだけの生活だったらしい。 高校では高山の家が横槍をいれて、叔父の家に住み、左京が一緒に通う事でやっと普通高校へ通えたという。

「何もかも、初めてだったんだ、彼女」
「そうだ、何もかも」

重い、言葉だった。
城山さんの何もかもを知っている彼から発せられる言葉は。

「だから、あいつはお前に憧れた」
「俺に?」

いや、俺は平凡でどこにでもいる普通の高校生で。

「普通なところと、そうして自由なところ。温かい家庭。全ては彼女と正反対なもの」
「お前は、ひまわりなんだそうな。彼女にとって」

泣きそうだった。

彼女のことを知れば知るほど。
物心もつく前に母親からは捨てられ、ずっと鳥かごの中に閉じ込められて。
ようやく手にした期限付きの自由。

どんな気持ちで告白してくれたんだろうか?

どんな気持ちで話し掛けてくれたんだろうか?



こんなところで泣きたくなんかない。ぐっと手を握り堪える。
俺は何をした?何をすればいい?
答えがでないまま左京の家を後にした。


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