私が約束を守る、そう決意してから周辺がいきなりあわただしくなっていった。
もともと16歳でそうなるはずだったのを、左京と叔父が無理やり頼んで引き伸ばされていたものだったから。
「さくら、ホントにいいの?」
「何回同じ事を聞くの?」
繰り返し繰り返し訊ねてくる。もちろん私のことを心配してくれているのは痛いほど良く分かる。
「でも、一生のことだよ?」
「うん、わかってる」
「城山の家の命令だから?」
城山の家、つまり私の戸籍上の母の命令は絶対だ、だけど、
「それだけじゃないよ」
幼い頃から私を守ってくれた人を見つめる。
「じゃあ、さくら僕と結婚しよう」
叔父の意表をつく一言に、ソファーからずり落ちそうになる。
「だって、僕とさくらは戸籍上はちゃんと結婚できるでしょ」
「叔父さん、そういう問題じゃなくって」
確かに叔父は戸籍上の祖父の愛人の子ども。つまり戸籍上の母、実際は祖母の異母兄弟になる上に認知もされていないので、
城山の家とは無関係である。
「それにさくらのことが好きだから」
ソファーに沈んだ私を引き上げて、自分の胸の中に収める。こういったことは日常茶飯事なんだけれども。
「でも、叔父さん。私叔父さんのことそういった風に考えたことないから」
いつもは落ち着くはずの心音も今日はなんだかざわざわする。
「左京のことはそういう目で見ていたの?とてもそうは見えなかったけど」
厳しいところを突いてくる。
私は左京のことを仲のよい兄弟程度にしか考えていない。そこに男女の愛情だのが介在しているとはとても思えない。
「信頼は、しているから」
ポツリとそう呟いた私の頬を撫でる。
ギュッと力強くその胸に押し付けて囁く。
「左京と婚約しても、僕はさくらのことが大好きだから、いつでも戻ってきて」
いつも逃げ道を作ってくれるこの人は。
「大丈夫、左京とならやっていけるから」
こうやってお互いの体温を確かめ合えるのはいつまでなのかな。
ぼんやりとそんなことを考える。
俺の手を握ってはしゃいでまわっているのは臼井。
修司に警告され、畑野さんに殴られても結局どっちつかずの俺はずるずるとそのまま付き合っていた。
修司の言葉を疑っているわけじゃないんだが、嬉しそうにデートする彼女が略奪だとかそういった類のことをするようには思えない。
しいて言えば自分を作って媚びているかな?と、思う程度だ。
「今度はプール行こ」
そんな約束までする。
どっちみち、右京には近づくな、と言われ、城山さんにも愛想をつかされたんだからなぁ。
いつのまにかため息が多くなる。
心ここにあらずなのか、急に桃が腕をとってくっついてきた。
その柔らかい感触に、おもわずどうかなってしまいそうな生理現象が悲しい。
「ねぇ、哲也。おもしろい話を聞いたよ」
理性を保ちながら、彼女の顔を覗き込む。
「城山さんとね、高山君が婚約するんだって」
「は?婚約?」
「そう、婚約。なんでも両方とも良家で資産家らしくって、もともと婚約者同士だったらしいよ」
普通の高校生ではありえない、“婚約”なんていう単語もあの二人だったらありうる。
でも、だったらなぜ俺に告白なんてした?
あの二人が妙に仲がいいのも雰囲気が似ているのも、似たような環境で育ってきたからなのか?
そもそも俺とは住む世界が違うのか?
そんなことを考えたら、背中に冷たいものが走る。
いつも側にいた彼女が急に遠くへ行ってしまった。あの夢のように儚く消えるのかもしれない、俺の前では。
ずっと黙ったままだった俺に抱きつき、甘ったるい声で誘いの言葉を吐く。
「ねぇ、うちね、今日誰もいないの」
見え透いた彼女の誘い文句も、今の俺には深く考える余裕なんてなくあっさりとその罠に嵌ってしまった。
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