※残酷な表現があります、ご注意ください※
その日、祭主と神官の二人は、下働きのものを連れ、慰問へと出かけていった。
首都から離れたこの町では、国境からの負傷者が流れ込み、町は混沌とした様子をみせていた。
民間の負傷者が集まり、またそれに伴ってよくない連中まで流れ込み始めた。田舎ながらの鷹揚な気質だった町民たちは、徐々にその神経を尖らせ、それがまた町を殺伐としたものへと変化させていった。
孤児が一箇所に集められた施設は、衛生状態も悪く、また命が助かったとしても彼らに行くあてがあるわけではない。
これが平時ならばそれなりの手はあるのかもしれないが、今は刻一刻と悪化する戦況が伝えられている状態だ。誰も彼も他人に施しを与える余裕などもってはいない。
リエラはその目立つ頭髪を布で隠し、慰問の手伝いとして連れられてきた。
最初は、何かの冗談だと思った。
そして次には反射的に拒絶していた。
だが、またあの意地悪くも冷酷な従者に背中を押され、こんな汚いところまでやってきてしまったと、リエラは内心毒づく。
だが、そこにはリエラが想像していた以上の惨状が広がっていた。
防ぎようのない腐臭と、何か淀んだ空気がリエラを襲う。
思わず片手で顔をおさえ、思い切り顔を顰めた。
それを祭主は諌め、次々と負傷者たちに祝福を与えていった。
祭主の下穿きの裾に縋るようにしがみ付く負傷者たちは、目に涙を浮かべて祭主の祝福を受けている。
大仰な仕草と、それでも感動をする負傷者たちにうんざりとした面持ちで、リエラはその後を大人しくついていく。
肉が腐ったかのような匂いがあたりに立ちこめ、さらにリエラの気分を悪化させていく。
そんなことをして、何になるのか。
リエラはそう叫んでこの場から逃げ去りたかった。
だが、そうはさせまいと、従者が彼女の背中を見張っている。
医療物資と生活物資を届けにきた彼は、それらが済むと、どういうわけか負傷者の手当てを手伝い始めている。身分の高いものがそのようなことをすること自体意外だが、今まで生活をともにしてきたリエラからは、すでに疑問にも思わなくなっていた。
彼は貴族であり、王子の従者であり、今はリエラの監視者だ。
だが、彼はリエラよりもずっと神殿に馴染み、また神殿の者たちも彼には気安い態度をとっている。どこまでいってもお荷物であるリエラとは正反対だ。
背中へ受ける視線を気にしながら、リエラは大人しく付き従った。
彼女は手当て一つできるわけでもなく、優しい言葉を掛けられるわけでもない。
彼女はここにきてようやく、己の無力さを胸のどこかで感じ取った。
「美しい娘をよこせ?」
「そう言ってきおった」
連日王の私室へと詰め掛けている王子は、父王の言葉に首をかしげた。
先日、隣国へと送った使者は、五体満足でこの国へと返された。
正直なところ、首だけがつき返されたとしても仕方がない、と腹をくくっていた彼らは、その扱いに至極驚き、また、父王によって明かされた隣国の言葉に、王子は戸惑いすら覚えた。
「結局のところみかけよりも内情は堅固ではない、ということでしょうか」
密偵による調査結果もまた、彼らの元へと届けられた。
そこにはこちらへ見せているほど、かの国の実情は大きいものではない、ということだった。
第一に王そのものの存在が危うい。
父王をしいした後、玉座についた彼は、人々をひきつける魅力をもった王ではあるらしい。だが、それに酔うものばかりではないのが世の常だ。その母親の出自の低さ、また労あるものへの些細なことによる殺戮は、彼が手に入れた体制の脆弱化をもたらせた。
もっとうまくやればよいのに、と、シェキスなどは思うのだが、土台が不安定な王、というものは疑心暗鬼に陥りやすいものなのだろう。
生まれもって高い地位につき、周囲にもそれを認められて生きてきた彼には、理解しがたいことだ。
さらには、度重なる戦による徴税に、国民そのものが辟易している。もともと急激に力をつけた国は、その速度で貧富の差も生み出し、不平不満がたまりやすい土壌ではあった。そこへきてこの戦だ。徴税や物納は激しさを増し、貧しいものは食うに困るありさまだと、報告を受けている。
ここにきて、無能な議会がなにもせず、小手先だけの手を打ったまま長期化したかいがあった、というのは皮肉なことだ。
かの国は勝手に疲弊し、危ういところに立っている。
「結局目論見どおりこちらの血脈が欲しい、といったところか」
「美しい、とつけたのは自尊心からでしょうかね」
彼らの狙いはこの国の歴史だ。
浅いものしかもたない彼らは、それらをうらやみ、己のものとしようとしていた。
それが叶わぬのならその恩恵にあずかろうとするのは当然だ。
今力では上にたっているものが要求するものとしては妥当だろう。
それですめば、シェキスにとっても王にとっても諸手を上げて賛成するところだ。
「美しいというのも難しい要求ですね」
だが、正直なところ残された王女たちは、その基準を満たすには物足りない容姿をしている。
出自だけで選んだ側室たちは、美貌をもってして、というわけではない。あくまでこの国ではその血統だけに価値が置かれている。だから、というわけではないのだが、王女たちの容姿はどこまでも平凡だ。美しい娘、もいるにはいたのだが、彼女たちの母は、身分が低く、王女としての身分を与えられてはいない。血統を欲する相手に、それでは不十分ではあるし、さらには正直なところ彼女たちはそれを覆すほどの美貌は持ちえてはいない。
「リエラ」
シェキスの呟きに王は眉を寄せた。
数ヶ月前その身分を剥奪した愚かな元王女。
確かに彼女は絶世の、という形容詞をつけても余りある美貌をもっている。それは側室へと落とされた母から引き継がれたものだが、それほどの容姿を有するのは彼女しかいない。
「だが、あれは」
「ですが、リエラを置いては」
王は黙る。
「幸いフィムディアの王は、本当に彼女を捨て置いていたらしいですから」
それは言外に手をつけられていない、ということを意味する。
再三の王のわたりを拒否し、与えられた王宮に引きこもったままであったといわれたことを彼らは思い出す。
「体が弱いために伏せられていた王女、ということにすればいいのです。どうせあちらもリエラの顔を知っているわけではないのですから」
「そんなことが通用するのか?」
王と王子の密談はその後も誰にも気がつかれることなく続いていった。
後日、シェキスとは異腹の王女が使者として敵国に送られ、激昂した王に無残にも切り捨てられた。それにより彼らの密談はよりいっそう回数を増していった。