出会い/第3話

「はい、これ」
「入り口ですねー」

定食屋へ勤め始めてから、三日ほどたち、ユリはすっかりここの看板娘として精力的に働いていた。
ユリ目当てにやってくる人間が増えるほど、この店にしっくりと彼女はなじんでしまっている。
祭り目当てにやってきた観光客も、本祭りが始まった今となっては、さばききれないほどの人数に膨れ上がっている。
当然どの飲食店も人でごったがえし、割と小さな、だけれども味と価格がちょうど良いこの店は、ユリが尋ねてきた日よりも、さらに客数が増している。
もともと、この国は商人が寄り集まってできた国だ、というのがおかみと雑談して得た知識だ。
そういわれれば、今までのどの国よりも活気がある、と思ったのは祭りのせいばかりではないらしい。
資源はないけれども、世渡り上手で小器用な性格が良かったのか、それともフィムディア王国から程よい距離にあり、その周辺にある友好国へ旅をするのに、ちょうど要となるような位置に存在したのが良かったのか、この国は早くから商業が栄える国となった。もちろん、国の中枢も根っからの商人たちで固められており、ユリの認識では商店街の組合が大きくなったもの、といった程度だが、あながちそれも間違いではない組織と形式をとっているのがこの国だ。
だからなのか、国風は自由で、老若男女関係なく働けるものが働く、といったものが主義信条となっている。
とうぜん、よその国からの労働者も、使えるものは使う、使えないものは追い返す、といった政策をとっているらしい。
ユリがあっさりと定食屋に就職できたのも納得できる風土だ。
人も商品の一つ。
出稼ぎだろうがなんだろうが、人が行きかえばものも行きかう、当然銭も行きかう。
それを多少管理することはあれども、市場の原理に任せている、ということなのだろう。

「ユリちゃん、これ」

頭でこの国のことを考えながらも、ユリは体を動かし続ける。
少しせっかちな客を丁寧にあしらいながら、徐々に客数が少なくなっていき、一つ二つは椅子が空く、といった状態へと落ち着いていく。
店の外を見ながら、そろそろ閉店の時間がくることを確認する。
油を燃料とした灯りがあちこちにつきはじめ、その柔らかな光で舗道がぼんやりと照らされている。

「いらっしゃい」

あからさまに怪しい格好をした、痩せた男が店へと入り込む。
一瞬その男の風体に、店にいた他の客の視線が、彼へと集中したほどだ。
この店は肉体労働者風の男か、もしくはまったくこの町を知らない旅行者の家族連れがほとんどだ。
その中で、長い茶色の髪を後ろで一くくりにし、長いローブを身に纏ったその姿は、異彩を放っている。ご丁寧に右手には杖まで持っている始末。
恐らく、昔の有里が魔術師を想像しろ、と言われればこの男の風体を想像するだろう、といった所謂下手な格好だ。

「うわーーーーーーーーーーー、ほんとにいた」

その怪しい男か猪突猛進、とばかりにユリへと走りよってきた。
思わず主人がもっていた鉄鍋を手に取り、頭へ思い切り振り下ろす。
鈍い音と、男が床へ崩れ落ちる軽い音が、店内に時間差で響き渡る。
思わずあっけにとられた客たちも、かわいい看板娘を狙った不埒な男を、さっさと担ぎ上げて店外へと放り出す連携の良さだ。
おかみは、その男たちに冷酒を特別に提供し、店内は何事もなかったかのような空気へと戻っていった。



 すでに慣れきった夜道をユリは一人で足早に歩く。
店で出会った男のことはすでに忘れ去っていた彼女だが、なんとなく悪い予感がしたのだ。
虫の知らせ、ともいうべきなのか。
だが、悪い予感ほど当たるとはよくいったもので、例の突進してきた男が夜の女たちをからかいながら、ユリを待ち伏せしていた。

「よ!」

右手を軽く上げ、日本でよくであったナンパ男のような軽さで声をかける怪しい男。
ユリは、一拍以下の判断で、人ごみの中を駆け出していく。
当然、それを追いかける男ではあるが、女たちがそれを放っておくはずはなく、さんざんひっぱられながらも、男は遅れを取りながらもユリの後を追っていった。
ユリが居候している一座がいる小屋と、定食屋はさほど遠くはない。遠くはないものの、人ごみと、女の足では、やはり男一人をまくのには無理がある。
だが、そんな物理的な問題などまるで無視するかのように、その男は、ユリの目指す小屋の前で、ユリを待ち構えていた。

「おまえ、魔術師か?」

医者が普段から白衣を着て行動しているかのように、あまりに想像通りの格好をした男に吐きつける。

「あーーー、かわいいこえ」

全くもって返事になってはいないが、恐らくユリがふんだ通りだろう。
この世界には、ユリが住んでいた世界とは決定的に異なる技術と人種が存在する。
それが、おそらく彼、のような魔術師という存在だ。
最初は理解できず、次にはゲームの世界のようなものを想像していたユリは、現物をしり、さらにはその成り立ちを学ぶにつけ、それがただ単に技術の一つに過ぎない、ということを知った。
だからこそ、あの宮廷魔術師ですら、このような格好をすることはなく、恐らく貴族の間では普通の衣装を身に纏っていたはずだ。
研究を行なうときには、それなりの格好をするはずだが、それは料理人が前掛けをするのと変わりはない。

「っていうか、何の用?」
「えーー、もう、つんけんしちゃって」

例えようがないほど軽い。
めまいがする頭を支えながらも、ユリは彼を観察する。

「おーさまの差し金?」
「ぶっぶーー、違いまーす」

いらっとする神経を宥めながらも、じわじわと距離をとる。だが、その距離もすかさず彼に縮められてしまう。

「スリリル?」
「違いまーす、二問連続不正解につき、ユリにはボクの口付けが与えられまーす」

思わず地面に頃がっていた石ころを思いつき彼へめがけて投げつける。
一瞬後悔したものの、あっという間に復活した男へ、もう少し大きい石が手に入れば、と、別の意味で後悔した。

「もう、だめじゃないかー、我が愛しの君」
「はあ?」
「ここは熱い抱擁で」

不気味な男がじわじわと近づき、ユリの両肩を掴んだところで、彼女の左頬から冷たく固い何か、が彼の方へ突きつけられた。

「や、ちょっと、それまずいって」

それは軽業を見世物とする、イアンが突きつけた剣先であり、それはまっすぐと彼の額へと向けられていた。

「余計な手出しだったか?」
「ありがとうございます、こいつ変態です」

ユリの言葉に、遠慮は無用、とばかりに、イアンが彼を威圧する。

「や、や、や、まあまあ旦那も落ち着いて」

じわじわと後退していく。

「んーー、なんか、タイミングが悪いみたいだし、今日はこれで失礼するねぇ」
「や、明日もあさっても用はないから」
「もー、ユリちゃんってばかわいいんだから」

振り払った剣先に彼の前髪が僅かに切り離される。
瞬間後ろへと飛びのいた彼は、ニヤリ、と自信溢れる笑顔を浮かべ、ユリへ片目をつぶってみせて消えていった。

「魔術師?」
「そう、みたいですね」

移動の魔法は単純だが難しく、それほど術者の数は多くはない。
旅をしてあちこち移動してきたイアンだが、それを目の前でみるのはもちろん初めてで、驚きを隠そうともしない。ユリはというと、見慣れた、だけれども第三のやっかいものになりそうな存在に、天を仰いでため息をついた。
(静かに暮らしたいだけなんだけどなぁ)
そんな呟きは恐らく、信仰していない神には届くはずもなく、ユリは、次の日から正体不明の魔術師につきまとわれることとなってしまった。


7.4.2009
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