出会い/第4話

「ねー」

無言で振り下ろした鍋が空しく響く。
まさしくヘタレ陛下ばりにユリへの付きまといを始めた魔術師は、客として入り込めば邪険にされないことに味を占め、ちゃっかりと店の常連となっていた。
祭りが終盤へと近づき、ますます人の増えたこの店で、ユリは時間限定で昼間も働いている。
つまり、魔術師は昼食も夕食もこの店でとっている、ということだ。
肉体的に鍛えられた男たちの間で、貧相な男は悪目立ちしている。
まして彼らが心の癒しだとひそかにあがめているユリにつきまとっていればなおさらだ。
剣呑な視線が彼に注がれる中、魔術師は平然と、へらへらとしながらユリに軽口を叩く。

「話ぐらい聞いてくれてもー」
「あー、忙しい忙しい」

忙しいのは本当のところで、ユリはお盆を抱えながら小走りに狭い店内を往復している。

「あ、飲み物追加ね」

こういった店は回転率が命であり、こういう風に粘る客はどちらかというと歓迎されない。
店主夫婦のあからさまに冷たい態度にもめげず、彼はちゃっかりと一席を占領している。
ついにはそれに耐えられなくなったのはユリ本人である。
客の男どもの殺伐とした雰囲気、ユリに申し訳ないと思いつつも、邪魔な男をなんとかして欲しい、と明らかに思っている店主夫婦。
そのどちらの圧力も、ユリには重たい。
魔術師が通いつめて三日目、二週間は続く祭りのちょうど中日に、ユリは魔術師と話し合うことに決めた。
ニアは今頃もう夢の中だろうか、と、現実逃避をしながら、魔術師に連れられて歩く。
どこへ連れていかれるのかと警戒をしながらも、たどり着いたのは普通の宿屋であり、飲食物を提供する一階にある店を潜り抜け、彼が借りている一室へとたどり着いた。

「で?」

いつの間にか用意された飲み物を手に持ち、ユリが単刀直入に切り出す。
へらへらとした笑顔を少しだけ引き締めて、魔術師が口を開く。

「ボクの名前はダレン・ブランシェ。ダレンって呼んで?」
「で?」

こういうやっかいごとは、最初からつきものだったよな、と、心の中で悪態をつきながら話をせかす。

「もー、そんなにせかさなくったって」
「明日も早い、手短に」

一座の朝食の準備があるのだ。
一日の始まりの食事をしくじれば、その日一日嫌な気持ちとなってしまうだろう。
賄いとして雇われている身としては、そんな無様な事態に陥りたくはないと思うのは当然のことだ。

「や、ね、ボク魔術師なんだけど」
「知ってる」

あれだけ見事に目の前で消えて見せて、普通の人間です、と納得する馬鹿はいないだろう。

「し、か、も、ボクって結構すごい魔術師なんだ」
「だから?」

すごい、と言えば、スリリルや、貧弱な宮廷魔術師の顔が真っ先に浮かぶ。ユリにとっては鬼のように迷惑な両名だが、確かに魔術師としてはかなりすごい、ということが最近になって理解できた。
普通はあんな風に簡単に呪ったり移動したり破壊したりしない。
その基準から言えば、移動の魔術をいとも簡単に操っている風のこの男は、かなり高度な技術を持っている、と考えられる。

「もー、ユリちゃんってば感動が薄い!」
「っていうか、あんたどうして私の名前をしっているわけ?」

最初から名前を呼んだ魔術師を怪しいものをみるかのように睨みつける。
確かにこいつは、ユリが呼ばれているのを聞いていたわけでもないのに、彼女の名を呼んだ。

「それは、ユリちゃんが運命の人だから!」
「はあ?」

突拍子もないことを言い出した男に、思わず席を立ち、部屋を出ようとする。

「や、やーー、ユリちゃん帰っちゃだめ」
「……頭のおかしいのも迷惑なのも間に合ってるんで」

ユリにとっては、陛下たちの所業ははた迷惑で頭がおかしいものである。誰が子孫繁栄のために異世界から人を連れ去ろうだなんて思いつくものか。きっとあいつらは大ばか者にちがいない、とユリはこぶしを握り締めながら思い出し怒りをしてしまう。

「だーーー、ちょっとユリちゃん、いいから聞いて」

最後まで聞かないことには、また店に迷惑をかけてしまう。
ただ、その一点だけで、ユリは部屋に留まる。

「手短に」
「もう、せっかちさん」

さすがにユリの年季の入った軽蔑のまなざしには堪えたのか、ようやく魔術師が詳細を語る。
一通り語り終えた後、ユリは脱力感に苛まれていた。

「……この大陸で三本の指に入る魔術師で」
「そうそう」
「一人はスリリル、一人は自分、もう一人はあんたの師匠」
「うん」
「で、その師匠は未来視が得意、と」
「もう困っちゃうぐらい当たるんだよね」

この世界にもユリがいた世界と同じように占い、というものが存在し、占い師、という職業が存在する。
その大半は、占いができるように見せかけた偽者で、一部が計算や統計で占い、ごくごく一部が魔術によって予見をする、というのがユリの知っている全てだ。当然そのごく一部などは庶民が一生出会うことはなく、人数は極少数だ。その希少性のある魔術師たちもほとんどはそれぞれに国や組織に雇われている。

「その師匠の遺言であんたがここにいる、と」
「そーいうこと。ね、これって運命じゃない?」

大きくためいきをつき、のっそりと立ち上がる。
受け取った飲み物には結局口をつけず、若干の渇きを気にしながらも、とりあえず家へ帰ろうと試みる。

「帰っちゃうの?」
「帰るっていうか、あきれた」
「ロマンチックじゃない?」
「ない」

最後まで話を聞いて少しは満足したのか、ダレンは引き止めるかわりに、ユリにくっついてくることで彼女は部屋を出ることができた。


7.8.2009
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