誰のためにバラは咲く?/第7話

「おはようございます」

主の部屋に入り、窓を開け、さわやかな風を通す。
明るくなった室内には、中心に置かれた寝台が見え、その上には当然主が体を横たえている。

「お嬢様?」

女中頭に習って、結局ユリもこのような呼びかけをすることにした。
この状態の主には、皮肉にも相応しい呼び方なのかもしれない。

「お嬢様?」

常ならば、ゆっくりとでもその半身を起こす主に、まるで反応がない。
三度呼びかけをする前に、ユリは静かに主の寝台へと近づく。

「お嬢様?」

間近での呼びかけにも答えない主は、その代わりに荒い息遣いで答える。

「お熱ですか?」

以前ならば決して触れることのできなかった額に触れ、その温度を確かめる。

「あつっ!」

常態ではありえないほど熱のこもった額に、反射的に手を引っ込める。

「あ……」

日の光に照らされた顔には、いくつもの斑点が浮かぶ。
よく見れば、その斑点は、夜着から覗く肌という肌に広がっている。
瞬時にユリの脳裏には様々な病名が浮かぶ。
そのどれもが強い伝染性を持っている、ということを思い出す。
だが、素人のユリに何ができるはずもなく、あわてて女中頭のところへと駆け寄る。

「お嬢様が」

言葉少なに彼女を連れ出し、主の部屋へと入る。

「顔に、斑点が」
「斑点?」
「はい、熱も高くて。体中にもあって」
「お嬢様に?」
「はい、今日お起きにならなくて、それで覗いてみたら」

顔をしかめた女中頭は、ユリをともなって寝室へと足を踏み込む。
そこには、やはりユリが話した症状を呈した主が、息苦しそうに横たわっていた。

「……疱瘡」
「あ、やっぱり、ここでもそういうんだ」

真っ先に思い浮かべたのは、子供の頃にやった水疱瘡という病名。
確か、一度やりさえすれば免疫ができたはず、と、そんな知識を引っ張り出す。それがこの国に適応できるかどうかはわからないが。

「女中頭は?」
「小さい頃に一度。でもお嬢様もなさったはず」
「ということは、本来は二度かかるものじゃないということですか?」
「ええ、そうです。そんなことより、お医者様をおよびしなくては」

慌てて下男に連絡を頼みに行った、女中頭を見送り、ユリは水がめから水を汲み、布を浸して主の額に置く。
何ができるわけでもない彼女は、ささやかでも主の辛さが減ればいいと、そう祈りながら。



「私には手の施しようがありません」
「なぜです?たかが疱瘡じゃありませんか」

女中頭が魔術師崩れの医者だ、という若者に詰め寄る。
彼は確かに、以前主の傷を見事に塞いだ腕前から、医者としては優秀であるはずだ。
その彼が、あっけなくも主の症状を見放す。

「薬は?薬ぐらいだったら出せるでしょ?」

この国は閉鎖的だが、歴史は古く、そこそこ腕のある魔術師も多い。また、魔術師上がりの医者が多いということも特徴だ。
だからここでは薬よりも呪い、魔術による回復が盛んに行なわれている。
その対価を払えば、ということだが。
だが、この病気は説明によればどれほど貧乏人でも一度はかかる病だ。その貧しい人々がみな、魔術への技術料が払えるとは思わない。僅かな症状の軽減にしかならないかもしれないけれど、より安価で手軽な薬が流通していないはずはないし、それもまた魔術師の収入源となるはずだ。
だが、医者は首をふるばかり。

「どういうこと?薬もない、魔術も効かない。そんな難しい病気じゃないはずでしょ」

風邪は万病の元、とはいうが、正しく対処すればどれにも道はあるはずだ。
なのに、詰め寄るユリにも女中頭にも彼は芳しい顔を向けてはくれない。

「申し訳ありません、これは私の手に負える案件ではありません」
「どういうこと?」
「申し上げにくいのですが、奥様は、呪われています」
「呪い!!」

女中頭と同時に声をあげ、顔を見合わせる。
女中頭にとっては聞きなれず、ユリにとってはまさに因縁ともいえる原因に、お互いの顔は厳しくなる。

「呪いって、だって、あんた魔術師あがりなんでしょ?だったら解けるんでしょ?呪い」

症状が悪化し、水すら飲めない状態の主に視線を向ける。
もはや水を浸した布ではまるで役にたたず、もだえるように体を掻き毟りながら苦しんでいる。

「ですから、私には手に負えないと」
「なんで?魔術師なんでしょ」
「魔術師も万能ではありません。人には向き不向きというものがある。ましてこれほど高度な呪いともなると、この田舎では解ける人間はいないといっても言いすぎではありません」

絶望的な言葉がユリの頭をすり抜ける。
女中頭は嗚咽を漏らし、掻き毟る主の両手を包み込むようにして握り締めている。

「じゃあ、どうなるんです?」
「このままでは」
「このままでは?」
「……、もう手の施しようは。もちろん都から腕の良い魔術師を連れてこればいいのですが」

この町と恐らくそういった技術をもった魔術師がいる街は、少なくとも馬車一日分の距離が離れている。目の前の医者は、医術に長けた術師だけあり、移動の術などは歩いた方が速い程度ほどしか使えない、と、申告済みだ。

「間に合うの?」
「申し上げにくいのですが」
「無理ってこと?」
「はい、向こうに運良く転移の術が使えるものがおりましたら、話しは違いますが。あれほど単純で、あれほど術者の数が少ない魔術もあまりなく」
「つまり、往復二日きっちりかかってたら?」

医者は黙って主のほうを見つめる。
魔術はそれに見合う金銭を支払えるものを救う。
この屋敷には、出し惜しみすることなく、主を救うだけのお金は存在している。
なのに、目の前で苦しんでいる主を救うことはできない。
ユリは、さらに魔術師に詰め寄る。

「死ぬってこと?」

静かに頷いた医者に、ユリは唇をかみ締める。
血の味が、口の中に広がる。
だが、もうどうすることもできない。
無力感だけが体を支配していく。
もし、魔術を勉強していたら、医術を学んでいたら。
考えても仕方がないことばかりが駆け巡る。
ただ泣くばかりの女中頭と、それでもと、熱さましの呪いをかける医者と、清潔で冷たい布に取り替える作業を繰り返すユリと、重苦しくも緊張した時間が過ぎていく。
その中、間抜けな物音がその緊迫を破る。
一瞬にしてそちらへ視線を走らせた三名は、そこに成人男性二名が床に仲良く這い蹲っている姿を見つけた。

「何者!」

瞬時に反応した女中頭に誰何され、もぞもぞと男二人が起き上がる。
この国では見られない美しい金の髪に、それを裏切る平凡な顔。
悪人とは思えないけれども、怪しい人間ではないとは言い切れない男性の顔がはっきりと三名からは見て取れた。
先ほどまでとは異なる緊張が走り、その緊張はユリによってあっけなく霧散する。

「来なさい」

小奇麗な格好をした貧相な男ではなく、黒色の衣装を身に纏った、これまた貧相な男の襟首を掴み取り、ユリが引きずるようにして寝室へと連れ込む。
女中頭は、その姿をあっけにとられたようにただ見つめる。

「なんとかしなさい」
「はい?」
「なんとかしなさいって言ってるのよ!あんた仮にも宮廷魔術師でしょ!」

そう、突然現れた闖入者とは、やはりフィムディア王国の国王陛下と、その宮廷魔術師、であった。

「それはもちろん宮廷魔術師ですが」
「だったら、この呪い、解きなさいよ」
「呪い?」
「ええ、とっとと、さっさと、きっちりときなさい」

襟首を掴んだまま強引に数度前後に揺さぶりをかける。
貧弱な体はユリのなすがままに揺れ、それだけでも具合が悪そうになっている。

「あの、ユリさま、落ち着いてください」
「やるの?やらないの?」

脅されるかのように主のそばまで押し出される。

「ああ、確かに呪われてますね」

主の姿を見てとり、あっけなくもそう判断をする。

「だから、とけっていってるじゃない、とけって」
「これぐらいでしたらお安い御用ですが、条件がございます」


5.26.2009
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