「琥珀、こいつが元凶なわけ?」
腕組みをしながら容赦ない視線を返している姉が訊ねる。
「はぁ、牡丹以外に気配はないですから、たぶん」
「それなら簡単じゃない」
鼻歌交じりに姉は着物の衿を掴み、ひょいっと持ち上げながらすたすたと先程通してもらった道を戻っていった。
「ね、ねーーさん!」
「何?」
「何って、いったいどうする気?」
「どうするもなにも、捨てるんじゃない、コイツ」
「捨てるって」
「だって、こいつが元凶なんでしょ?だったら捨てちゃえばいいじゃない。簡単簡単。私ってあたまいい」
姉さん、どうしてあなたはそう短絡的なのですか。
「いくら玄関から捨てたって戻ってくれば同じじゃないか、その子だって移動できるんだし」
「あ、そうか。じゃあ塩でも盛っておくとか」
「効きませんでした」
ばあやが悔しそうに呟く。
「お札は?」
「全く」
「お経」
「全然」
「聖水」
「日本の妖怪に効くのか?」
これはエリックさんが聞き返す。確かに、宗教が変わっている。
「じゃあ、どうすればいいわけ?」
姉に吊るされたまま、じたばたさせている牡丹を指差しながらのんきに尋ねてくれる。
だから、それを考えようとしていたところじゃないか、という私の叫びはなんとか飲み込む事ができた。
柱の傷は―――と、歌いだしたくなるような立派な柱に牡丹が縛り付けられている。
通された部屋は応接間とも呼べる部屋で、縁側のある8畳程度の部屋に、奥には普段は襖で仕切られているであろう10畳程の和室が続いている。
その8畳間では縁側の方向に縛り付けられた牡丹。それを囲むように私たちが座り込んでいる。もちろん琥珀とエリックさんは所定の位置で。
「さて、どうする?」
「いたずら専門とはいえ、気味悪がるのは確かみたいだし」
すっかり妖怪の存在に慣れてしまったエリックさんが冷静に対応している。途方に暮れた私たちは、とりあえず専門家ともいえるであろう琥珀の顔を凝視する。
「し、しりませんよ!どうしたらいいかなんて。だいたいいつもなら数ヶ月でいなくなるのに」
「居心地がいいのよ、ここ」
縛られても彼女は凛とした態度を崩さない。
「病人もいるみたいだし、そろそろ出て行ってくれませんか?」
エリックさんが低姿勢に頼む。彼女はつんと横を向いたまま返事もしてくれない。
「お願いですから」
もはや頼む姿勢も哀願じみたものになっている。ばあやも二人のやりとりをハラハラしながら、といった表情で見守っている。そういえば、元凶とも言うべき不可解な存在”牡丹”を目の前にしてもこの老女は動じない。さすがにエリックさんを育てただけはある、のかもしれない。
「琥珀を私にくれたらいいわよ」
プチンと血管が切れた音がする。わたしは理性よりも先に彼女の近くに詰めより、胸倉をつかんでいた。
「琥珀はものじゃない」
最初にもの扱いしたのは翠さんじゃないですかぁ、なんていう情けない声はこの際無視する。
「琥珀の自由は琥珀が決める。私をこれ以上怒らせるな、とっとと出て行け」
邪悪なオーラでも出ていたのか、白い肌を青白くさせて首ふり人形のように頷いている。
頭に上った血が下がりきっていない私は、その勢いでばあやの方へと振り返る。
「言葉に二言はないでしょうね」
姉とのことを認めろと迫る。ばあやの方も、不気味な現象が終了するかもしれない安堵感からなのか、私の詰めより方がアレだったのかはわからないが、首を縦に振ってくれた。
「翠さーーん」
私が恐かったのか、琥珀が泣きついてくる。よしよしとその頭を撫でてやり、私も気持ちを落ち着かせる。
これで一件落着、なんて時代劇の終了マークが頭に浮かんだ矢先に、年配の、それも男性の声が聞こえてきた。