「どうして行かなくちゃいけないんですかぁ」
「ねぇねぇ、やっぱりやめません?こんなこと」
前者は琥珀で後者はエリックさん、入れ替わっても大差のないセリフを吐き出している。まあ、琥珀は巻き込まれた人間だからそう思うのも仕方ないが、当事者ど真ん中のエリックさんがそういうのはいただけない。やっぱりというか瞬時にというのか、姉にデコピンを食らわされて蹲っているし。
「貴重な休みをさいているのに感謝して欲しいぐらいだ」
私としても、姉と廉君が絡まなければ、放っておきたい。こんなに面倒くさそうなことは。
「だったら、ね」
と同時に男二人が懇願するも、女二人で瞬殺してやる。
奇妙な5人連れがようやくエリックさんの実家にたどり着いたのは、すでに正午に指しかかろうとしていた。
「なんつーか、似合わない」
「純和風なのね」
どーんとお城の石垣のような塀がぐるりと屋敷を取り囲んでいる。都会とは違い、門扉は開けっ放しで誰でも自由に出入りできる。どこか昔懐かしい豪農の家を思わせるような造りだ。
「ばあ様の実家なんですよ、元々一人娘だったらしいですし」
それでも現実を見据えなければと思い直したのか、エリックさんはやっと自分のペースに戻っていった。
「いますいます、絶対います。お願いだから帰りましょうよう、翠さん」
ここまできてなおも渋る琥珀は私の背中で駄々を捏ねている。拒否権はないのだから、無駄な抵抗はやめておけばいいのに。
ばあやさんはこの間会った時よりもやややつれた面持ちで待ち構えていた。姉さん相手に毒舌を吐く余裕もなさそうに見える。
彼女に案内され我が家の居間よりも遥かに広い玄関に入ろうとしたら、黒い影が走り抜けようとした。咄嗟に右足を差し出し不審な物体に足止めを喰らわす。ちゃっかり姉さんが左足を出していたのには思わず顔を見合わせてしまった。
ふぎゃ!というよくわからないうめき声と、琥珀の絶叫がコラボレートする。
「痛いわね!!!!なにやってんのよ、おばさん!!!!!」
土間で出来ている玄関先にみっともなく這いつくばる格好となった不審者がわめく。高そうな着物を着た髪の長い女の子らしい。艶やかに流れる黒髪とばあ様の家にあったお雛様を思わせる、どこか懐かしいような風情を漂わせた美少女が悪態をついている。狐につままれたように一瞬姉も私も言葉を失ってしまう、あまりのギャップの激しさに。
「やっぱり、牡丹でしたか」
心底うんざりした声を絞り出した琥珀が相変わらず私の背中にへばりついている。もちろん彼の背は私よりも遥かに高いため、隠れられるものではないのだが。
「嬉しいぃ、やっぱり運命ね」
「悪夢ですよ」
「赤い糸よ」
「首に引っかかったら死にます」
乙女チックな牡丹と上滑りの会話を交わす。琥珀は本当に彼女のことが苦手らしい、私の両肩に置いた掌からじんわりと汗が滲み出ていることがわかる。
「だって、私に会いにきたのでしょ」
「……違うとはいいませんが」
「だったらやっぱり運命よ」
お祈りのポーズを取りながらにじり寄ってくる。当然その分琥珀は私への密着を強めてくる。
「私ならいつでもいいのに」
「子どもを相手にする趣味はありません。だいたい妖怪同士でどうしようって言うんですか」
「愛があれば乗り切れるわよ。今なら体操着のオプションがついてくるのに」
「そういう趣味はないと、何度言ったらわかるんですか」
艶っぽいんだか、ばかっぽいんだか良くわからない会話が私を挟んで交わされている。この美少女はどうやら琥珀の事が好きらしい。
「琥珀は嫌いなのか?こういうタイプ。かなり美少女だぞ」
「美醜の問題じゃありません。何百年単位で付きまとわれたらいい加減顔を見るのも嫌になります」
「私の愛の深さがわからないなんて…、ばかね、はやく一緒に暮らしましょう」
「だから、どうやって一緒に暮らすんですか、あなたと私では生活形態から成り立ちまでまるで異なるじゃないですか」
「あら、だったら私が合わせれば一緒に暮らしてくれるのね」
「未来永劫お断りです」
「もー、そんなに意地張ってないで」
「断るったら断ります!!!」
「照れちゃって、うふ」
本当に見事なぐらいかみ合わない会話は聞いていると疲れる。この子は人の話を聞かないタイプである、ということだけははっきりと理解した。
一向に琥珀が靡かないせいか、その琥珀が縋っている相手、つまり私に対して敵意丸出しのにらみを効かせてくれる。
「おばさん、どいてくれない?」
「琥珀が手に入ったらこの家から出て行くのか?」
「翠さん!!!!!」
薔薇でも降ってきそうなほど華やかな笑顔でぶんぶんと大きく頷く。
「翠さん、翠さん、翠さん!!」
壊れたレコーダーのように私の名前を繰り返す琥珀。狼狽を通り越してパニックを起こしているのかもしれない。
「大丈夫だ、琥珀。冗談だ」
「みーーどーーりーーーさぁぁぁぁぁぁん」
鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっている。少し悪い事をしたかなと、私でも思わないことはない。仕方なしにハンカチで顔を拭いてやる。
「悪かった、冗談だから。琥珀は家にいればいい」
「わぁーーーーーーーーーーーーーーーーん」
ぐしぐしと泣きぐずっている琥珀を宥めていると、後ろから蹴りが飛んできた。もちろんブロックしたが。
「なによ!!イチャイチャしちゃって。見せつけるためにきたわけ?」
「いや、そういうわけではないが」
完全に不機嫌になった妖怪少女は、小さい背で精一杯虚勢をはりながら睨みつけている。小さい子ががんばっている姿にうっかりほだされそうになる。