「そういえば、もう一人いるっていう妖怪は何を食べるんだ?」
「さあ?基本的に妖怪っていうのは個体主義ですからね。成り立ちもそれぞれ異なりますし。そもそも妖怪って言葉も一番しっくりくるってだけで、そのもの図張りを言い当てたものではないですから」
難しい話になってきた。彼はあぐらをかいてこちらを見据えながら話しつづける。
「まあ、最悪でも人間を食べるってぐらいですから、安心してください」
「できるか!」
こいつの基準はなにか狂っている。いや、人じゃないんだから仕方がないのか。
「オイ、最近起きている女子高生連続行方不明事件は、お前の仲間の仕業じゃないだろうな」
最近この街では、定期的に女子高生が行方不明になっている。彼女達に何の共通点も見出せないことから、営利誘拐ではない誘拐ではないかと囁かれている。
「仲間だなんて…。でも、そんなに頻繁に食事をとらなくても大丈夫ですよ、普通」
普通とはなんだ?普通とは。おおよそその言葉から世界で一番遠そうな物体に言われても説得力がない。
「最悪よりちょっと上はなんだ?」
「生気を吸い取るとか、血液を拝借するだとか色々です」
最悪だろうが、どれもこれも。もしかして、やっぱりそいつの仕業じゃないんだろうか。
この世のものとは思えない生物を認識してしまったため、事件とその生物を結びつけて考える思考が消えやしない。そんな余計な不安はとっとと解消するに限る。私は短気なんだ。
「そいつがいるところはわかるのか?おまえ」
「わかりますよ。今だいぶ調子が戻ってきましたし」
「調子が戻る?」
「はい、この家はいい思念を囲ってますね」
確かに、この家は古い。古いということはそれだけ人間が数多く住んでいたということだ。残留していた思念の1つや2つや3つや4つ、恐ろしいじゃないか。
「聞かなかったことにしよう」
「ともかく晴れたらそいつをしばきに行く。案内しろ」
言い放つと同時に妖怪が思いっきり嫌そうな顔をする。暇つぶしに行きたかったんじゃないのか?
「その妖怪が強かったらどうするんですか?翠さんえさになっちゃいますよ」
「安心しろ、武術は一通り会得している」
何の因果か古武道の師範などをやっている父親は待望の男児を得ることができなかった、それならばと、幼い頃からなぜだか次女の私がターゲットにされたのだ。今では父には敵わないまでも、道場の中では誰にも負けない。その道場は父の転勤に伴って私と同じ年のイトコが師範を務めている。
「それで鮮やかなストレートパンチを」
もろに受けてしまった鼻をさすりながら納得している。
「おまえも妖怪なら妖術ってやつを使えるだろう」
「いえ、まったく」
しれっと即答しやがった。
「それに僕は乱暴なことは嫌いだし、喧嘩なんて怖いし、身体だって弱いし。まあ、すぐに回復するけど」
つまりこいつの取り得はその見た目と長寿ってだけなんだな。
「できることといえば、変化ぐらいです」
ああ、さっきのインコね。
「まるっきり役立たずじゃないか!!」
「失礼な戦闘向きじゃないだけです」
まるで私がまるっと戦闘向きであると認定したような口ぶりだな、妖怪君。
「僕は平和主義者なんです」
日和見主義の間違いだろ。
「こういういい思念を持ったうちでのんびりするのが好きなんです」
やけに居着きたがったと思ったらそういうことか。
「だから、やめません?そんな無駄なこと。それにそいつが犯人って決まったわけでもないですし」
精一杯媚びを売ってるのかしらないが、そんなことを訴える。
私の性格では、本当に妖怪の仕業なのかどうかグジグジ考えるよりもはっきりさせたほうがすっきりする。単純だが結論は簡単だ。
「おまえ確認作業に付き合え、協力したらこの家にいてもいい」
思いっきり顔を顰めて嫌そうな顔をしたが、殊のほかこの家のえさが気に入ったのか、「なんにもしませんよう」といった泣き言とともに了承した。
大丈夫、おまえなんぞに期待はしておらん。
二人、正確には一人と一体?の思惑が一致したところで、夕食にとりかかろうとする。
「そういえば、おまえは?」
「今は大丈夫です」
どうやらエネルギー補給済みの彼はのほほんと答える。
「そんなことより、いいかげん名前で呼んでくれませんか?」
「はあ?名前ないっていっただろう」
当初そこから話がずれていったんだ。すっかり忘れ去っていたが。
「いえ、その時その時でご主人様がつけてくれていましたので、当然ここは翠さんがつけてくださるべきかと」
何を今更、といった顔をして妖怪男が主張する。今なんだか嫌な言葉を再び聞いたような気がするぞ。ゴシュウジンサマだとかなんだとか、いや、気のせいだよな。そんな単語。
「誰が誰の主人だ?」
机の向こうで寛いでいる男に、身を乗り出して、ついでに机を拳で叩いたりして確認する。
「翠さんが、僕の」
ためらいもせずあっさりとそう告げる。
脱力しそうだ。
私はとうとうこの歳で妖怪の飼い主になってしまったのか?
口から魂が抜け出てしまいそうな衝撃になんとか耐え切って、今一度質問をする。
「私が主人なのか?」
「はい、そうです。よろしくお願いしまーーす」
語尾をやけに伸ばした返事がツボに入るぐらい腹が立つ。
八つ当たり気味に妖怪の頭を叩いて、しっかりと畳を踏みしめて立ち上がる。
「おまえの名前はぴーちゃんだ。文句はないな」
思い切り顔を顰めて嫌な顔をする。ちょっとは気が晴れた。
「それはないです!そんな名前は嫌です」
先ほどのインコから想像した名前は、思った以上に嫌らしい。元々私は名づけにセンスがないと言われている。犬ならポチ、猫ならタマ、鳥ならピーちゃん。
「仕方がない、では琥珀ではどうだ?」
これもまたインコの黄色、正確にはクリーム色だが、から想像した単純な名前だが、ピーちゃんよりはましだろう。黄色っぽい色の名前なんて他には黄土色ぐらいしか知らない。
妖怪は生意気にも少し考える素振りを見せ、次には全開の笑顔で頷いた。
「素敵な名前です!はい、僕琥珀です!」
アホな子のように繰り返し名前を呟いている。どうやら気に入ってくれたらしい。
そんな彼の仕草に、なぜだか癒されている自分がいたりする。
この家に一人はどうやら寂しかったようだ。
いや、今も一人には違いない。こいつは間違いなく人以外のものなのだから。