古典棋譜鑑賞 秀和06

06天保10年4月4日 1839 土屋 秀和 井上因碩 黒1目 辛勝した因碩との第2局
杉内九段の解説より抜粋
 天保10年には幻庵・秀和戦は3局あり、1勝1敗1打掛。丈和隠退の半年前、幻庵・秀和決戦の前哨戦である。因碩8段、秀和6段であった。本局は秀和が幻庵に押しまくられながらも、二枚腰を発揮してよく1目残した。
この碁で見る限り、秀和は幻庵の射程内にある。幻庵にとって秀和は勝てる相手である。しかし、本局の1年半後の争碁第一局では秀和の先番を幻庵は制することが出来なくなっている。
 秀和の跡目は翌天保11年5月に聴きとどけられたから、土屋姓を名乗っている。
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「日本囲碁大系 第14巻 秀和 解説 杉内雅男」

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古典棋譜鑑賞 秀和07

07天保10年11月2日 1839 先相先 先番 太田 雄蔵 本因坊秀和 白1目 変幻自在の雄蔵を自然流で定先に打ち込んだ碁
杉内九段の解説より抜粋
 天保4傑の2番手、太田雄蔵も多作であった。
 雄蔵・秀和戦は天保9年3月の互先に始まり、嘉永4年2月まで136局が残されている。算知・秀和戦より3局多く、同一者の対局としては古今に類を見ない。
 算知の碁は力であり、雄蔵の碁は華麗である。算知が取る碁なら、雄蔵は捨てる碁。変化が自在であり、思いもよらぬ振り替わりが雄蔵にはある。
 秀和は「相手の棋風に合わせ、相手の力に応じて碁を打ち分ける。」といわれる。従って、渋く、地にからい棋風を内臓しながら、算知に対しては力で答え、雄蔵には自らも自在の変化で応じる。
 136局に及ぶ雄蔵・秀和の総合成績は、
秀和黒番 23勝5敗3持碁1打掛
秀和白番 44勝54敗5持碁1打掛
と、秀和が圧倒しており、嘉永6年の対秀策30番碁で秀策に突っ張った雄蔵も、秀和を苦手としたようである。
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古典棋譜鑑賞 秀和08

08天保11年11月17日
 御城碁
1840 互先 先番 坂口 仙得 本因坊秀和 白1目 初出仕の御城碁、白番で勝利 AB
杉内九段の解説抜粋
 秀和21歳、仙得40歳、秀和の初の御城碁である。
 御城碁は11月11日から16日までに下打ちが行われるのが慣例であったが、その下打ちを終えてほっとした秀和は、16日、幻庵との4番争碁を命ぜられたのである。
 翌17日、晴れの舞台で仙得と共に下打ちの碁を並べる秀和は、列席の幻庵(この時幻庵は手空き)の鋭い視線を感じたことであろう。

福井九段の解説抜粋
 仙得は7世安井仙知の弟子で、7段に進んだのは天保9年、38歳。入段が22歳という晩学で、「常套になずむ」という評もある。天保4傑の一員で、ことに筆頭と目される太田雄蔵には互先を許さなかった。
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「古典名局選集 堅塁秀和 解説 福井正明」

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古典棋譜鑑賞 秀和09

09天保11年11月29日 1840 先相先 先番 本因坊秀和 井上 因碩 黒4目 秀和が生涯で最も力を傾けた一局 AB
 本局は、秀和が生涯でもっとも力を傾けて打ったといわれる碁で、日本囲碁大系秀和では杉内九段が「生涯の一局」に位置づけている。
 丈和が隠退して直ぐに幻庵因碩が名人碁所願を提出し、本因坊家が反対しての争碁であり、本因坊家は跡目の秀和を指名した。秀和が7段であるから、秀和先の手合割で4局打って打ち分けなら、幻庵は名人ということになる。
 しかし、因徹は消化器系統の疾患が悪化して、これ一局で争碁を取り下げている。そして因徹は、後年の著「囲碁妙伝」で敗因を述べている。「この一局、創り敵に先を置かせて確かに勝つべきと思う一心絶えず、故にかえって勝つあたわず、大いに孫子の意にたがえりというべきか、諸君子よう察せよ」

杉内九段の解説
 秀和は一世代上の丈和、幻庵のような、強烈な個性の人ではない。人の口にのぼるほどの特性はほとんど持ち合わせていない平凡の人である。そこにむしろ我々は、たえず数量的なものに還元し、収斂していくその打ち碁と共に、近代的なものを秀和に認めるのである。
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「古典名局選集 堅塁秀和 解説 福井正明」

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古典棋譜鑑賞 秀和10

10天保12年2月18日 1841 伊藤松次郎 本因坊秀和 白8目 ポンヌキを許して勝利という大きな驚きをもたらした碁
杉内九段の解説抜粋
 松和・秀和戦は40局の遺譜があって、互先から始まり、松和が先相先に打ち込まれ、その後、定先と先相先を往復した。秀和黒番7勝1持碁2打掛、白番14勝16敗。秀和黒番持碁の一局は、御城碁における対秀策3目負けの碁と共に松和生涯の傑作である。しかし、黒番8局のうち、1局の持碁が相手の賞賛につながるということは、秀和に対する賞賛に他ならない。それほど秀和の碁は隔絶した存在であったと言えよう。
 本局は中央に近い地点で白がポンヌキを許して、尚勝利したという大きな驚きを持った碁である。この大きな驚きの発見の喜びは、後世秀和が愛されるゆえんでもある。
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