この本読んで!

「この本読んで!」は、僕の読書日記兼図書紹介です。

韓国だけでなく、それに付随したいろいろな分野に広げ、

主として僕の興味関心の赴くまま取り上げました。

主として文庫・新書を紹介していますが、高くて難しい

本ではなく、買い求めやすいものを選んで載せています。

また、紹介した本をクリックしていただくと、

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また、ここで紹介した本の読書感想文も随時募集中!

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 「Korean Fan」雑誌

 韓国に関するHPを作っているにもかかわらず、僕が韓国に興味を抱くようになってまだ1年余り。実際に韓国を訪れた回数も2回だけで、日数にして17日くらい。圧倒的に経験や知識が足りないのだ。これではすぐに「韓国徒然草」のネタが尽きてしまう。そこで、足りない知識を補うために、韓国に関する本を読んでいる。もちろん、百聞は一見に如かず。読書で得た知識よりも実際にこの目で見、この体で経験した方がいいには違いないが、貧乏ヒマなし。韓国に行く時間もお金もあまりない。そこでこれからはときどき韓国に関する本を紹介することにした。もちろん日本語で書かれたものばかり。この文章を読んで、一人でも多くの方が興味を持って、実際にその本を手にしてくれたら幸いである。

 さて、栄えある第1回目の本は雑誌。最初は入りやすいモノから紹介したい。その雑誌は「Korean Fan」(フューチャー・ドリームエンタープライゼス)といい、今年創刊されたばかり。「韓国大衆文化のすべてを満載!」というキャッチコピーが示すように、韓国の現代文化を多岐に渡って紹介している。

 この雑誌を知ったきっかけは「韓国語をモノにするためのカタログ2000年度版」(アルク、1999年)の情報誌コーナー(*1)。前から読んでみたいと思っていたが、このたびヴァージンメガストアで購入することができた。内容の半分近くが音楽情報。韓国の有名アーティストのインタビュー(この号はヒョンジョン)や「'99上半期新人Pick up」という特集など盛りだくさん。どうしても日本ではアメリカやイギリスなど西洋の音楽情報しか入ってこないので、ある歌を何かのきっかけで聴いても、それがどんな人なのか分からない僕のような人には、大変お得だと思う。

 しかし音楽情報だけにはとどまらない。映画情報あり、ワールドカップ情報あり、ハング入門ありと、韓国に興味を持つあらゆる人に為になるように作られている。逐一その内容を紹介するわけにはいかないので、今回は僕が特におもしろいと思った記事を紹介したい。

 まずは「高校生の韓国体験レポート」。どういう基準で選ばれたか分からないが、日本の高校生が韓国に関して、自分の興味に引きつけて何かを紹介するコーナー。今回は韓国サッカーについてのリポートで、いかにも高校生らしい表現で(ごめんなさい)、彼なりに韓国サッカーと対日感情について検討を加えている姿勢が興味深い。僕は韓国を理解し、韓国の人と交流するには、どうしてもその反日感情を直視することは避けて通れない道だと考えているので、この高校生の文章に感動できた。

 そして「メアリー通信」。僕は前号をまだ持っていないので、果たしていつもこんな内容なのか分からないが、この号では「韓国の高校に行ってみた」という題に導かれてソウ市内にある男子校の紹介をしている(*2)。その学校では、第2外国語をドイツ語か日本語どちらかを選択しなければならない。そこで日本語を勉強しているクラスに訪問して、授業風景を見、日本についてインタビューするというもの。こちらはさっきとは逆に、韓国の高校生の日本観が窺うことができる。彼らのインタビューを載せるだけでなく、文通したい日本の高校生まで募集している。

 いずれの企画も高校生に的を絞ったもので、どうも僕の興味が偏っている(といっても「高校生好き」ではない)ことを再認識してしまった。しかし僕が韓国に興味を持ったのはつい最近のことであり、個人的には遅すぎたと悔やんでいる。好奇心旺盛で、それに追いつくことができる暗記力や学習意欲。そんなものを備えている高校時代にもっともっと隣の国について勉強すべきだと今は思っている。そうした過ぎし日に対する叶わないあこがれやうらやましさがあることは確かだ。そういう意味で、本当にいい企画だと思う。

 この雑誌は、一般書店ではなかなかお目にかかれず、東京を除けば関西では大阪・ソウル書林、九州では紀伊国屋福岡本店と、同じく紀伊国屋小倉店だけである(*3)。しかし、ヴァージンメガストアやタワーレコード、TSUTAYAなどの全国展開しているミュージックショップにも置かれているので、ぜひ一度買ってほしいと思う。一部1,000円と厚さの割に高い感があるが、それでも厭わないという人はぜひお願いしたい。発売日は偶数月の20日。また、これらのお店も近くにない人は定期購読も可能である。先に紹介したアルクの本で調べてもいいし、直接僕にメールを送っていただいても知ることができると思う。これからもこの雑誌を盛り上げていきたい。なんせできたてほやほやの雑誌なので、僕らの意見で新たなコーナーが作られる可能性はいくらでもある。今から楽しみだ。

☆解説☆

*1 この本も韓国語を勉強したい人には見やすくておもしろいコラムがたくさんあってお薦め。ぜひ書店で探してほしい。

*2 余談だが、韓国の高校は原則的に男女別学。共学の学校は本当に稀だそうだ。

*3 現在では一般書店でも購入可能になった(2000年現在)。

(1999 07/14 up)

 関川夏央『ソウルの練習問題』文庫

 今回も本の紹介をさせていただく。それは僕をして韓国に興味を抱かしめた本である。それが関川夏央『ソウルの練習問題』(新潮文庫、1988年。元は情報センター出版局・1984年)である。うちの大学では年に2回、文庫本バンドルフェアーといって、3冊以上文庫本を買うと15%offになるというセールがある。確か3冊買う頭数をそろえるためにこの本を買ったような気がする。しかし旅行前・旅行中を含めて計3回読むほど好きになった本だ。

 関川さんは小説も書いているようであるが、僕の中ではノンフィクション作家というイメージが強い。それはこの本が僕に与えた印象が大きいからだ。関川さんは韓国語を勉強した上で、韓国旅行に赴いたが、氏の目指したものは、韓国に対して卑屈になるでもなく、尊大になるでもなく、そして韓国の内実を傍観して皮肉を込めるでもなく、韓国やソウを記述するということであった。その内容は大きく3つに分かれると僕には考えられる。

 一つは韓国を全身で感じながら自由気ままに振る舞うルポ。バイクでパンムンジョ(板門店)に行く途中にバイクが故障したり、写真を撮影していたところスパイと間違われて警察に捕まったり、安い居酒屋でほろ酔いになりながら韓国の人と語ったりと、すごくうらやましくなってしまう。僕もこの本の影響があって、できるだけ貴重な経験をしたいという気持ちで韓国旅行した。私服警官に呼び止められて尋問されたときは内心ガッツポーズだった(*1)

 その次はスンジャという女性との甘酸っぱいラブストーリー。二流ホテルのバーでカクテルを作っている24歳の韓国女性スンジャと親しくなり、デートを重ねたりしながらどんどん親しくなっていく。しかし読んでいてもいらいらするくらいプラトニックで、結局うまくいったのかどうか分からないもどかしい展開で終わってしまった。もちろん二人のやりとりには、お互いの考え方の相違から来るすれ違いがあり、考えさせられることがある。例えば、スンジャが日本に来たいと言ったとき、作者は日本語ではなく英語を話すことを勧めた。どうしても英語を最重要視してしまう日本においては、下手な日本語を使う外国の人よりも、英語を話す外国の人に対して寛大である(*2)。こんなちょっとしたメッセージも漏らしてはいけないだろう。

 そして最後の一つが韓日の間に横たわる諸問題を描くことである。これは文章の端々に見られるが、第三部「渡るべき多くの河」の中で在日の方にインタビューを試みるという形で大きく結実している。そうしたインタビューを試みた動機を関川さん自身、韓国との接触により異文化を認識し、そして異文化に接した際に自らの取る行動、或いは思考回路を尺度として日本文化というものにも目を向けようと試みた結果、こうした経験を無意識的・宿命的にする在日の人に目を向けるべきことに気付いたこととしている。僕も去年あたりから、戦後の韓日関係を考えていく上で、「在日」という存在をもっと直視しなければならないことを再認識した。まだまだ不勉強だが、実際に在日の方と接していき、これからの韓日関係に対する解決の糸口を見つけていけたらと思う。

 この3つの分類は決して完璧なものでなく、明確に章立てされているわけではない。しかしこうした要素が渾然一体となって、僕の興味を引きつけ続けたことは確かである。逆に言えば、前の二つだけでなく第三点目を含めたことに意味があると思う。こうした「渡るべき多くの河」が韓日間に厳然と横たわっており、そうしたことに目を向けないようでは韓国を理解できないだろう。

 僕の「韓国徒然草」も、考えてみれば関川さんの影響があるかもしれない。いずれにせよ僕にとって貴重な啓蒙書である。但し、充分笑うことができるほど楽しい内容でもある。是非お薦めしたい。

☆解説☆

*1 当然実話。こういうところ、僕はばかだなあと自分で思う。この事件は第一回目の旅行の時、最終日にあったことだ。当時韓国の大統領はデジュン氏に替わって間もなかったことと思うが、僕は大統領官邸(チョンワデ。青瓦台)付近まで行くことがヨンサ政権期に許されたという情報を聞いていた。そこでこの目で大統領官邸を見ようと思ったのだが、1kmほど手前で私服警官に止められてしまった。僕が覚えていた数少ない韓国語で会話をしていたが、そのうち無理が生じ、そこから英語に切り替えて話をした。彼は「なぜ官邸に行きたいのか?」と尋ねたので、「行きたいから」と答えたら不納得の様子。結局押し問答の末、方向転換を余儀なくされた。ちょっと悔しかった僕は振り向きざまに彼の写真を撮り、走って逃げた。危険人物である。因みに現在は行くことが可能になったと聞いている。

*2 僕は外国語=英語という感覚が嫌いだ。「英語を話せたら10億人と話せる」と言うが、それなら中国語やスペイン語を勉強した方がより多くの人と話せるだろう。ばかげた意見だろうが、要は英語万能主義の考え方に疑問を持っているということだ。

(1999 07/15 up)

 野村進『コリアン世界の旅』文庫

 またまた本の紹介である。この文章を見て、実際に読んでみようと思ってくれる人がいようがいまいがマイペース。どんどん紹介してしまおう。

 今回紹介する本は野村進『コリアン世界の旅』。もとは1996年に講談社から出た本であるが、1998年に文庫化され、講談社+α文庫のラインナップに加わっている。この本は大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション章をW受賞した本なので、比較的有名なものかもしれないが(*1)、僕がこの本を知ったのは文庫化されてからである。

 この本は、在日朝鮮・韓国人の姿をできるだけ正確に伝えようとするノンフィクション作品で、足掛け3年に渡って取材してきた成果を記している。「在日」と言っても国籍上朝鮮と韓国に分けられ(*2)、作者はそれらを総称する形で「コリアン」と呼んでいるが、この本は構成を見ただけでも従来の在日問題に関する本とは一線を画するものであることが分かる。全体が三部構成となっているが、まず「コリアンとは誰か」の中で、日本社会において「見えない存在」となっている在日コリアンの問題に焦点を当て、帰化や民族教育などの姿を我々に提供してくれる。そして次の「コリアン世界の旅」では、日本を脱出して韓国・アメリカ・ベトナムにおけるコリアンを紹介し(*3)、在日コリアンとの比較を試みたり、韓国の歴史やコリアンの民族性について言及する。そして再び日本に目を向け、「終わりと始まり」の中では、在日コリアンのこれからの方向性を模索する内容で筆を置いている。最後の章で、在日の歌手・新井英一さんを紹介するあたりは(*4)、滑走路から今まさに離陸せんとする飛行機のように大空へ飛び立つ希望にあふれているような感じがした。この三部、特に第二部がスパイスのように強い影響を与えて、すばらしい作品に仕立てられている。

 一部と三部の内容もバラエティーに富んでいる。焼き肉に関する話、パチンコ問題、阪神大震災、ソン(金日成)と日本との関係。こうした章立てを見ただけでも、作者が多角的に在日コリアンを捉えてみようとする意気込みが窺える。

 僕自身、日本史を学んでいく上で、在日問題に関する流れや現状を、本の上では分かっていたつもりであるが、まだ彼らの思想的背景や心情といった内部に関しては、いかんせん経験不足のため、知らないことばかりである。また、例えば僕の知りうる範囲での在日の方でも、それぞれが多様化して違いすぎており、見えてこないしつかみ所がないというもどかしさがあった。しかし、作者は200人以上の人に取材し、その人たちの言葉をつなぎ合わせながら、巧みに論を展開している。タブーに対しても引くことをせず、積極的に自分の足で突き進んでいこうとする。そんな姿がまるで見えてきそうな作品だ。

 文庫本にして500頁弱と決して短くはないが、僕ら自身をも顧みてみようとさせる啓蒙書だと思うので、読み終わったあとの充実感は言い表しようがないだろう。

 韓国と日本は距離が近いため、とても密接な関係にある。だから韓国に興味を抱いたその日から、いつかは芋づる式に朝鮮民主主義人民共和国、在日問題、第二次世界大戦、それ以前の関係などに関心が広がることは自然だと思う。今ある韓国の文化や政治・社会などを切り取っても、それはまるで人体の生首だけ愛でているようなものだろう。他人を100%理解できないように、僕らが韓国や他の国を100%理解することは不可能だろうが、全体を見たいという欲求だけは諦めたくない。

☆解説☆

*1 例えば、僕がよく行く韓国料理屋さんの常連さんで、やはり韓国語を勉強している社会人の方がいるが、その人もこの本を読んで感動したとおっしゃっていた。また、『アジア学のみかた。』(朝日新聞社、1998年)の中でも紹介されている。そう言う意味ではわざわざ僕が紹介する必要もないかもしれないが、この本を抜きに韓国を語りたくないので、今回紹介させてもらう。

*2 ご存じの人もいるかもしれないが、基本的に朝鮮民主主義共和国籍の在日の人は存在しない。あくまで「朝鮮籍」である。また、帰化して日本国籍を取得した在日の人もいる。作者はこれらをすべて包摂する意味で「在日コリアン」という言葉を用いているが、僕は基本的に「在日」とのみ記している。もちろん、「在日」だけではブラジルやフィリピンなどの人も含まれてしまうが、僕はとりあえず日本に住む韓民族の方々を指す言葉として使わせてもらっている。

*3 この視点こそ、僕の知る限り作者野村進のオリジナリティーであろう。韓日関係だけで在日問題を捉えず、もっと相対化しようという積極的な試みであるが、僕はその手法が成功していると感じた。

*4 僕は以前に著名な在日の人を何人か教えてもらったことがあるが、この新井英一さんという歌手は残念ながら全く知らなかった。調べてみたところ、インディーズではなく、一般CDショップでも彼の曲を購入できることが分かった。何枚もCDを出しているが、シングル・アルバムともに「清河への道」というタイトルのものが有名なようである(なお、'99年末に購入)。

(1999 08/05 up)

 渡辺吉鎔(キルヒョン)『韓国言語風景』新書

 「この本読んで!」を書いていく中で、僕が今まで読んできた韓国やその周縁に関する本に大変偏りがあることに気付いた。それはそれで僕の趣味なのだから仕方がないと半ば諦めてもいるが、今回はちょっと肩の力を抜いて読める本を薦めたい。

 その本とは渡辺吉鎔『韓国言語風景−揺らぐ文化・変わる社会−』(岩波新書、1996年)である。作者は慶応義塾大学総合政策学部教授で、言語学を主として専攻されているようである。どうやら日本の男性と結婚された韓国の方らしい。

 他の国や地域を知るとき、願わくばその地域の言語を理解してみたいという欲求にかられる。しかしどうしても「面倒くさい」とか「難しい」という困難が伴うだろう。韓国語は中国語や英語と違い、語順が日本語と同じ膠着語であり、また文字であるハングもほんの少しの時間で基本的には読めるようになる。しかし単語や表現をただ暗記しようとするとそのうち面倒になり、覚えては忘れ、覚えては忘れ・・・。その繰り返しになってしまう。いっそ留学すれば生活の中で身に付けることもできるだろうが、それとてそうそう簡単にはできないことだ。

 そんなある一定度で自分の韓国語勉強に限界を覚えた人、またハングが全く分からなくても韓国語の思想的背景などを知ってみたい人には、この本を薦めたい。この本はハングが全く読めなくても楽しく読める構成になっているのである。

 内容の組み立て方もうまい。まず韓国語の思想的背景、例えば陰陽思想や身体感覚を説明し、「ほら、気付かなかったかも知れないけど、韓国語と日本語はすごく似ているんだよ!」ということを教えてくれる(*1)。つかみはOK!しかしちょっと韓国や韓国語について知識があれば、「そんなこと知っているよ」となってしまうが、そこで今度は我々のイメージとかけ離れた現在の韓国女性の姿や、ここ最近の韓国の世代交代などの話を、言葉と絡めて教えてくれる。そこでもやっぱり「韓国と日本って似ているなあ」と思わせてしまう。更に韓国での現代詩を日本語訳して紹介してくれているのはありがたい。どうしても韓国の現代文化を知りたいと思うと、音楽や映画、テレビ番組といった視覚・聴覚に強く訴えるものに頼ってしまいがちなので、新しい驚きを与えてくれる。最後に言語学に基づいて言語の類似性を説いたり、単なる記号に見えるハングの成り立ちを分かりやすく説明。また誰もが思う「韓国語と朝鮮語は一緒なの?」という疑問にも答えてくれる。

 「韓国語は知りたいけど言語学はちょっと・・・」と思わずに読んで欲しい。すらすら読めて、しかも「やっぱり韓国語をもっとがんばろう」という気にさせる。また、随所に韓国の生活の様子を盛り込み、習慣や文化に対しても教えてくれる。比較的最近の本ということも、急激な変貌を遂げている韓国の「今」に近い姿をつかまえるのに役立ちそうだ。

 この本は何気なく買ったに過ぎないが、今思えば大変お得だったと思わずにはいられない。僕がよく行く韓国料理屋さんの常連さんも「いい本を見つけた」と言ってこの本をカバンから出して下さったときには思わず嬉しくなった。

☆解説☆

*1 例えば体を使った慣用句。「目が回る」「鼻が高い」「耳にたこができる」などは日本語をそのまま直訳しても通じてしまう。色彩感覚も似ているようで、韓国でも「真っ赤な嘘」という言葉が使われているらしい。

(1999 08/08 up)

 宮塚利雄『誰も書けなかった北朝鮮ツアー報告』文庫

 その本を読んだのは、2回目の韓国旅行のとき。プサンからソウまでのムグンファ号の中である(*1)。この電車は全席指定で、中央の廊下を挟んで、左右にシートが3つずつあった(*2)。僕とMくんが座ったので、自然もう一つ空いているわけだが、そこに座ったのはどうやらソに合わせて、帰省するらしき軍服姿のあどけない少年だった。僕が中央に座り、その両脇にMくんと彼が座っていたが、僕はその本を読みながら「もしこの少年が漢字を読めたらどうしよう」と心配していた(*3)。その本とは宮塚利雄『誰も書けなかった北朝鮮ツアー報告』(小学館文庫、1998年)である。

 僕は韓国と日本との関係を考えていく上で、どうしても朝鮮民主主義人民共和国を抜きにして見ていくことはできないと感じた。かといって、連日テレビで報道される内容を見ていても、ピンと来るものではない。朝鮮民主主義人民共和国に関する情報というのは、かなり限られており、玉石混淆の中から取捨選択していかなければ失敗するだろうと考えた。そこで、とにもかくにも実際に行かれた方のリポートを読んでみることに決め、選んだのがこの本である。

 作者の宮塚さんは現在、山梨学院大学助教授。『パチンコ学講座』『日本焼肉物語』などの著書で知られ、韓国への留学経験もある。

 作者が朝鮮民主主義人民共和国に渡ったのは1991年。その年の内に2回訪れたが、翌年には入国拒否されてしまうことになった。この本はそのときの体験を書いた『北朝鮮観光ガイド』(宝島社、1992年)に書き下ろしを加え、文庫本化したものである。そもそもが「観光ガイド」と銘打っているので、旅行記と言っても、その記述はどちらかと言えば淡々としていて、おもしろいエピソードはさほど含まれていない。しかし実態が殆ど分かっていないこの国の場合、むしろこの方法の方が親切なのかも知れない。

 実際の内容であるが、行き方や観光の方法、観光地の案内、買い物などが中心である。しかし、例えば観光の方法であるが、朝鮮民主主義人民共和国の場合、フリーな旅行は殆ど望めず、どのような形であれ、ツアーコースに参加し、案内員が付き従っていなければ行動できないというのは驚きである。自分でプランを練って、旅行の過程を楽しみたいという僕には、あまりなじまないもののようだ。また、有名なソンバッヂなども写真付きで紹介されている。観光地に関する作者のコメントも苦笑したくなるようなおもしろさである。

 また、作者は入国を拒否されて以降、中国に行き、国境の町から何度も朝鮮民主主義人民共和国を垣間見ている。当然ではあるが、韓国との国境と比べると、ずいぶん自由な雰囲気のようである。

 この本を読んだとしても、朝鮮民主主義人民共和国に対するイメージに大きな変化が生まれることはさほど期待できない。しかし、こうしたイメージを作り、実行させているのはあくまで政府であって、そのイメージで庶民まで見てしまうのはいささか危険ではないだろうか?作者は数人ばかり普通の人と会話をしている。あるハラボジは「ニッコリ笑っていた」(205頁)そうだ。僕もこの笑顔を見てみたいものである。

☆解説☆

*1 「韓国旅行記2−3」参照。ここで軽く触れた「北韓の本」というのが、この本である。

*2 ついでにムグンファ号の座席に関して一言。セマウ号や日本の電車に比べて、前の座席との距離が狭く、圧迫感がある。韓国の人は概して足が長いので、これでは大変だろう。

*3 韓国で普通教育を受けている若い人は、漢字をあまり読めない。実際、韓国で見かける漢字はごく限られており、自分の名前はともかく、友達の名前となると「漢字は分からない」という人が多いようだ。

中国はともかく、韓国旅行に際して、漢字による筆談はあまり望めないと思った方がいいだろう。

(1999 08/22 up)

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