宅急便の贈り物

 今で言う戦略爆撃は、発想は第一次大戦中に生まれたていて、ドイツでも日本でもちょこちょこやった。

しかし目覚しい戦果とは直結しなかった。戦略爆撃が有効な攻撃手段として成功したのは、第二次大戦末期の事

だった。

 1942年にはヨーロッパの地上戦は終盤となり、次はドイツ本土の攻撃だ!となったときに登場したのが、

映画「メンフィス・ベル」でお馴染みのB-17である。余談だか「メンフィス・ベル」と言うのは、機長の恋人

についたニックネームなのだそうだ。結局この機長さん、彼女とは結ばれなかったとか・・・

 B-17 が担いでいたエンジンが9気筒のライト・サイクロンで、これに問題のインター・クーラー付き

ターボが装備されていた。公称出力1200馬力だが、過給の効果で高度1万メートルでも9割近く出たそうだ。

敵の本拠地に入っても高射砲の弾が届くわけで無ければ、敵機が出迎えるわけでもない。悠々と高い所を

飛んで、せっせと宅配サービスを営んだ。お陰で爆弾配送業が成り立った。

 

 ターボは言わば、アメリカの特権だった。この当時、排気系過給機を実用化した国は他にない。ターボは

現実に難産であった。

 吸引式のキャブレターの場合、ベンチュリー管の圧力が下がるために燃料が吸い出される。しかしターボが

回りだすと、ベンチュリー管の圧力が逆に上がるため、燃料が吸い出されなくなる。(スーパー・チャージャー

も同様の課題を抱えていたと思うが、それらしい記述がない。おそらくアイドリング時は濃い燃料のために

むせ返っていたはずである)

 そこで吸気圧や気温、もしくは湿度などを量って、それに対応する燃料を噴射することにした。今日の

EFIの走りである。但し、各気筒におけるインテーク・バルブの直前に噴射ノズルを置くではなく、従来の

キャブレターに組み込む形で噴射ノズルを設置した。この仕組みを開発したのがチャンドラー・グローブ社

だった。

 燃料噴射システムを含めて、ターボ付きエンジンを自動車に持ち込んだのは、アメリカのGM社である。

1946年ころからターボを手がけていたギャレット・エアリサーチ社と手を組んでたGM社が1956〜1961年の

間にやってのけた。                                (Fulcrum 著)