背中に翼が生えたその日
今日のレーシングカーのピット作業や、リタイヤしたクルマの撤去作業を見ると、市販車とは異なり、車輪が
宙に浮いてもサスペンションがリバウンド側に伸びる方向には動かない。これは走行中のレーシングカーは
空力的なダウン・フォースを受けて沈み込んでいるために、停止状態におけるリバウンド・ストロークが
無い場合でも走行中は充分に屈伸しているのである。例えるなら市販車が0mmを基準にして-50mm〜+50mmの
範囲で屈伸するとしたら、レーシングカーは-10mmを基準にして-20mm〜0mmの範囲で屈伸している。
(最近のクルマはサード・ダンパーを装備しているため、空力的にはほとんど沈まないようだ)
厳密にダウン・フォースを定義すると、停止状態の基準車高よりも沈み込むための力を指すらしい。
多くの市販車は走行中に空力的なリフトを起こすが、これを抑制して停止状態の0mmを維持する事とは分けて
いる。
F1に初めて翼が生えたのは1968年のベルギーGPの事で、トップバッターはフェラーリ312 だった。
Ferrari 312 (1968年)
多少興味の有る話としては、後に「出て行け!vs 辞めてやる!」戦争でホンダに転がり込んだドライバーの
リッチー・ギンザーが、1962年頃に耐久レース用のフェラーリでテスト中にリフトの傾向を訴え、同車に
リフトを抑制する目的でリア・スポイラーの装備を提案した。リッチー・ギンザーは、以前の仕事および
兵役義務の双方で飛行機に接しており、補助翼の空力的効果を自動車に持ち込む事を企てたらしい。
おそらくフェラーリ社内では、ここらあたりから有翼F1マシーンを研究していたのではないだろうか?
ただし、このクルマの場合、翼はやや小さくエンジンの真上(重心位置)に置かれていた。この事から
察するに、この時点ではリフトの抑制は視野に入れても、ダウン・フォースの獲得までは手を伸ばしては
いないようである。
当時、ウィングの効果はドライバーズ・サイコロジーと呼ばれ、つまり「心の薬」、あえて言うなら
「チチンプイプイ」くらいにしか思われていなかった。しかし、これを見たジャック・ブラバムは、自分の
マシーンにもウィングを取り付けた。この辺からウィングがトレンドとなっていく。
(Fulcrum 著)