エルメート・パスコアルの世界 | ライブレポート2004 |
音楽の具現化した瞬間 Hermeto Pascoal live report 2004 |
2004年11月6日(sat)代官山UNIT、11月7日(sun)京都 ART COMPLEX 1928 で行われたライブの模様についてレポートします。元々は、ブラジル人パーカッショニスト、シロ・バプティスタ(Cyro Baptista)とのデュオが予定されていましたが、ライブ本番では、前半がシロ(+ゲスト)、後半がエルメート(+ゲスト)という構成のソロライブとなりました。3ステージ立て続けに見たため記憶が錯綜しており、間違いがあるかもしれませんが、その辺はご容赦を。
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2002年の"True People's CELEBRATION" から2年、エルメート・パスコアルが再び日本にやってまいりました。今回はバンドでの演奏ではなく、パーカッショニストのシロ・バプティスタという人との共演ということですが、このシロというオッサンが何者なのやら分かりません。パスコアルと競演するからには、きっと野性味溢れるツワモノにはちがいないでしょう。果たして彼らがどんなライブを見せてくれるのか、期待に胸が膨らみます。 そしてライブ当日の2004年11月6日、代官山UNITの前には、オープン前から長い行列が出来ており、今回のライブへの関心の高さが伺われます。ライブ会場に入ると、早くも中は人でごった返しており、かなりの熱気。若い人たちが多いです。舞台上手には、長さの異なる水道管(?)を束にしたような怪しい道具や、妙なパーカッション類が所狭しと並べられています。いや、並べられていると言うよりも、ごちゃごちゃと散らかっているだけのような気も。舞台下手にはグランドピアノがでんと構え、中央にはサックスやヤカンなども転がっているのが見えます。前面にはススキのような草が並べられており、ステージはさながらジャングルのよう。
シロ・バプティスタが、頭上でホースのようなものをブン回して不思議な音を出しながら登場。足元に転がっているガラクタでリズムを刻んだり、スリッパ(?)で水道管のパイプの口を叩いて軽快なリズムと音程を作り出しながら歌ったりと大忙しだ。客席も大盛り上がり。笑いが絶えない。ジャコやマイケル・ブレッカーなどのライブでもお馴染みのディレイマシーンを使い、声やパーカスを次々に重ね合わせて呪術的な世界を作り出してゆく。 シロがリズムを刻み続ける中、謎の東洋人がホーミーを歌いながら登場。モンゴル人?と思っていると突然奇声を発しはじめた! テープの回転数を上げたり下げたり出鱈目に操作したときのような声色の変化を生声で表現していく。おいおい、ちょっと凄いぞ! いったい何者なんだ!? そこにシロのパーカスが絡みはじめる。やがてシロも叫び始め、舞台は阿鼻叫喚の様相を呈してきた。強烈なアングラ臭が漂うが、客席は大ウケ。いやあ、これは笑うしかないよ。謎のゲストはヴォイスパフォーマンスだけでなくポケットから取り出したマウスハープも駆使し、シロも様々なパーカスやビリンバウなどで対抗。 演奏が一段落し、シロのMCでゲストが巻上公一氏であることが判明。ジャズ雑誌などで名前はしばしば目にしていたけれど、こんなオモロイ音楽家だとは知らんかった。再び演奏に戻った後、シロが客席を3つに振り分け、イェ〜、トゥンバ〜イ〜エェ〜、ダバドウゥン、というコーラスを歌わせて盛り上げる。 さて、彼らのパフォーマンスは素晴らしく、会場も非常に盛り上がっているのは良いが、一向にパスコアルが登場する気配が無いのだ。時間が経つにつれ、徐々にではあるが、不穏な空気が広がり始める。シロが楽器を持ち替える時など、しばしば無音の瞬間が訪れるようになる。シロも心なしか神妙な様子。MCの時など不自然に静まり返るようになり、居心地が悪い。やがてシロは、登場時に一度見せたパフォーマンスを、繰り返しだした。これは絶対おかしい。ぼくの周囲でもざわめき始める。パスコアルはどうしたんだ? 今回は彼らの共演じゃなかったのか? ひとしきり演奏したあと、サンキューと言ってシロたちは舞台袖に消えた。その後しばらく誰も出てこない。会場はしんと静まり返る。となりの人の心臓の鼓動が聞こえるくらいの静けさ。間もなくシロが再登場し、ビリンバウを奏しはじめた。ああ、いったいどうしちゃったんだ。こちらは気が気でない。さっきはあれだけ盛り上がっていたのに、客席の反応も硬くなってしまった。 シロはちょこっと演奏してMCをして、また舞台袖に消えてしまった。ちなみにぼくは一応英文科を卒業したくせに、アイ アム ア ペン!くらいの英語力しかないので、MCの内容はよく分からなかった。何か深刻な状況らしいが細かいことは分からない。しかしこの時パスコアルが舞台袖でスタンバっているのがチラリと目に入る。やった!彼はちゃんと来ているぞ! さてさて、観客をヤキモキさせたものの、ようやくパスコアルが登場! 客席からはどっと歓声が湧く。お馴染みの白い髭に巨体を揺らせながらステージ上をゆっくり歩く。帽子をかぶったりしてちょっとお洒落な感じ。両手にミネラルウォーターのペットボトルを持っている。ああ、良かった良かった。 パスコアルは手にしていたペットボトルを交互に吹いて音を出した。まずはご挨拶という感じ。そして真っ直ぐピアノの前に行ったかと思うと、おもむろにジャズのバラードのような美しい曲を弾き始める。さきほどのシロ&巻上の、それこそおもちゃ箱をひっくり返したかのようなハチャメチャなムードから急転、会場は水を打ったように静まり返り、パスコアルの紡ぎだす美しい響きに耳を傾ける。シロのパフォーマンスに負けじと破天荒な演奏を繰り広げるものとばかり思っていたので、突然の場面展開に少々面食らったが、ギュギュギュ〜ッと、客席の集中が一気にパスコアルのピアノに集まっていくのを肌で感じる。少々じらされ、すさんだ心に、美しいピアノの音色が染み渡る。 パスコアルの指先から美しい曲の断片が現れては消え、BEBEへと移ってゆく。リズミカルな部分とルバートの部分が交互に立ち現れ、一曲の中だけでも実にカラフルな展開を見せる。不思議に郷愁を感じさせるような演奏だ。 やがて、もう気が済むまでピアノを弾きました、といった感じでピアノの前を離れ、舞台中央に出てきてバスフルートを手にした。のっけからフルートに息を吹き込みながら歌いまくる。楽しげなメロディーかと思えば、情熱的なパートに移り変わったりと変幻自在の演奏だ。なんとも和みつつも盛り上がる。 お尻に穴の開いたビニール製の人形を取り出した。自分の口をあんぐりと開け、人形のお尻をそこに向けペコッ!と凹ませると、ボトルを吹いたときのようなフォッという音が出た。客席から笑いがこぼれる。口の形を変え、音程を作りながらシュコシュコと短い小曲をひとつ。良く聴くと、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」だ。もちろん客席も沸き返る。 今度は舞台に転がっていたヤカンを拾った。至近距離から見ているので、ヤカンの口にトランペットのベルが取り付けられているのが分かる(後でTさんからあれはチューバのベルらしいと教えてもらった)。ヤカンをトランペットのように勇ましく構えたかと思うと、ラウンドミッドナイトのメロディーが流れだした。わはは。よっぽどこの曲好きなんだなあ。フェイクしつつの大熱演…と思っていたら、吹きながらやかんの中に手を突っ込んだ。さて、その中から取り出したのは、…クマのプーさんのビニール人形だ! 笑いが溢れる。人形をペコッと凹ませると、プーッと甲高い間抜けな音が出た。ここでも笑い。しかしパスコアルはシリアスな様子でラウンドミッドナイトを吹き続けている。再びヤカンに手を突っ込んだと思うと、次に出てきたのは7人の小人のビニール人形。どんどんやかんの中から立て続けにいくつもの人形が出てくる。いったい、いくつ仕込んどんねん。6〜7個の人形を取り出すと、それらを両手でフカフカ凹ませながらリズムを刻みつつ、人形のお尻に付いていた超小型のリードを口に含み、草笛のような音を出す。プープーピーピーと実に賑やかなことだ。本当に笑いの絶えない楽しいライブだなあ。 人形を置くと、今度はペットボトルの水をヤカンの中に注ぎ、客席に向かってオレに続いて歌えと指示した上で、ブクブクとメロディーを吹き始めた。どないせいっちゅうねん。客席はパスコアルに続き、ブクブクという音を模しながら、ブブブっと歌い始める。こんな奇声でコーラスさせられたのは初めてだ。しかしこれがなかなか盛り上がる。パスコアルと楽しく合唱したあと、彼は日本語で「アリガト!」。うれしいなあ。 再びピアノに向かい演奏し始めると、舞台の袖からモレーナ(Aline Morena)さん登場。おうつくしい。パスコアルの伴奏に乗せ、音の跳躍の激しい難しいメロディーをスキャット。次にモレーナさんはギター(弦が10本あった)を激しくかき鳴らしながら歌い始めた。裏声で叫びながらの熱唱。パスコアルは、ピアノでひとつの鍵盤だけをダダダダっとパーカッシブに叩く。佳境にさしかかったあたりで、パスコアルは客席を先導しつつのコーラスでモレーナさんを引き立てた上でエンディング。モレーナさんは、にこやかに舞台袖に戻っていったが、演奏の間ずっとニコニコと微笑み続けていて、爽やかでとても感じが良かった。 もうちょっとピアノを弾くぜ!と言って、再びピアノに向かい、左手で5拍子のアルペジオ。Eu e Eles に収録されている Boiada だ。 Boiadaをひとしきり弾ききったあと、突然、Encounter (Flora Purim) に収録されていた LATINAS を歌い始めた。客を促し、会場全体での合唱。途中でリズムを変えたりしながらAメロを繰り返したかと思うと、突然ピアノソロによるBメロになだれ込む。優雅なAメロと、情熱的なBメロとの対比がなんとも美しい。 LATINASの合唱が続く中、パスコアルはサンキュー!と言って舞台袖に消えていった。当然のアンコール。再び現れた彼は、サンフォーナでリズミカルで楽しいメロディーを弾きだした。テンポの速い曲を大熱演。演奏しながら叫んだりしつつも次々にいろんなモチーフが浮かんでは消える。こちらの頬も自然に緩む。 サンフォーナを置いたかと思うと、今度はフルートを手にして、歌いながらフルートを吹きだした。まだまだやり足りないぞ!という感じだ。 次はピアノに向かうと、おもむろにJoyceが始まった。ノリノリで数コーラス弾きまくる。ピアノのリズムに合わせて草笛のような甲高いピーっという音が聞こえてきた。先ほど使用したビニールおもちゃの小型リードを口に含んでいたのだ。ピアノとユニゾンしたり、トランペットを吹くようなゼスチャーをしたりしつつ、ピーピーとメロディーを吹きまくる。やがてピーっと高音のロングトーンでエンディング。 こうして怒涛の1stステージは終了したのだった。う〜ん、それにしても凄かった。何というパワー。力強くも繊細で、野性的でありながら知的で、あらゆる要素がごちゃ混ぜになりつつも、全体としてはポップでただひたすら楽しく、音楽を聴きに来たというよりも、サーカスでも観に来たかのような充足感がある。部分的にモレーナさんの参加もあったとはいえ、これがほとんどソロによるパフォーマンスなのだ。恐るべしパスコアル。 入れ替えの間、あちこちで噂話が乱れ飛んでいたが、どうも今回のライブは元々シロとパスコアルの共演の予定だったのが、喧嘩をしてしまったらしく、二人別々のパフォーマンスをすることになったらしい。子供みたいだなあ。でもソロになってもこれだけの音楽を展開できる二人はやっぱり凄い。さて、2ndでは何が飛び出しますやら。楽しみだ。 入れ替え制なので、いったんライブハウスの外に出ると、既に店の前には行列が出来ている。すぐに最後尾に並びなおしたが、もうかなり後ろの方だった。
1stステージもかなりの賑わいだったが、この2ndステージでは更に人が増え、身動きが取れないほどになってしまった。大盛況。開演前から会場は熱気でムンムンしている。 さて、2ndセットが始まった。シロがホースのようなものをぶん回しながら登場。・・・が、ここは一応パスコアルについてのサイトなので、今度は詳しい描写は遠慮して、感想だけ。大まかなステージ構成は1stを踏襲していたが、シロと巻上氏の息がだいぶ合ってきたこともあり、音楽的には2ndの方がまとまり洗練されていた。ただ、次に何が出てくるか分からない緊張感や爆発力ということでいえば、1stの方に分があった。どちらもそれぞれ見ごたえのあるパフォーマンスだった。 さて、シロ&巻上のパフォーマンスのあと、再びパスコアルの登場。おおっ、シャツが変わっている! もちろん変わったのはシャツだけではありませんぞ。 短い挨拶のあと、おもむろにピアノの前に座り、哀しくも情熱的なメロディーを弾き出した。曲は、まるで徐々に夜が明けていくように、哀しげな風景から徐々に明るくなっていき、例の小型のリードを口に含んで草笛のような高い音でピアノとユニゾンするところに至って、ぱあっと広いところに出たような開放感。それからすぐにフリーに近い演奏になり、歌とピアノのユニゾンしたかと思うと、次はラテンのリズムに乗せてのインプロ。ノリノリで鍵盤を叩いていたが、いきなり靴をピアノの中に投げ入れた。ピアノの弦がミュートされ、プリペアドピアノ状態に。続けて、かぶっていた帽子も入れ、コツコツした音でリズミカルなインプロを続ける。しばらくやっていたかと思うと、不意にショパンのワルツ7番が聞こえてきた。まったりした雰囲気になったかと思いきや、またしてもフリーフォームでの熱演になだれ込む。止めども無く音楽が湧き出てきてドバドバと溢れだすような演奏で、息をつく暇も無い。 ひとしきりピアノを弾きまくると、今度は手を休めて、マイクに向かって口をパクパクいわせてリップノイズを出し、それでサンバのリズムを刻みだした。それと同時に鼻歌でメロディーを歌う。クパクパしつつ「Aline!」と呼びかけると、ギターを担いだモレーナさんが登場。モレーナさんもタトタトと舌を鳴らして口パーカスで応じる。 更にパスコアルはピアノで中国風フレーズの合いの手。わけ分かんないけど凄すぎ。やがてパスコアルのギャッ!という叫び声とともにこの曲が終わった。もう、ただただあっけに取られてしまう。 モレーナさんが激しくギターをかき鳴らしながら、1stステージでもやった曲を歌い始めると、パスコアルは寄り添うようにピアノでリズムを刻む。ひとしきり歌ったあと、モレーナさんは一旦舞台袖に戻っていった。 パスコアルは舞台正面に出てきくると、歌いながらフルートを吹きだした。リズミックで可愛らしいメロディ。途中で口笛でフルートを吹いたりもする。歌いながらフルートを吹く人はたくさんいるけど、こんなのは初めて見た。ホンマに何でもありやな。歌とフルートでハモりつつの熱演だ。 フルートを置くと、今度はヤカンペットでラテン的な楽しいメロディーを吹きつつ、ヤカンの中からビニール人形を取り出す。笑いで溢れ、楽しい雰囲気の中、自然と客席から手拍子が沸き起こる。ペットボトルの水をヤカンに注いだかと思うと、ブクブクと「主よ、人の望みの喜びよ」を演奏して締めた。ところどころにクラシックのフレーズが飛び出すあたりがニクイ。 次は、サンフォーナを手にし、客席に手拍子をおこさせた上でガンガン弾きまくる。手拍子でリズムを作らせた割には、そんなものそっちのけで勝手に弾いてるみたいなのが笑ってしまう。やがて手拍子とサンフォーナがシンクロしてきて、パスコアルもそのリズムに乗って勢いよくダァーッとソロを弾きまくり、やがて華やかにフィナーレ。あんなボタンも少ないちっぽけなサンフォーナから、これほどまでに豊かな音楽があふれ出すんだからなあ。まったく。 楽器を置くと、「一緒に演奏しますよ」と言って、まずは下手側の客席にドゥッ、ドゥン、というリズムを歌わせ、上手側にシュッシュと歌わせる。次に、パスコアルが右手を振り下ろすとドゥン、左手を振り下ろすとシュッと、歌うよう指示し、踊るように両手を振って客席にリズムをつくりだす。これで学ランを着させて日の丸の扇子を持たせれば3・3・7拍子をしてる応援団長みたいだぞ。さらに自分は口をクパクパクパクパと言わせて細かいリズムを重ねてこの曲(?)を締めくくった。 今度はピアノを弾くぜ!と言って、再びピアノに向かうと、5拍子アルペジオに乗せて Boiada が始まった。丸ごと弾き切ったあと、グシャッ!と終了。この曲は相当気に入っていると見える。ぼくも採譜して練習しておこうかな。 舞台正面に出てくると、今度はマイルスのトランペットだぜと言ったあと、水の入ったヤカンペットでラウンドミッドナイト。この曲もよっぽど好きなんだなあ。ライブの構成などお構いなしに、ただ好きな音楽だけを繰り広げていく、その気取らなさが実に心地よい。 おもむろにヤカンペットに入っていた水で指を濡らし、口を半開きにして白く長いヒゲをシュッと引っ張ると、ヒョッという音が出た。糸電話で糸をこすった時に出るような音だ。そのままヒゲをシュッシュッと引っ張って、 Happy birthday to you を演奏。もう何が出てくるかさっぱり予想も付かない。 ここでモレーナさん登場。パスコアルはサンフォーナを手にする。1部の最初にもやったサンフォーナとスキャットでの難しいメロディーのユニゾン。パスコアルとの息も良く合っている。それにしてもモレーナさんは本当に楽しそうだ。見ているこっちまで楽しくなる。 見事なユニゾンをバッチリ決めて、パスコアルとモレーナさんは揃って舞台袖に消えた。当然の大アンコール。 大歓声の中、再登場したパスコアルはピアノの前に座り、 LATINAS が始まった。客席を促し、美しいメロディーの合唱。こっからが凄かった。ちょっと変えてやるぜ!と言って、メロディーを変えて演奏し、新しく出来たメロディーを客席に歌わせる。更に、インプロヴィゼーションするぜ!といい、次々に新しいメロディーを紡ぎだしては観客と一緒に歌っていく。やがてピアノを弾く手を休め、新しいフレーズをどんどん歌いながら作り出しては観客と一緒に歌う。音楽の神様が光臨して目の前に屹立しているかのようだ。そしてそのまま自然に LATINAS のメロディーへと流れ込んでいった。あまりの美しさに鳥肌が立つ。 客席からの LATINAS の大合唱の中、パスコアルは "I love you!" といって舞台袖に消えた。鳴り止まない拍手と歓声。ああ、なんて幸せなんだろう。いわゆるライブとは別次元のものを体験してしまった。神の声を聞いたジャンヌ・ダルクのような気分。この凄まじいパワーはいったい何なんだ。パスコアルが消えた後も、しばらく呆然としてしまった。
さて、一夜明けて、今度は京都での公演だ。ホールには開場前に到着したが、既にかなり長い行列が出来ている。ここは教会を改造して作ったライブハウスらしく、狭い階段を登り会場に入ると、元は礼拝堂だった痕跡がありありと残っている。雰囲気は大変良いが、天井は高いのに妙な圧迫感があり、そしてとにかく空気が悪い。あと礼拝堂だったせいか、非常に残響があるのが気になる。いっそのこと照明を落として蝋燭でライブをやってくれたほうが面白かったりして。 まずは前座の「モリヤ・タクミ・グループ」が登場。Wベース、ギター、トランペットによるフリー寄りの演奏が小一時間行われた。こういうのは聴くよりも演る方が楽しいんだよなあ。 演奏後は、マイクを立て直したりして時間をかけてセッティング。やはり元々ライブ目的のホールではないためか、ステージも狭く、セッティングにかなり手間取っていた。 しばらくしてシロがホースをブン回しながら登場。が、詳細は割愛させてもらいます。この日のゲストは、ギターを担いだサングラスの白人おねえさんで、この人もギターを掻き鳴らしつつ絶叫したりと熱演だったが、残念ながら前日の巻上氏には及ばないように感じた。 そしてパスコアル登場! 黒い服を来た日本人らしきお兄ちゃんを隣に伴っている。今日のゲストかな? まずはポルトガル語でひとしきり喋ると、黒服お兄ちゃんが「本日通訳をさせていただきます」という挨拶をして、MCの内容の説明。なあんだ、通訳君か。・・・と思ったら、パスコアルは随分色々喋ってたのに、訳は一瞬で終わってしまったぞ。吉本新喜劇のネタみたいだ。通訳君も、なんだかあたふたしてるし。大丈夫なんかいな。 パスコアルがピアノの前に座ると、通訳君から本日の一曲目のタイトルが告げられた。京都のみんなのために作曲したという「鴨川」だ。思わぬプレゼントに客席も大喜び。ちいさい秋みつけたのような、懐かしい童謡の趣のある、哀愁を帯びた美しい曲が流れ出す。ダイナミックで色彩豊かな展開を見せたあと、例の口に含んだ高音リードとピアノとのユニゾンで、愛らしいムードを醸し出しつつ曲が締めくくられた。 引き続きピアノでマイナー調の美しい曲へ。しばらく弾いたあと、ラウンドミッドナイトに突入。これはヤカンペット専用の曲だと思っていたので意表をつかれる。ピアノソロで数コーラス聴かせてくれたが、普通にジャズスタンダードを演奏しても素晴らしい。というか手垢にまみれたスタンダードが美しく再創造されるさまに思わず息を呑む。 やがてプツリと途切れるようにラウンドミッドナイトの演奏を終えた。不思議なことに、エンディングらしいエンディングもなく、明らかに半端な場所で終わっているにもかかわらず、いかにも弾きたいことは弾ききりましたよという感じで、ストンと腑に落ちる終わり方だった。パスコアルくらいになると、曲のエンディングは必ずしも要るというわけではなくなってしまうものなのか。 舞台中央に出てきて、バスフルートを手にすると、歌いながら楽しいメロディーが流れ出す。緩やかに始まったかと思うと、激しくリズミカルにフルートに息を吹きつけたりと、緩急を付けつつカラフルな展開を見せる。 フルートを置くと、マイクに向かって語り始める。今日のパスコアルはよく喋るぞ。ポルトガル語で喋っているので何を言っているか分からないが、とてもリラックスしているのは伝わってくる。客席にはブラジルの人がたくさんいるようで、ポルトガル語のMCにもどっと反応がある。 おもむろに人差し指を上下に振って唇をブルブル震わせながら歌い始めた。続けてパスコアル指示で、同じように唇をブルブルと震わせながら彼のフレーズを客がなぞり、プルルルと大合唱。昨日のブクブク大合唱もそうだが、こんなけったいな音での合唱なんて、そうそうありませんぞ。客席の笑顔も絶えない。 会場全体でコーラスを楽しんだ後は、客席を二つに分け、ドゥンドゥンと歌わせつつ、自身も歌ったり、ドゥンドゥン、シュッシュという汽車っぽいリズムを作り、それに合わせてフルートを吹ったりと、オーディエンスも交えて楽しい音楽を展開していく。いかにもその場で思いついて作りましたというようなシンプルなアンサンブルが気持ちいい。 今度は、4本のボトルが並べて置かれた小箱を持ち上げた。ビンを吹くと、それぞれに音階が付けられている。一種の特大パンフルートですな。パスコアルの手に掛かるとなんでも楽器になってしまう。これで短い小品を一曲。たった4音しか使ってないのに、これがまた素朴で良いメロディーなんだよなあ。素晴らしい。 しばらくMCで喋ったあと、モレーナさん登場。おうつくしい。ギターを掻き鳴らしながら歌いまくる。パスコアルもボトル−パンフルートを吹いたり、フルートを吹いたりしつつバックアップして盛り上げる。 パスコアルがピアノに向かうと、いったんモレーナさんは舞台袖にはけた。印象派的なイントロを弾いたあとで、リズムを出しながら再びモレーナさんを手招きして呼び戻す。モレーナさんは、ピアノのそばにやってくると、音を途切らせることなくスムーズにパスコアルと交代してピアノを弾き始めた。これが結構上手くてビックリ。パスコアルはフルートを手にして、モレーナさんのピアノに乗せて吹きまくる。突然フルートを分解し、逆から筒を吹いてフォッ!という音を出したりする。演奏中に楽器を分解してそのパーツで音を出すなんて、もうホント何でもあり。つづいてヤカンペットでのインプロ。例によってヤカンからビニールおもちゃを取り出して、ペコペコピーピー鳴らしながらの演奏。モレーナさんは、ピアノを弾きながらスキャット。パスコアルも、アリガトアリガトアリガト、アリガト!というスキャットで応酬。怒涛のような展開でエンディングを迎えた後、モレーナさんはまた舞台袖へと戻っていった。 続いてパスコアルは、ビニールおもちゃで空気を口に送り込んでシュコシュコと演奏し始めた。とても微かな音での演奏で、会場中が耳をそばだてる。まずバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」から始まり、続けて思わず手拍子したくなるようなリズミカルなかわいらしい曲が聞えてきた。あちこちから笑いが漏れるが、音をたてるとパスコアルの演奏が聞えなくなってしまうので、みんなそっと息を殺して耳を澄ます。静まり返っていながら会場中に微笑が溢れている感じ。ゾクゾクする不思議な感覚だ。最後は「主よ、人の望みの喜びよ」のメロディーで締めくくった。拍手喝采。 今度は、ヒゲを演奏するぜと言ってから、口を半開きにした状態で、水で濡らした指で白く長いヒゲをシュッと引っ張り、ヒョッという音を出す。ウケる会場。しかし、静粛に!というゼスチャーをして、ヒゲによるHappy birthday to you の演奏。これまた大拍手。この静かに微笑みながら見守る感じが何ともいえない。 再びピアノに向かい、激しく鍵盤をたたき出す。リズミックなラテンの明るいパートと暗く情熱的なパートが交差する曲へと雪崩れ込み、様々な曲の断片が現れては消える。続いてピアノを弾きながら歌いだした。客席も彼に続いて同じフレーズを歌う。このパートをひとつのイントロとして、LATINAS が始まった。客席との美しいメロディーの合唱。何度聴いても素晴らしい。客席とパスコアルが一体となる感動の瞬間だ。インプロによるカデンツァに入ったり、リズムを変えたりしつつ曲が進行し、合唱を繰り返す中でパスコアルは袖に消えていった。 当然沸き起こるアンコール。歌いながら手拍子が続く。そしてパスコアル再登場。通訳君も一緒に出てきた。パスコアルは随分喋るが、またしても訳は随分端折ってしまっている・・・っていうか全然訳せてないやんか。でもなんとなく伝わるし、これでOK。良いよ良いよ。 ラストスパートとばかり、サンフォーナを手にして、緩急を付けて弾きまくりの歌いまくり。朗々と歌い上げる中で「ジャポネ」という単語が聞えてくるので、おそらく即興的に歌いながら、ぼくらに対して何かを伝えてくれているのかもしれない。 そしてモレーナさんが再び登場。英語での短い挨拶のあと、サンフォーナとモレーナさんのスキャットの高速ユニゾン。東京でモレーナさん初登場時に聴かせてくれた曲だ。今回のツアーを全部通して観ている者からすると、最初に聴かせてくれた曲で最後を締めくくってくれるのは、いかにも今回の公演全てを総括してくれているようで、非常に見事なフィナーレだった。 こうしてパスコアルは、大歓声を受けながら今回の来日公演を無事に終了し、舞台袖に消えていったのだった。拍手、拍手、ありがとう、ありがとう! もともとライブ用途で作られた施設ではない上に、出演者ごとにセッティングを変えていたせいか、上手く音が拾えていないマイクがあったり、段取りも決して良くなかった。また非常に空気が悪く、ぼくの周りでも途中で気分が悪くなったとかで退席する人が数人いた。しかし、客の反応やノリはとてもよく、決して良い環境と言えないながらも、ステージと客席が一体となった素晴らしいライブであった。 どんな環境であっても、どんなにハードスケジュールであっても(来日の前日もニューヨークでライブだったそうだ)、素晴らしい音楽を聞かせてくれたエルメート、モレーナ、シロ、その他のゲストやスタッフの方々にはつくづく頭が下がる思いだ。 ひとつ思ったのは、土地柄の違いと言うか、この京都公演では、奇抜な楽器の使用などにたいして、とても反応が良かった。ツアーで大阪に回ってきたミュージシャンには「関西の客の方がノリ(反応)が良い」などと言う人が多くて、そんなものはお決まりのリップサービスだとばかり思っていたが、同じミュージシャンのライブを立て続けに東京、京都で聴いたら、あながち嘘でもないのかなと。 ―――――― ○ ―――――― ○ ―――――― ○ ―――――― 緻密なバンドアンサンブルを披露してくれた2002年のTPCも素晴らしかったが、今回の来日公演も、その感動を適切に表現する言葉が見当たらないような素晴らしいものだった。それは、ライブを見るというより、厚いもてなしを受けているような感覚であった。 パスコアルは、一人一人に語りかけるような親密なライブをやってくれた。オーディエンスも、共演者として一緒に演奏しているような気分で、頭のてっぺんから爪先までどっぷりと彼の音楽に浸りきって、時には笑い、時には一緒に歌い、時には耳をそばだてる。その場にいるもの全員を巻き込んで、目くるめく世界が展開されたのだ。 無尽蔵に溢れ出てくる音楽。それは、引き出しが多いとかではなくて、むき出しの音楽その物を見せ付けられた思いだ。大げさな表現かもしれないが、音楽という抽象的なものが、そのまま形を成して、目の前に屹立しているようにさえ感じた。ぼくらは音楽が具現化したその瞬間に立ち会ったといえるかもしれない。 ヤカンやボトル、おもちゃなどを使ったり、身体で音を出したり、みんなで合唱したりと、それこそ音楽はどこにでも溢れていて、誰にでも楽しめるものなのだということを教えてくれたパスコアルだが、一方で自分でもバンド活動などをしているぼくとしては、圧倒的なレベルの差も思い知らされた。上手いとか天才だとかその程度のものではなくて、もはやバッハやモーツアルトと同じく神に祝福されているというレベル。パスコアルの存在そのものが音楽といってもいいかも知れない。 それでは彼の音楽が高尚なものかと言えば、決してそうではない。彼のファンはもちろん、初めて彼の音楽に触れる人や、大人から子どもまで、文句無く楽しめる内容なのだ。現在の日本では、年代によって聴く音楽が異なるという現象が起こっているが、そうだ音楽は本来誰にとっても楽しいものなんだという、ごくごく当たり前のことに気づかせてくれた素敵なライブでもあった。 もしも小学校で今回のようなライブやったなら、なんて想像するのも楽しい。きっと子ども達は、いろんなものを叩いたり吹いたりて音を出しまくって、数週間は先生を困らせ続けることだろう。そして、そういう中から、生きた音楽が生まれてくるかもしれない。もちろんぼくらだって、子ども達に負けずに、いろんな音楽を紡ぎだしていかなくてはならないよな。パスコアルに教えられたことは非常に多い。パスコアルは音楽の伝道師でもあるのだ。 大きなホールでは、今回のような親密なライブは実現しなかっただろう。シロとの共演がご破算になったからこそ、ステージからの一方通行ではない、ぼくら観客も一体になってのライブが実現したのかもしれない。これは本当に得難い幸せで感動的な体験だった。しかし贅沢を言うなら、当初の予定通り、シロとの共演も見てみたかった。たとえばシロが例のガラクタで変な音を出して煽ったら、パスコアルも負けじとやり返して、それこそ子供の喧嘩のように、二人のやり合いは果てしなくヒートアップしていくんじゃないか。そんなことを考えただけでワクワクする。 でもそれはまた機会のお楽しみということにしておきましょうか。ヴァイタリティー溢れる姿を見せてくれたパスコアルさんのこと、きっと再び日本を訪れてくれるに違いないと信じてます。 パスコアル本人はもちろん、共演者、スタッフの皆さん、ライブを企画して彼を招聘してくれた方々、そしてあの場で共にライブを体験した皆さんすべてに感謝の意を表しつつ、ここにライブレポートを終えるのでした。ありがとう! 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