自動車塗装の自分史とSL蒸気機関車写真展〜田辺幸男のhp
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・「南九州の日豊本線に沿って」
372.  高鍋の小丸川橋梁の情景あれこれ  ・高鍋-川南

〈0001:bR10232:小丸川河口の海浜側から〉



〈撮影メモ:撮影日時不明〉
この画像はカラースライドの映写画像をモノクロフイルムで撮影したものです。近日中にカラー画像と入れかえる予定です。
手前荒れた砂地。すこし先から広い水面がある。
土手から一本目のコンクリート橋脚。左から右へ、客レか?。Kい煙が少し。
下のドレーンあり。車輪はドレーンでかくれる。
左側の砂原から土手までの間にテトラポットが2段に積んである。
陽光は当たっている。

〈0002:bP60842:夕暮れのDL特急「富士」〉


〈撮影メモ:昭和43年9月17日撮影〉
橋脚が10本。DL牽引の7両編成の特急「富士」、左から右へ。
中洲が二課所、水面が三か所に分かれる。
夕空は明るい。
この東京〜宮崎間を走る寝台特急「富士」が各1往復で、東京を18時20分に発車し、宮崎着は翌日の14時28分で、約20時間のロングランであった。

〈0003:bQ20312:国道10号から客レよ渡小丸川橋梁を望む〉


〈撮影メモ:昭和45年41月2日ン撮影〉
この年の年末年始は遠路、南九州へ家族旅行をおこなった。止まったのは高鍋駅前と、吉都線の京町おんせんであった。帰りは国道10号を北上して小倉から船に乗るつもりであった。午後2時頃に小丸川橋をつうかした。この時にスナップした「さよなら小丸川橋梁」である。

〈0004:bP40942:海辺の河口から〉


〈撮影メモ:昭和43年9月23〜24日撮影〉
橋脚 11本の上を右から煙な見えない下りの旅客列車が渡って行く。ここは海に近い河口なので、右手前からカーブして4列のコンクリートブロックが置いてある。背後は近くの山と遠い山に雲が浮いている。

〈0005:bP70823:左岸からの下り旅客列車〉


〈撮影めも:昭和43年9月17撮影〉
左岸の土堤から撮った543レ、下りの5両編成の旅客列車です。
橋脚が12本。左から右へ、中ほどまで渡っている。
手前は水面はみえなく、全面が中洲で、左側は石済みの土堤があって、めずらしくオートバイ乗りのひとが写っていた。この小丸川の水の流れは右岸に強く当たっているようで、川南側の左岸は土砂が堆積して大きな中洲となっていた。……………
〈0006:bQ00713:テトラホットのある風景〉



〈撮影メモー:昭和44年6月28日撮影〉
今回は海側から撮影することに専念して煙のでる上り列車を待ち構えた。
手前の足元の全面が小石の河原が写っている。これは高鍋海岸独特な形態のようであった。この小丸川は右岸に水の流れが強く当たることから厳重な護岸工事が施されていた。初夏とは云え、早朝なので白煙と下からのドレーンをなびかせた貨物列車が4本目の橋脚まで渡って来た。
遠くに見えるのは九州山地の山々である。

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〈紀行文〉
ここには「夜明け」意外の小丸川橋梁を渡る列車の情景の目ぼしいものをピックアップしました。
今から思えば、地元の漁師さんに頼んで舟を出してもらって撮って見ればよかったと思ったりしています。かならず、新鮮なアングルを発見したことでしょう。