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7日目:ミラノ


さて、ハプニングに満ちたイタリアの旅も、
今日がもう最終日。
アンジェロは、ちょっと仮眠をして行くと言っていたらしいが、
翌朝見ると、もうバスはなかった。

今日は別のバスに乗って、ミラノの中心街まで出る。
今日のガイドは、凄まじくしゃべるガイドで、
ミラノで、団体行動してる間じゅう、
バスにいようが外にいようが、
マシンガン・トークが炸裂。
# そんなにしゃべってもらっても、
# 憶えきれないっす。

一度書いたことだが、ミラノは少し広告が多い。
ふっと目をやると、プレステ2の看板があった。
イタリア人もプレステやるんだろうか。

と、ここで、娯楽のはなし。
イタリアでは娯楽に関係するところを
あまり見かけなかった。
ボーリング場とパチンコ屋が一軒ずつ。
ところどころに、ビデオ&CDショップ。
あと、レストラン(リストランテ)も多くはない。

その一方、バール(バー)はめちゃくちゃ多い。
まさに日本のコンビニ感覚。
ちょっと歩けば、バール。
またちょっと歩けば、バール。
教会周辺にもバール。
とにかくバール。

お前ら、どんだけ酒呑んどんねん!
と言いたくなるぐらいだ。
たぶん、日本人なんぞよりも、
下戸の割合が著しく少ないんだろう。

イタリア人が費やす、娯楽へのパワーの
かなりがバールに費やされているものと推測される。

また彼らは、歌うことが本当に好きなようで、
すぐに歌い出し、はしゃぐ。
カラオケが発達した日本でも歌うことは、
娯楽として確立されているが、
さすがに街中で歌う人は少ない。

イタリア人、休みの日には、酒と唄。
字あまり。

っと、また脱線してしまった。
さて、バスは、とある古城の前に到着。
ミラノにはあまり史跡が少なく、
この城とドゥオーモぐらいしかない。
が、その点掘れば遺跡が出てくるという、
ローマなどよりも、都市計画は立てやすいかもしれない。

観光用のためか、それとも実務をしているのか、
馬に乗った警官を見かけた。
そういやローマでも、たまに馬車はたまに見かけたな。

さて、何だかんだ説明してくれるが、
一向にピンと来ない。
というのは、世界史で扱うイタリアの歴史なんて、
全くさわりだけであって、
細かいことは、ほとんど分からない。
これは、たとえバカみたいに重箱の隅を
つつくような問題ばっかり出題する
慶応・早稲田レベルの世界史でも、
そうだと思う。

さて、出口に差しかかったところで、
現地の小学生の遠足の集団に出くわす。
ローマと同じように、異常にテンションが高い。
そう思うのは、こちらのテンションが
下がり気味だったからかもしれないが。

とにかくこの小学生、何が可笑しいのか、
「カプチーノ!」
「カプチーノ!」
と、カプチーノという言葉を連呼している。

前後の話がわからないので、
ふわふわっ、としたコーヒーのどこがおもしろいのか、
さっぱり分からない。

なぜか、露店に栗が売られている。
ローマでもそういえばそんな香りがしたなぁ、
と思っていたが、
まさかイタリアに栗なんて、
と思っていたので、
さして、気にとめなかったのだが。

定年を迎えてのんびりと旅行に来られている
老夫婦から栗を分けていただく。
うーん、久しぶりって感じの味。

さて、次は、3度目のショッピングタイム。
もう勘弁してくれ、という感じだ。
あのレモンリキュールも売っていたが、
微妙に高い。

でも、ヴェネチアン・グラスは
すごく安い。えっ?ぼられた?
(注:ぼられる=不当に高い値段で買わされる。ぼったくり。)

いや、イミテーションだろう。
ヴェネツィアのとは素人目では、
見分けがつかないしさ。
そう、そうなんだ。
そう言い聞かせるしかない。
# いや、これは焦ってるんじゃなくて、
# ホントのはなし。

ん?
なんか面白いものを発見。
牛革のしおり。4000リラ(約210円)。
ま、せっかく来たんだからこれぐらい買っとくか。

バスは、この後、ドゥオーモの近くに停車。
イタリアを統一したイタリア王、
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世を記念した
アーケードに差し掛かる。

もともと彼は、北イタリアのトリノに首都を置く、
サルディニア王国の国王であった。

イタリア半島の西に、二つの大きな島、
コルシカ島とサルディニア島がある。
おそらくこの南の方のサルディニア島が、
発祥地だろう。

ナポレオンが歴史上から姿を消してから、
イタリアの統一運動があったが、
当時勢力を張っていた、オーストリアに
ことごとくつぶされる。

が、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は、
ヨーロッパで起きる種々の戦争に参加して、
大国に自国の存在をアピールし、
着実に進もうとした。

1859年、いよいよイタリア統一に向けて進撃。
以前には、負けた歴史があるが、
今度は、フランスのナポレオン3世に手伝ってもらって、
オーストリアと対決する。
# 途中で、ナポレオン3世は裏切るけど。

何とか首尾よく、北イタリアを手中に入れ、
イタリア統一の運動を指導していた、
青年イタリア党が時を同じくして、
ナポリ王国(両シチリア王国)を潰し、
両者が合体することで初めて、
イタリア王国として、半島が統一された。

さてさて、そんな国の歴史にとっちゃぁ、
重要人物の名を冠したアーケードには落ち着いた
店構えをした高級店が並ぶ。
ここには、有名ブランド・プラダの本店もある。

さらに驚くのが、その向かいに
マクドナルドがあるのだ。
しかし、アメリカや日本にあるような、
強烈な色をした店構えではなく、
黒地に金色の文字で、
「McDonald's」
と書かれてある。

こぉ〜んな感じだと、
中で売っているハンバーガーまでが、
高級そうな気になってくる。

さて、アーケードを抜けると、
ドゥオーモが見えてくる。
なんかこの教会の構造が、
スペインのサグラダ・ファミリアみたいねぇ、
とHさんと話をしていた。

このHさん、いろいろな国に
海外旅行に出かけていらっしゃるらしく、
いろんな知識も豊富だ。
知的なマダムってやつか。

サグラダ・ファミリアとは、
スペインの天才建築家、ガウディが設計した壮大な建造物。
未だに完成しておらず、当分は完成しそうにないほどの規模だ。
現在、その建設の総指揮に当たっているのが日本人で、
そのことを、テレビでやっていたのを覚えている。

まぁ、とにかく中へ。
が、ヴェネツィアのサンマルコ教会と同じく
中が暗くてよく分からない。

宗教的な雰囲気を出すのにはいいのかもしれないが、
あまり観光向きではないということのようだ。

さて、レストランまでバスで移動しようと、
乗り込んだ矢先、Kがヴェネツィアの
怪しいアニキから買った、
粘土のようなものが破裂した。

とは言っても、中に入っていた粉が、
少しで吹き飛んだ程度のことで済んだ。
でも、危うく粉だらけになるところ。
ま、Kらしいと言えばそうだが、
この手のマヌケネタには事欠かないのは、
うれしいやら、悲しいやら。

さて、昼食をとったあと、
ドゥオーモ前に戻ってきて、半日自由行動だ。
バスを降りて、解散ポイントへ。

だが、そこへ向かう前に、
別行動したい、とツアー団体を抜ける女性二人がいた。
どうやら、行きたい場所とは
反対方向に向かっているらしい。

どうも、その目の輝きから、
ミラノで通称ブランド通りと呼ばれるところへ
向かおうとしていたのだろう。
やっぱりわかるもん、目を見れば。

確か彼女たちは、姉妹で、
広島からツアーにツアーに参加したらしい。
そうなると、とても集合時刻に間に合わないので、
関空で一泊した、という。

そんなことで、四国からツアーに参加した
おばさんたちとそんな話で、
バスの中で話が盛り上がっていた。

ささ、我々も自由行動だ。
が、どうする?
基本的に5人とも、そういうブランド物には、
全く興味がないし、土産として頼まれてもいない。
したがって、普通は用事がない。

しかし、こういう人もいる。
ツアーに参加していた、とある中年男性は、
日本人、イタリア人、その他の外国人問わず、
きれいな女の人がいれば、
なんだかんだと写真を撮らせてもらっていたらしい。

そして、ミラノでも、普通の人が行く目的とは、
ぜぇんぜん違う不純な目的で、
ブランド通りに繰り出すんだってさ。

奥さんの方は、そんなダンナの傾向は
もうずいぶんと前から、分かっていらっしゃるようで、
何時何分にどこどこでね、と待ち合わせをしていた。
怒っても無意味、とある種の悟りの境地にいるのか。

その奥さんが、地元の食料品店に行くというので、
一緒に連れて行ってもらった。
というのは、nikko81が、
ヨーロッパ本場のチーズを見てみたかった、
と言うのが理由。

奥さんは、添乗員に詳しく聞いていらっしゃったので、
迷うこともなく到着。
が、チーズがとんでもないことになっていた。
まず、チーズ嫌いの人は、
店の中に入ることすら、叶わぬだろう。
入ったとたん、嗅覚はチーズの匂いしか、
認識しなくなってしまった。

また、カビもすごい。
おおよそ、食べ物とは思えない。
事前には聞いていたものの、
自分自身も含めて、日本でチーズ好きなんて
言ってる連中が、いかに日本人でも食べられるような
チーズしか食べていないかが、よく理解できる。

もうこんなところはいいや。
トイレを借りて用を済まし、店を出る。
途中、お茶のコーナーがあって、
南部鉄瓶が売られていた。
久しぶりに見た日本語に、心底安心する。

さぁ、これからは自分たちで動かなければいけない。
地図を片手に、とおりの名前を確認して、慎重に進む。
地図にばかり気をとられていると、
いつ何時、スリに遭うか分からないので、
気が抜けない。

まず、レオナルド・ダ・ヴィンチの
科学博物館に行くことにした。
ま、行くこと自体は簡単。
んで、中に入って入場料を支払う。

「Are you students?」

どうやら、学生だと安いらしい。
英語で聞いてくるということは、外国人でもいいのかな。

「Japanese university's students,OK?」
「NO…」

あかんのかぁ。
ということは、あまり日本人の来るような所では
ないのかもしれない。
12000リラ(約630円)で館内へ。

どうやらここは、レオナルド・ダ・ヴィンチの考えたアイデアを
模型で再現したり、実際製作してみたものが置かれている。
が。イタリア語が分からないので、さっぱり。
絵画なら、楽しみようもあるが、
こういうものは何の道具か分からないと、
どうしようもない。

せめて英語で書いてくれていれば、
ちょっとぐらいは分かりそうなものだが、
それすら、ない。
完全に、戦略失敗。

まぁ、一応全部見て回るかてことで奥へ奥へ進む。
と、あるところから、これはどう見ても、
レオナルド・ダ・ヴィンチの考えたものではないぞ、
というものが展示されている。

それはラジオなんだけど、
だって、「SANYO」とか「SONY」って書いてあるんだもん。
見た瞬間、噴き出してしまった。
おいおい、これは何の博物館?
途中からは、単なる科学博物館か?

待ってくれよぉ。
けっこう歩いてここまできたのにさぁ。
しかも、いつもならこの時間、
バスの中でいくらかは寝ることができるが、
今日はそういうことは一切できないわけだし。
# いや、速攻ホテルへ帰るという選択肢もあるが、
# それはさすがにヤだし。

とにかく疲れたので、
ドゥオーモ前に戻り、
マクドで、一休みしよう。
# やっぱ、大阪人は「マクド」でしょ。
# 意地でも「マック」なんて言うもんか。

が、これがまたおもしろい。
日本では、メニューの下の方に、

「スマイル 0」

と書かれてあるが、
イタリアでは、ない。
実際その通りで、店員の愛想は極めて悪い。

「あぁん、来よったんかぁ」

ってな感じ。
しかも、注文をまともに聞くことができず、
これか?、ちがう、これか?、ちがう、
の繰り返し。

これは、こちらがイタリア語が分からないから、
ではなくて、手元にある絵を指差しているのが、
分からない様子なんだな、これが。

は?
店員なのに、
商品の名前と現物が一致してないってこと?
ある意味、すごい店員。
しかも、水は1つだってんのに、
2つついてるし。

とにかく座って、食す。
味は一緒。
特に変わりはない。

そんなとき、全然知らない日本人が
声をかけてきた。
3つほど年上の女性。
彼女はツアー観光客ではなく、個人で来ているらしく、
相当、海外に慣れている様子だった。

彼女は、今地下鉄のレーン1のこの駅で、
いろんな国の物産展やってて、
おもしろかったよ、
という話を聞かせてくれた。

そっか、ならそこへ行ってみよう。
彼女はさっさと食べて、出て行ってしまった。
さ、こちらも出発だ。

切符は、タバッキ(タバコ屋)で買える。
添乗員は、過去に何があったのか知らないけれども、
イタリアの機会は信用しない、と強く主張し、
タバコ屋で買うことをおすすめします、と言っていた。

とはいうものの、科学博物館に行く途中、
T以外は皆買っていたのだが、Tだけ買っていなかったので、
恐怖(?)の券売機で買うことにしてみた。

運賃は、一律1500リラ(約79円)の時間制限つきの
フリーチケット。
安すぎる。80円ってアンタ。
大阪の地下鉄なんぼすると思っとんねん。
初乗り200円やぞ?
どういう差、これ?

と、安さに驚くのもいいのだが、
買い方が分からない。
何度やっても、お金が戻ってくる。
あ、そうか、ここを押してからお金を入れるんか。
さて、切符は買えるのか…
今回はハプニングが多いだけに、心配。
…買えた、よかった。

改札では、切符を差し込んで、
機械の上のボタンを押し、
乗車開始時刻をプリントする。

ちょっと気づいたのは、駅と車体の汚さ。
以前、ニューヨークの地下鉄が
落書きだらけだったのを見たことがあるが、
落書きはそこまでひどくないものの、
なんか暗くて、いかにも犯罪起きまっせ、という感じ。

さらに列車が旧式なのか、
車掌が乱暴なのか、
まだ動いているのに、扉を開けるし、
閉まるときは、ものすごい勢いで閉まる。

電車の中では、財布を握り締め、
胸ポケットのパスポートを気にし、
リュックサックに注意を払う。
まさに戦場だ。
どこにヤツが潜んでいるかも分からない。

特に、出口付近は危険だ。
ドアが閉まる瞬間に鞄を奪い、
後はドアが閉まって、どうしようもない、
というパターンも多いそうだからだ。

これだけ肩にチカラを入れて、
電車に乗っていると、
じっとしているだけなのに、かなり疲れる。

しかも、市バスと同じで、
車内アナウンスなどないので、
しっかり駅名を確認しないと、
日本の感覚だと、乗り過ごしそうだ。

次の駅では、どちらのドアが開くかということも、
車内の表示灯が点灯するのみで、
ウッカリ確認を忘れて、もたれていると、
痛い目に遭いそうだ。

ま、何事もなく、駅につく。
悔しいかな、駅名は忘れた。
マクドナルドで出会った女性の話では、
人の流れについていけば行ける、とのこと。

確かに多くの人が同じ方向を目指して歩いている。
その先には、確かに催し物が開催されていた。
こんなところ、5人でぞろぞろしたって仕方がないので、
Tと回ることにした。

Tも自分と同じで、土産物はもう買ったので、
何も買う物はない、という。
ならば、ここで晩飯が食えるかどうか、探そう。
# 女性の話では、変わったものが食べられる
# ということだったので。

結論から言うと、確かに食べられはするが、
とても、ディナーという感じではなく、
お金を払う試食といった感じだ。

地域としては、南米、アフリカなどのヨーロッパ外の国や、
ヨーロッパ内の外国(ドイツ、フランス、ポルトガルなど)や、
もちろん、イタリア国内も商品もある。

もっとシャキッとしていれば、
見ているだけでも楽しいんだろうけど、
なにせ疲れた。残念ながら、あまり記憶にないし、
メモにも詳しいことは記録しなかったようだ。

リストランテの載っている地図を
ミラノでショッピングタイムがあった店で、
もらってきたのだが、それによれば、
地下鉄の駅前には、あまりないのである。

そんなはずはないと思うが、
だからといって自分たちで見つけるのは、もっとしんどい。
もう、いいや。ホテルで食べよう。
ハイ、決定。

そうと決まれば、地下鉄でさっさと帰るのみ。
ドゥオーモ駅で乗り換え、レーン3のサン・ドナート駅まで行く。
レーン3は、電気がたくさん灯っていて、
駅が明るく、電車の扉もゆっくり閉まってくれる。

さて、15分ほどして。
サン・ドナート駅に到着。
ここから、ホテルがシャトルバスを出している、
と添乗員が言っていた。

えーっと、どこかなぁ。
地図を見れば…書いてない。
ホテルの一覧には…書いてない。
現在位置は…書いてない。
っておい、どうしようもないやんか。

わかりにくいんやったら、
もうちょっと説明しとってくれよ、添乗員さんよぉ。
仕方ないので、すべての出口から地上に出て、
バス停らしいところをくまなく探す。

ホテルの名前とシンボルマークは分かっているので、
字かマークを見れば分かるはず。
…ない。

途中まで8人乗りであることを
すっかり忘れていたので、
無駄な労力を使ってしまった。
が、それに気づいたとしても、
やっぱり見つからないという事態には
全く変化がなかった。

もういいや、歩こうということになった。
歩いて15分歩けない距離ではない、
と言ってたし。

といっても、方向が全く分からないので、
勘で歩くしかない。
道路に出る。
左か、右か。

全くこの状況は、
丁か、半か、
で賭けをやっているようなもの。
2分の1の確率で逆の方向に行ってしまう。

誰が言ったわけではないが、
右に歩き出した。
もし合っていれば、赤いネオンが見えるはずだ。

しかし、歩けど歩けど、ネオンは見えず。
電灯もないのであたりは真っ暗だ。

ツアー最終日で、ずっと朝から歩き通し
だったことによる肉体的な疲労と
目的が見えないという精神的な辛さで、
次第に言葉の数が少なくなっていく。

もう15分程度経った。
完全に方向を誤ったのだろうか。
さて、どうする?

あ!ネオン!
…全く関係ないホテルだ。
いや、いい。
ホテルに行けば、英語が通じるかもしれない。
とにかくそのホテルに向かうことにした。

基本的には、イタリア人は、
英語をまったく解さない。
若い人なら、単語レベルで分かる人もいるが、
(つまりほぼ我々と同じレベル、ということ)
ほとんど分からない、という人のほうが多い。

が、ホテルはどこの国の人が
宿泊するか分からないので、
基本的に英語ぐらいはしゃべってくれる。

ふぅ、やっと着いた。
ホテルに入るなり、フロントで

「I want to go to this place.」
「%#★¥@*…taxi?」

疲れているせいか、タダでさえヘボヘボの
リスニング能力がさらに低下している。
かろうじて「taxi」だけは聞き取れた。
そっか、タクシーで帰ればいいんだ。
もう、さっさとタクシーで帰ろう。

「call a taxi,please」

ホテルからタクシーを呼んでもらった。
あぁ、これなら確実に帰ることができる。
ホテルが呼んだタクシーなら、安心できるだろう。
5人は1台では乗り切れないので、
2台、呼んでもらう。

15分後タクシーが到着。
ツアーの日程表に書いてあった、
ホテルの名前と住所を見せると、分かってくれた。

タクシーに乗り込むと、もう既にメーターが、
18000を指している。
日本の感覚で見るとビックリだが、
これは18000リラ(約950円)。

ホテルまでタクシーを呼んだ割には
安い、といえるだろう。
途中、運転が荒いことにうんざりしつつ、
メーターに目をやると、
とんでもないスピードで上がって行く。

ま、しかし、リラであることを
考えればそうたいしたことではない。
最終的に、完全に逆方向に歩いていたことも分かり、
無事ホテルに到着。
タクシー代、23700リラ(約1250円)

イタリアでは、タクシー代の端数は、
チップとしてとるので、
30000リラ出して、お釣は、5000リラ。

さてさて、いったん部屋に戻って荷物を降ろし、
レストランで食事。
安く上げるため、昨日と同じバイキングにする。
30000リラ(約1580円)

やっぱり安いな、食事は。
今までの食事代は一体いくらなんだろうか…

さてさて、食事の後はさっさと部屋に戻る。
本当は、部屋にあったWebTVのようなもので、
インターネットしたかったが、
疲れていて、そんな気分になれなかった。
ヴェローナで買った小さなレモンリキュールを
飲み干して、就寝。
あぁ、もう帰国だ。
飛行機、だるい…


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