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自分にとっての研修の成果


先日、新入社員の研修がありまして、
久しぶりに同期が東京に集結しました。
結論から言うと、そんなに深い内容ではなく、
その日は、久しぶりにリラックスしすぎた
一日を事務所で過ごしたわけですが。

皆がそれぞれ、失敗し、成長し、
その中から課題を見いだしつつ、
振り返りと目標を立てたわけですけど、
それぞれが部署の違いによって、
あまりにつまずく内容が違ったり、
成功したときの喜びの感覚が違いすぎて、
どこか寂しい気がしました。

と、そこで気づいたこと。
自分が同期という同じ時期に入社した人たちに、
意外と期待していたんだなぁ、
と改めて気づいたんですよね。

そこでいう寂しさ、というのは、
もうこのようにして、一堂に会することがないであろう、
ということに対しての寂しさではなく、
共有することが少なくなっていくことによって、
一体感というか、このメンバーで
新しい流れを起こすことができるのではないか
という感じがなくなっていく、という感じで。

ある意味、期間限定という関係になるのではないか
という先入観から、仲良くなっても仕方がない
とまではいわないとしても、
いかに部署の人とうまくやるかのほうが、
大事だろうと思っていたんですね。

しかし、新人研修という成長する時を
同じくした人たちと、予想以上にうまくやれたわけですが、
そこで、同期であるから、ということ「だけ」で
結束力というか所属感をもっていられるのは、
そう長いものではないんだろうな
という当初の予想を覆すことができないのではないか、
ということがどうにも気にかかってくるのです。

日に日に自分一人ではどうしようもないことが、
あまりに大きいことが、「あたま」ではなく、
「こころ」でわかってくると、
あのときの「青い情熱」をもう一度取り戻したい
という気持ちに駆られます。

所属感や関係性とは、互いにないものを
引き出し続けられる可能性と
表裏一体のような気がしています。

たとえ、年に数回しかあわない人でも、
互いに関心を持ち合ってさえいれば、
しっかりと関係性を保てているつもりでいますから、
何とかこのいい関係を続けていたい、
というのが、自分のキャリアアップとともに、
もう一つのこれからの課題かな、と思っています。

人間を本当に信頼しきってさえいれば、
いつでもそんな関係を再現してみせる、
と意気込むこともできるのかもしれませんが、
そんなに新しい関係を作ることが
得意ではない自分にとって、
それは少々無理のかかる背伸びです。

心底信頼できる人は、そんなにいるものではない、
だからこそ、今いる信頼できる人との関係を
深めていきたいという発想は、ちょっと消極的で
悲しいものではあるのですけどね。

新人研修というものは、あまり実務で役になっていない、
というようなことを、聞くことがあります。
もちろん、配属後の業務は様々ですし、
すべてを網羅することは、できないわけですが、
組織やコミュニケーションといったような
人間関係について学ぶことが一番大きいのではないでしょうか。

就職活動のときには、いかにやりたいことを見つけるか、
ということがポイントになります。
昨今では、それを見つけることも難しいわけですが、
たとえそれを見つけても、人間関係は選ぶことができません。
そのなかで、自分の見つけた「やりたいこと」を
実現しないといけないわけです。

人間関係がどのように大事か、そしてそれが業務や
自分のキャリア形成にどう関わってくるかを、
学んだことだけでも、自分にとっては
プラスになったと思います。

5月までの研修が終わった直後は、
価値観の違う人とどういう風にうまくやっていくか、
そして、第一印象でだめかも、と思った人とも、
やっていける自信がついたことが大きい、
と思ったわけですが、この時期になって
いったん形成したよい関係というのを、
どのように継続するか、
どのように関心を持ち続けられるようにするか、
その努力の重要な点を学んだ気がします。

自分のキャリア形成を見つめることは、
自分の希望を実現させるための、
自律的な要因をしっかり分析し、
目標を達成するために、
今、どうしなくてはならないかを把握することです。

それに対して、人間関係を見つめることは、
本来自分ではどうしようもない他律的な要因を
どうにかして味方につけよう、という試みです。

こうして自律要因と他律要因、つまり、自分で完結する問題と、
人との関係性で決まるものとに、「意識的に」
分けて考えることは、どちらかに偏りがちな考え方に
なりがちなわたしにとっては、重要なことでした。

就職活動時に、自分の将来をどう考えるかということに
重きを置いていたので、それを実現しやすい環境を
どのように造るかということに対しては、
十分に意識していなかったような気がします。

わたしは以前こんなことを考えたことがあります。
利己主義を究極的につき詰めていけば、
利他主義になるのではないか、ということです。

つまり、自分の野望や欲望を実現したい、
ということを押し通すこと自体が、
その実現を阻んでしまうということ、
逆に言えば、自分を取り巻く「環境」としての
人間関係をうまくやっていくことが、
結果的に、自分の目的を達成する早道なのかも、
ということですが、やっとこの研修を受けて、
そして、その内容を自分で反芻してみて、
実感として理解している感覚を持つことができた
ような気がします。

人間のおもしろさをうまく生かし、愉しみつつ、
日々を過ごしたいものです。

2002-3-5


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